翡翠輝子の招福日記

本業は女性誌の原稿書き(主に東洋占術と開運記事)、ビジネス記事翻訳。副業で外国人に日本語を教えていましたが、2019年3月で卒業。フィンランドが大好き。ウラナイ8所属。https://uranai8.jp/

生産性の高い高齢者

知り合いの息子さんが東京大学に合格したというので先月、お祝いの席を設けました。昔は東大を出て官僚になるのがエリートの道でしたが、今や東大生に官僚や大手金融は人気がないそうです。だったら何を目指すのか聞いたら「コンサルタントか起業」とのこと。

 

コンサルタントは、高給だけど世間からは批判的な目も向けられています。外部から乗り込んで生産性にばかりにこだわって現場をないがしろにするイメージ。

それでも東大生の人気就職希望先になっているのは、実際にニーズがあり効果が出た会社もあるからでしょう。

 

それで読んでみたのが『自分の時間を取り戻そう』。

著者のちきりんは、ブロガーとして知られていますが正体は元マッキンゼー経営コンサルタント、採用マネージャーではないかと言われています。

 

「高齢になって生産性がなくなれば社会のお荷物になる」と刷り込まれているので、生産性の高い高齢者といえば、若者顔負けのスーパーおばあちゃんだったり、経験を活かして有益な指導ができる達人というイメージがあります。

しかし、精神はいつまでも若くても頭脳と肉体はそうではありません。ちきりん氏が伊賀氏なら現在50代半ばで、「20代なら1日7時間ぐらい頭が動いたが今は4時間」と書いています。私は加齢の自覚が遅く、若い頃のような無理ができないと感じるようになったのは60代になってからです。活字産業の斜陽と重なりぽつりぽつりと仕事を受注していますが、コンサルト業界ではそんなゆるいことは許されません。伊賀氏は40代後半でマッキンゼーを退職。マッキンゼーの前は日本の大手証券会社で働いていたので、投資によりフリーランスとして立ちいかなくても大丈夫なだけの資金の目途も立っていたのでしょう。

 

生産性とは効率や利益を上げることではなく、「自分が手に入れたいもの」をいかに少ない投入資源で手に入れるかだと定義されています。

ですから、専業主婦や定職を持たない高齢者にも生産性は大事です。

高齢になって1時間も移動すると疲れてくるというのなら、その1時間をどこに行くために使うのか戦略的に考えるべきだし、長く読書すると目がかすむというのなら、その1時間で何を読むべきかを厳選する必要があると説かれています。

高齢になればなるほど少ない体力や知力を有効活用して、いかに自分が満足できる日々を送れるかを工夫する必要があります。

 

私が旅に求めるものは、美しい風景やおいしい食事ではなく、現地ならではの体験です。若い頃はバックパッカーの旅を満喫しました。時間があってもお金が乏しかったので乗り継ぎの格安航空券で海外へ行き、ネットがない時代は現地に着いてから安宿を探していました。高齢になるとお金より体力のほうが貴重ですから、そんな旅のスタイルは無理です。

「パッケージ旅行では現地のことはなにもわからない」というバックパッカー至上主義者は「どんな国でも自分の力で旅行できるという実証であり実感」だと、ちきりん氏は書いています。現地への適応力や瞬発力、判断力が衰え、今の私にあるのは「どんな国でも旅行できる自分の金」だけです。

 

別府で見かけた酒場の看板「ポンコツ道場」。

後で調べると、料理はほとんどなく、乾きものや缶詰やカップラーメンしか置いていないようです。大分は魚介類とキノコがおいしいので料理自慢の店に行ってしまいますが、評判のところは観光客も詰めかけます。地元のディープな話を小耳の挟みたいというニーズに対しては「ポンコツ道場」は生産性の高い酒場かもしれません。

 

原稿執筆カフェで環境の力を痛感

高円寺にできた原稿執筆カフェ。ネット上だけでなく日本と海外メディアから取材されているそうです。

・入店時に受付で何文字の原稿を何時までに執筆するか記入する

・店長が1時間ごとに原稿執筆の進捗を尋ねる

・原稿執筆が終わるまで退店できない

 

自宅で原稿を書いてメールで送り、編集部に出向くことが少なくなっていたのですが、コロナによってますます編集者とリアルに顔を合わせることがなくなりました。連載の仕事はマンネリ気味で、新規の仕事は先延ばししてしまう…ということで、3時間予約して行ってきました。

オープンは午後1時。夜型人間にはぴったりです。温かいコーヒーや紅茶はセルフサービスで、冷たい飲み物は水だけで、ドリンク持ち込みも可。

 

初めての利用だったので、店長さんから説明を受け、シートに書き込みます。

途中、パソコンのマウスが電池切れで動かなくなり、向かいのローソンへ。それ以外は原稿を書くしかなく、ひたすらパソコンに向かいました。お隣の人も集中しているし、息抜きのゲームなどもってのほか。

途中に一度、進捗を聞かれ、予想より早いペースで原稿が進み、3時間の予定のところ2時間半で終わりました。

 

毎日通いたいぐらいですが、それはやっぱり疲れそう。週1ぐらいを考えています。

 

本来、この場所は撮影スタジオで空き時間を利用してカフェに転用していて、1時間300円では満席でも利益は出ないそうです。創作者のためにこのようなスペースを作ってくださるとは、なんとすばらしい!

