JALの「どこかにマイル」で帯広へ。
4つの候補に選んだのは、帯広、宮崎、鹿児島、石垣。4月上旬だと帯広はちょっと寒いかと思ったのですが、街を歩きやすい快適な気候でした。
かねてから行きたかったオベリベリ温泉水光園へ。

「オベリベリ」という不思議な響きはアイヌ語で、河口が分かれている川のことで、それがなまって「帯広」になったそうです。
明治16年にこの地に入植したのが、依田勉三らが設立した晩成社の開拓者たち。乃南アサ『チーム・オベリベリ』は晩成社の一員の渡辺勝の妻、渡辺カネの生涯を描いた長編です。
渡辺カネの父は没落士族。明治時代になり商売を始めてみたもののうまくいかず、キリスト教の信徒になります。カネも信徒となり、宣教師が設立した横浜の女学校で学びます。当時の日本女性の最高水準の教育を受け、英語も話せるカネはそのまま学校にとどまり教師になることもできたのに、未開の大地を開拓する道を選びます。
何もない場所に小屋を建て、農作業と家事に明け暮れる毎日。必死に育てた作物は冷害やバッタにやられて不作が続きます。働いても生活は楽にならず、借金だけがかさんでいきます。読んでいて息苦しくなるような苦闘の日々です。それでもカネは信仰を支えに6人の子を育て、晩年になっても開拓地の教育に力を注ぎました。
オベリベリ水光園の周辺がまさに渡辺カネたちが入植した地でした。

渡辺カネの時代から約100年後の日本を生きてきた私。耕しも紡ぎもせず、子どもも育てず、この地の温泉で極楽気分を味わっています。
ガルシア=マルケスの「百年の孤独」も開拓から始まりますが、マコンド村は帯広と異なり人間に優しい土地。一族の祖であるホセ・アルカディオ・ブエンティアは働きもせずに錬金術の研究にかまけていても、家族は食べていけました。そして世代が下るにつれ、自堕落な子孫になっていき、村も一族も蜃気楼の中に消えていきます。
渡辺カネたちが心血を注いで開拓した帯広ですが、ちょっと元気がないように感じました。街のシンボルだった藤丸百貨店は2023年に閉店し、シャッターは閉まったまま。藤丸の正面にあるアーケード商店街は開いている店もあるものの、人通りはあまりありません。
サウナのテレビでは、北見市が深刻な財源不足で第二の夕張になるかもしれないと報じていました。このまま少子高齢化が加速していけば、日本全国でそうした自治体が増えていくのでしょうか。
百年前の人たちが決死の思いで開拓した大地が再び無人の荒野に? 『百年の孤独』は荒唐無稽なようでいて普遍的な物語なのかもしれません。