翡翠輝子の招福日記

本業は女性誌の原稿書き(主に東洋占術と開運記事)、ビジネス記事翻訳。副業で外国人に日本語を教えていましたが、2019年3月で卒業。フィンランドが大好き。ウラナイ8所属。

父との約束

先週、父が亡くなりました。

昨年12月に会った時は、足腰は弱っていたものの頭はしっかりして冗談も飛び出すほどでした。本人の希望で介護ヘルパーさんを自費でも頼みまくって一人暮らしを続けていたのがとうとう無理になったのが昨年の夏の終わりごろ。施設に入所して一安心と思っていました。

先月から食欲が落ちていると聞いていたのですが、東京も兵庫も緊急事態宣言発令中。3月になったら会いに行こうと思っていたのですが、施設の人から「顔を見ておかないと後悔する」と連絡が入り、信じられない思いで神戸に向かいました。

 

マスク、手袋、防護ガウンを付けて1日10分の面会。延命は望まないと施設に申し出ておいたので、食事も無理強いされなかったようでかなり痩せていました。呼吸も苦しくなっていますが、コロナで病床が逼迫していることもあり、人工呼吸器や栄養点滴のために病院に入ることは断りました。母がパーキンソン病で口から栄養が摂れなくなり胃ろうを設置し、廃人のようになって永らえたことから、人間の尊厳がまったくない最期は選びたくありませんでした。

 

結局、老衰という形で亡くなりました。満88歳ですから、長寿を全うしたと言えるでしょう。

 

それでも、こんなに早く亡くなるとは予期していなかったため、母の時より心が乱れました。もう両親は二人ともいない。「寄る辺なき」という言葉は子どもに使うべきなのに、とうとう私も寄る辺なき身になってしまったと心細くてたまらなくなりました。

 

しかし、感傷にひたっている暇はありません。遺された者がやらなくてはならないことが山積しています。2年前の母の葬儀の経験もあり、同じ葬儀社に頼んで段取りを組みました。

 

父との約束。母がまだ生きていた3年前の夏にこう言われました。

「この家でまともなのはお前一人になってしまった。お前が親の葬儀を二つ出せ」

ろくな親孝行もせず、孫の顔を見せることもできなかったから、せめて最後の約束ぐらいは果たしたい。

 

葬儀の打ち合わせは細かい選択の積み重ねです。祭壇、棺、死装束、遺影。通夜振る舞いや精進落としは、コロナの影響で取り分けではなく個食となったので人数を把握しなくてはいけません。遠方の親戚はコロナを言い訳に出席しなくてすみます。父の仕事関係も葬儀が終わった後に伝えることにしました。

 

身内だけの告別式なので、親族代表のあいさつは省略してもいいと葬儀社の人に言われましたが、それでは父が悲しむだろうという気がしました。生涯、海の仕事をしてきた父ですが、本当になりたかった職業は小説家。言葉遊びや冗談が好きで、故事を持ち出しては人を煙に巻くような人です。そして「本日はお忙しい中、○○の葬儀にご臨席たまわり~」から始まり「これからもご指導たまわりますよう」で終わる定型文の挨拶では満足しないでしょう。

 

岡山に生まれ、東京の商船大学で学び、外国航路の船乗りになった父の経歴、父の父は愛媛の伊予大島出身で村上水軍の末裔であることを紹介しました。

姪は昨年結婚したばかり。スポーツマンタイプの凛々しい新郎も葬儀に駆けつけてくれました。「父は海の仕事、そして最愛の孫娘が結婚した人は空の仕事。すばらしい伴侶を得たことを知り、安心して旅立ったことでしょう」と結婚のお祝いメッセージも込めました。

挨拶の締めくくりはメーテルリンクの『青い鳥』の死者の国から引用。

チルチル  おじいさんたちいつでも眠ってるの?
おじいさん そうだよ。随分よく眠るよ。そして生きてる人たちが思い出してくれて、目がさめるのを待ってるんだよ。生涯をおえて眠るということはよいことだよ。だが、ときどき目がさめるのもなかなか楽しみなものだがね。

