翡翠輝子の招福日記

本業は女性誌の原稿書き(主に東洋占術と開運記事)、ビジネス記事翻訳。副業で外国人に日本語を教えていましたが、2019年3月で卒業。フィンランドが大好き。ウラナイ8所属。

蜃気楼の国に生きる ガルシア=マルケス『百年の孤独』

台風到来の日よりも、各地の被害が報じられるその後の日々のほうがいたたまれない気持ちになります。

 

ガルシア=マルケスの『百年の孤独』を手に取りました。降り続いて止まない雨からの連想です。再読にもかかわらず一気に読了。昼前から読み始め、休息も挟んで読み終わったのは翌日の午前1時を回っていました。

 

百年の孤独 (Obra de Garc´ia M´arquez)

百年の孤独 (Obra de Garc´ia M´arquez)

 

 

最初に読んだ時は、マジックリアリズムに幻惑され、物語の力に圧倒されたばかりだったのですが、今回は滅びゆくブエンディア一族の繰り返しのパターンが心に残りました。

 

アウレリャノ・ブエンディア大佐は反乱に身を投じ、革命軍総司令官まで上り詰めます。戦闘、暗殺、処刑など何度も死にそうになりながら、ようやく戻った実家で、彼は毎日仕事場にこもって小さな金の魚細工を作ります。

最初は完成した細工を売っていたのですが、そのうちやめました。一日に作る細工は2個。完成品をブリキ缶に入れ、それが25個になると、るつぼで金に溶かしてまた細工にとりかかります。

 

妹のアマランタは、姉妹同然に育ったレベーカの死の知らせを待っています。何もしないでいると待ち時間を長く感じるので、裁縫箱を出して洋服のボタンを付け替えを繰り返します。 

二人の母親のウルスラは、この繰り返し作業が一族の悪い癖だと嘆きます。

 

結局、私たちの人生も蜃気楼の街で同じことを繰り返しているだけじゃないか。お金を儲けては使う。毎朝、食事を作っては食器を洗い、服を着て脱いで洗う。建設的なことをしていると得意になっていても、長い歴史からすれば単なる繰り返しにすぎないのでしょう。

 

ブアンティア一族が作ったマコンドは、村から街へと発展して最後は蜃気楼のように消えていきます。日本もこのまま人口が減って自然災害が続くと「かつて、東の果てに島国があり、経済発展を遂げて独自の文化も華開いたが、滅亡した」と語られるのかも。架空の物語でありながら、世界の本質を描く。マジックリアリズムとはまさにこういう小説なんでしょう。

 

マコンドには4年11カ月と2日、雨が降り続けますが、家も浸水しませんし雨による死者は出ていません。

マコンドが蜃気楼なら日本も蜃気楼。経済成長もバブル崩壊も経てやがて消えてしまう。そんな中で、ささいなことを自慢したり気に病んだりしてもしかたありません。

 

そして、永久に繰り返すのではなく終わりが来ます。

 アマランタは暑さのきびしい午後、死神と会い、経かたびらを織り始めるように命じられました。それを仕上げた日の暮れ方に、なんの苦痛も恐怖も悲哀も感じないで息を引き取るだろうという予言とともに。

できるだけ長く生きられるように、極上の麻糸を4年かけて折ります。麻の布が完成して縫い始めたら、もう死は逃れられないと覚悟を決め、冥界に持っていく死者の手紙を届けると宣言し、貧しい者に持ち物を分配して死んでいきます。そんな死に方を目指しています。

 

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鹿児島市の繁華街に異国の通りのようなレストラン街がありました。まるでガルシア=マルケスの小説に出てきそうな店。