若い世代が時々父のことを思い出してくれたら、死者の国で父はさぞかし喜ぶことでしょう。

 

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父の仕事場である神戸港。ここから門司まで外国船を水先案内していました。

価値のない老人としてひっそりと生きる

オリンピックを巡るドタバタを見ていると「ホワイト・エレファント」という言葉を思い出しました。

昔、タイでは白い象は神聖な動物とされ王だけが乗ることができました。しかし、餌代が高いので王は気に入らない家来に白い象を与えます。家来は乗ることができず、餌代だけがかかり、かといって捨てることもできず困り果てます。

 

コロナ禍のオリンピックはまさにホワイト・エレファント。

83歳から84歳への老老交代で日本の旧態依然とした体質が世界に拡散されました。80を過ぎても権力や名誉欲を持ち続けられるなんて、すごいことですが。

 

アメリカだって新大統領のバイデンは78歳。でも、副大統領にカマラ・ハリスを据え、妻のジル・バイデンはファーストレディとなっても教師として働き続けるそうです。

就任式に22歳の女性詩人アマンダ・ゴーマンを選んだのも妻の助言があったから。


Amanda Gorman reads a poem at inauguration

 

 「老害」がキーワードになり、この記事が目に入ってきました。 

blog.tinect.jp

老人が尊敬されるなんて昔話。平均寿命が延びて老人だらけになり、老人固有の知識なんて何の役にも立たない世の中に。そもそも老人に聞かなくても情報は簡単に手に入るし、時代の変化に対応するのは若者のほうが得意。介護なしで生きていけない老人が巷に溢れ財政を圧迫する中で、どうして若者が老人を尊敬できるだろうか、といったことが書かれています。

 

若い人だっていつかは必ず老人になるのだし、若者だって他人事ではないと結ばれていますが、そんな何十年先のことより今の生活を考えるので精一杯という人が大半なのではないでしょうか。

 

6老人と呼ばれる日が着々と近づいている私。誰にも迷惑をかけず、ひっそりと死ねたらいいのですが、うまく行く保証はありません。

少なくとも「老害」と指さされるような事態だけは避けたい。欲張らずひっそりと生き、若者が進む道を邪魔しない老人を目指します。

 

ウラナイ8の玉紀さんが新プロジェクト「ソロ活占い師の仕事術」を始めました。

note.com

玉紀さんが挙げているキーワード。

「自由平等」「自主独立」「共存共栄」「肩書き関係ない交友関係」「未来を拓く」

ソロで活動しながら、出入り自由でゆるやかにつながる。こういう形が求められる時代です。世間を騒がせる老害を反面教師としながら、ひっそり参加します。

 

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長崎の孔子廟孔子が「孝」を説いたのは、介護を経験しなかったからだという説に思わずうなづいてしまいました。昔の老人は寝たきりになる前に寿命を全うすることが多かったのでしょう。

中国政府は当初、コロナのワクチンを接種できるのは18~59歳という年齢制限を設けていました(徐々に高齢者にも広げています)。安全確認のためにさらなる臨床試験を待たなければならないと説明していましたが、社会に貢献しない老人よりも働き盛りを優先したのではないのでしょうか。

選択肢の数と幸不幸『そして、海の泡になる』

今はバブルなんでしょうか?

たしかに株式相場は高値を更新しているけれど、私が体験した1980年代とは雰囲気はまったく異なります。あの頃は社会全体が浮かれていました。

 

そんな思いから手に取った『そして、海の泡になる』。 帯にこうあります。

終戦バブル崩壊、コロナ禍

私たちはまた同じ過ちを繰り返してしまうのか

 

 東洋占術では、十干十二支で60年が一つのサイクル。1929年の世界大恐慌から約60年後にバブルが再び崩壊しました。

しかし、六十干支は資本主義や株式取引以前からあったものですし、そんなに規則的に値が動くなら東洋占術をかじった人はみんな大金持ちになっているのでは。 

昨年春にはコロナによる株式暴落があり、バブル崩壊に匹敵するのかと思いましたがまさかの回復。この2月に暴落するといううわさも流れていますが、それがわかれば苦労しません。

 

『そして、海の泡になる』を読んだことで「目の色を変えて蓄財したところで、それが何になる」というある種の達観を得ました。

 

小説のモデルとなった尾上縫(バブル期に個人市場の最高額の負債を抱えて倒産した相場師の女性)と刑務所で同室となったのが、カルト宗教の信者である両親に育てられた女性という設定です。巨額のマネーゲームと教義に縛られた清貧な生活の対立が鮮やかです。

その宗教は資本主義に背を向けて、教団お墨付きの”浄品”のみを使うように指導されています。ただでさえ所得が高くない信者は、この縛りによりますます貧しい暮らしを強いられます。

女性は同じ境遇の男性と駆け落ちします。熱心な信者である親からは勘当されましたが、自由な生活を手に入れたのです。 

 スーパーの品ぞろえは”浄品”よりもずっと多様ですが、選択肢が多ければ、それだけ迷いも生まれます。俗世には「いい物」がたくさんありますが、何を選んでも「もっといい物」があるような気になってしまうのです。そして「いい物」や「もっといい物」を選ぶためにはお金が必要です。

 私たちは以前なら教団への奉仕活動をしていた時間も働くようになり、自由になるお金は増えました。割高で品質もよくない”浄品”ではない、物やサービスを選ぶことができるようになりました。しかし同時に「欲しいのに買えないものがある」とか「やりたいのにできないことがある」という苦痛を、より多く味わうようになったものです。 

 

シーナ・アイエンガーの『選択の科学』を思い出しました。

この本で印象深かったのは、ベルリンの壁崩壊後の東ドイツ市民。

たとえば、西側社会の豊かさの象徴である炭酸飲料。コカコーラ、ダイエットコーラペプシ、スプライトなど何種類もの炭酸飲料を前に「選択肢が多すぎると選ばされるプレッシャーを感じる」という消費者が続出したのです。

 

選択の自由がある社会はすばらしいようでいて、重圧も伴います。『そして、海の泡になる』にはこんな一節もあります。

 

私にとって自由は必ずしもいいことではありません。だって自由に自分の意思で何かを選んだら、その結果を自分の責任として引き受けなくてはならないから。間違ってしまったらどうしようという心配がいつも付きまといます。誰か自分より間違わなそうな人に全部決めて欲しいと思うことはしょっちゅうです。いえ、私は実際、子供の頃は親と神様に、駆け落ちしてからは彼に、何でも決めてもらおうとしていました。自由から逃げたかったんです。

占い業界に身を置く者としては、「そこで占いですよ」と身を乗り出したくなります。占いは、とりあえず目の前にある選択肢のうちどれを選ぶかのヒントを与えてくれます。多すぎる選択肢を前に途方にくれたら、思考を整理するために使ってみてはどうでしょうか。そして占いの結果は絶対ではなく、強制でもありませんから、最終的に選ぶのはあなた自身です。

 

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コロナのため朝食バイキングをセットメニューに変えたホテル。私はこのほうが楽。バイキングではきれいに盛り付けられませんし、「取り過ぎたかも」「あれも食べたかった」といった迷いが交差してゆっくり味わえません。

那覇ワーケーション事情

異常も日々続けば日常。

東京の緊急事態宣言が延長となりましたが、昨年の春ほどの緊張感は感じられません。

 

旅行なんてとんでもないとめくじら立てられそうですが、大人数で騒ぐ旅ではなく、ワ―ケーションならどうでしょうか。旅先で静かにパソコンに向かうというスタイルならそう嫌がられないかも。というわけで4泊5日のワ―ケーションに行ってきました。

 

往復はJALの「どこかでマイル」。やたらと北海道が候補に出ますが、寒いのは苦手。「どこかにマイル」は納得できる組み合わせが出るまで一日100回まで選び直せます。暖かいところに行きたいので、熊本、宮崎、北九州、那覇の組み合わせを選びました。

九州のどこかになったらドーミーインにするつもりでした(北九州なら下関)。月36万円で帝国ホテルに住めるというプランが話題になりましたが、私は断然ドーミーイン派です。

 

結果は那覇

ドーミーインを展開する共立メンテナンスが経営するビーチタワーが北谷にありますが、ファミリー向けのリゾートホテル。しかもサウナのある大浴場は別料金がかかりました。

 

そこで「サウナイキタイ」のサイトで沖縄の宿泊施設を検索したら、ぴったりのところがありました!

retime.okinawa

2019年にできたばかりの新しいホテルです。カプセルはちょっと窮屈そうなので、キャビンに2泊、ホテルに2泊としました。

キャビンはまるで修道院の個室のようで集中できます。ただ、窓がないので長時間デスクに向かっていると息が詰まってきます。

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貴重品はデスク右のセーフティボックスに収納。レストラン兼コワーキングスペース、ランドリーはキャッシュレスでチェックアウト時に清算です。

 

キャビンに滞在中、ウラナイ8の玉紀さんから今流行りのclubhouseに招待してもらいましたが、私はキャビンルームからだったので無言で聞くだけ。ドアがアコーデオン式なので音が漏れてしまうのです。

 

ホテルタイプの部屋。

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ロフトもあるので、最大4人が泊まれます。一人には広すぎるので、こことキャビンの中間のシングルルームがあればいいのですが、贅沢は言えません。

 

花粉シーズンに長期滞在するのもいいかも。

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サウナは、高温好きの私にはちょっともの足りない温度。

立ち寄り湯もやっているので、地元のご常連も来ます。サウナの床に座り込んで「熱い…」とつぶやいたご常連から私に「本土の人? 私は熱くてそんなところに座れない」と声がかかりました。

なるほどサウナは北の文化。沖縄で熱いサウナを求めてはいけません。水風呂は15度とすばらしいコンディションでした。

そして、このホテルはおそらく働きやすい職場なんでしょう。スタッフはみんな感じがよくてフレンドリーでした。

 

JALの機内誌に掲載されていたコワーキングスペースにも行ってみました。

howlive.jp

東京なら、意識の高い人が集まりそうな場所にはちょっと気後れしますが、旅先なら平気。ホテルの部屋とは違い、人の目があるので図書館の自習室効果で仕事がはかどりました。

「本土はコロナが怖いでしょう、こっちなら安心ですよ」と受付の女性。沖縄だって大変なのでは? 正常性バイアスというものでしょうか。

 

旅行に関わる仕事をしている人たちに感情移入してしまうのは、私も外国人留学生相手の民泊をやってみようかと考えた時期があったから。

bob0524.hatenablog.com

4人か6人ぐらい泊められる賃貸住宅の相場をネットで確かめたぐらいで、夢想のままで終わったから無傷でいられるのですが、あのとき突っ走っていたらと思うとぞっとします。

 

コロナ収束の道筋はまだ不確かですか、旅行業界の方々にどうにか乗り切ってもらい、堂々と旅ができる日々が来ることを願ってやみません。

 

開運の書として読むロビー・ロバートソン自伝

昨年、映画『ザ・バンド かつて僕らは兄弟だった』を観たのに続き、ロビー・ロバートソンの自伝も読んでみました。  

 

雑誌で開運記事を書き続けてきた私は、あらゆる本を開運本として読む癖があります。

ザ・バンドの5人のメンバーで一番成功したとされるロビー。ドラッグやアルコールで身を持ち崩すミュージシャンだらけの70年代を生き抜き、美しく聡明な妻との間に子供が3人。ザ・バンド解散後は音楽プロデューサーとして活躍し、母国のカナダで勲章も授与されています。

母はモホーク系のネイティブアメリカンで、父はユダヤ人のギャンブラー。生まれる前に父が亡くなり、貧困家庭で母の結婚相手に殴られながら育ったという経歴からすると強運の人生と言えるでしょう。

 

ロビーの成功は第一に目上からの引き立て運によるものです。カントリー歌手のロニー・ホーキンスの目に留まり、16歳でカナダを離れアメリカ南部へ。熱心にギターを練習し曲を作ることでロニーのバックバンドのポジションを得ます。

 

次はボブ・ディランからの引き立て。

フォークからロックへ転向したディランは激しいブーイングを受けながらツアーを続けますが、ディランを護衛するかのように一緒にステージに立ち続けました。

 

ウッドストックに移住したものの、ザ・バンドがまだ売れていなかっため、個人で車を持つことができませんでした。ロビーは新婚の妻ドミニクがいて、ロビーがメンバーの車で迎えに来てもらいレコーディングに出かけると、家からどこにも出かけられません。

 

ある日、ビッグ・ピンクに向かう途中でボブが言った。

「きみとドミニクにもなにか足があったほうがいい。この青いステーションワゴンを1ドルで売ってあげるよ。新しいのがもうすぐ来るから」

メンバーとぼくはまだ食べていくのがやっとという状態だったから、これはまさしく天の恵みだった。ポケットに手を突っ込み、1ドル札を引っ張り出して彼に手渡した。彼はそのお礼を受け取って言った。「売った!」

すでに大スターとなっていたディランは車一台ぐらいプレゼントする余裕はあったでしょうが、単にあげるのではなく「1ドルで売る」というのが洒落ています。形だけでも対等の関係を築きたかったのでしょう。

 

四柱推命の講座では運気を最も大きく左右するのは人間関係であり、特に生活を共にする配偶者は決定的な作用をもたらすと習いました。

運のいい命式を持ち、大運の流れに恵まれていても、配偶者選びを間違えれば運気は低迷しますし、その逆もあります。

 

ロビーの場合は、結婚によってさらに開運しました。

ディランのヨーロッパツアーでパリに滞在した時に巡り合ったドミニク。同じカナダ人ですが、ドミニクはフランス系なので母語が異なります。高校も卒業せずに音楽業界に身を投じたロビーとジャーナリストのドミニクでは育った家庭や受けた教育もかなり異なっていたでしょうが、二人は意気投合して結婚。ドミニクの文学的教養がロビーの曲作りに大いに活かされ、子供も生まれたことからロビーはドラッグやアルコールを控えるようになります。

メンバーの中で最も美しい精神の持ち主だったと言われるリチャードはその反対。ガールフレンドができていい方向に変わるとロビーは期待したのですが、そうはいかず、ザ・バンド解散後に自ら死を選んでいます。

ベースのリックもドラッグがやめられず、日本ツアー中にアメリカにいる妻からヘロインを送らせ、強制送還。その二年後に亡くなっています。

 

リチャードとリックは、ロビーほど開運をもたらしてくれる妻と巡り合えなかったのですが、ドミニクのような女性と結婚していれば開運していたかといえば、それは人それぞれ。

婚活で世間的に条件のいい相手を射止めようとするのは大変ですが、自分だけに特化した開運相手を探すと競争率はぐっと下がります。そのためにはまず己を知ること。結婚相手が何をもたらしてくれるかより、自分が何を差し出せるか、それを最も喜んでくれるのはどんなタイプかを考えてみてはどうでしょうか。

 

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兄弟のような絆で結ばれた5人だったのに、運気がばらばらだったのでずっと一緒にはいられませんでした。
 

bob0524.hatenablog.com