同業者の知り合いができるかと思いましたが、みんな原稿に集中して私語はありません。ドラマのシナリオや作画、設計などに取り組む人もいて、私のような活字系のライターのほうが少数派かもしれません。

 

先日、川越のゲストハウスで「もとは中央線に住んでいた」という若い人に会い、「高い家賃の殺風景なワンルームより、古民家に移住ほうが創造的かも」と思ったのですが、やはり中央線はおもしろい発想が生まれる場所です。

 

痛感したのは環境の力の大きさ。本来なら意識を高く持ち、どんな場所でも集中できるのが理想ですが、それは無理。グズ人間でも、しかるべき場所に行けば勤勉になります。

埼玉フィンランド化計画

ロシアのウクライナ侵攻ですっかり有名になった「フィンランド化」という言葉。冷戦時代のフィンランドソ連を刺激しないよう顔色をうかがいながら、独立した民主主義国家として自由主義経済を貫くことです。どっちつかずのコウモリのようだと揶揄するニュアンスもあったのですが、賢明な選択だったと評価されています。

 

そして、埼玉でも密かにフィンランド化が進んでいるようです。

先日、川越に行ってきました。地ビールの「コエドビール」直営レストランがJR川越駅西口のビルに入っています。

ヘルシンキでよく似たデザインのビルを見た覚えがあります。1階には埼玉のおみやげショップがあり、その名も”Moi Saitama Plus”。「モイ」はフィンランド語の軽いあいさつです。

飯能にムーミン谷のテーマパークができ、かなりの人気を集めているので、いっそのこと県全体をフィンランド化しようとしているのでは。首都東京に隣接し、東京の顔色をうかがいながら独自の路線を探っているのでしょうか。

 

川越に行ったのは、HafH(ハフ)のライトプラン(2980円)で1か月に1泊どこかに泊まれるのですが、先日の秋田旅行で泊まりたいホテルがHafHになかったからです。

www.hafh.com

それなら近場で一泊。ハフコインがあまり残っていないので、川越のゲストハウスにしました。

www.chabudai-kawagoe.com

エドビールが飲みたい勢いで予約したのですが、60代でゲストハウスってどうなんでしょう。伊東のゲストハウスは60歳以上お断りでした。若者の特権に年寄りが割り込むのはご法度なのかもしれません。

 

川越のChabudaiに行ってみると、そんな不安は一蹴されました。「つながる・たのしむ・ひろがる」のキャッチフレーズの通り、高齢者も受け入れてくれます。

感じのいい管理人の青年が切り盛りする夜のバーにやってきた女子は函館出身で高円寺を経て小川町に移住。渋谷のオフィスに出勤するのは2週間に一度だそうです。そして、ゲストハウスに泊まっている男子の実家は阿佐ヶ谷。私が東京の住まいに中央線を選んだのは、自由業が住みやすいから。昼間からいい大人がふらふらしていても奇異の目を向けられることはありません。

管理人の青年は佐賀出身ということで、日本の最高峰のサウナ「らかんの湯」の話題で盛り上がり、函館もサウナ天国という話になりました。

小川町移住女子は民泊関連の仕事をしているそうで、川越のゲストハウス運営者と情報交換するのはとても有意義でしょう。

思えば私もコロナ前には外国人向けゲストハウスの運営を夢見たものです。

bob0524.hatenablog.com

 

さまざまな人生が交錯する川越のゲストハウス。奥の庭には眼鏡屋さん。受注生産の眼鏡は何か月も予約が詰まっていて、路面店では客の相手が面倒なのであえてここでの営業を選んだそうです。

 

もし私が30歳若かったら、高額な家賃の東京を出て埼玉に移住して新しいビジネスを始めていたかもしれません。

楽しかったけれど、川越滞在はものすごく疲れました。「イタい高齢者」と思われないように昔話、自慢、説教を極力避けました。そして、カーテンだけで仕切られた寝床は高齢者にはきつい。ドーミーインの個室でのびのび解放される旅がやっぱり楽です。

 

フィンランド化する埼玉の魅力にとりつかれたので、また行ってみたいと思います。都心から1時間で行ける別天地です。お風呂とサウナは「川越湯遊ランド」があります。

どの道を歩いても、巡礼となる

ウラナイ8の天海玉紀さんが主催するウォーキングツアーに参加しました。

lady-joker.com

杉並区の善福寺川は、毎年、お花見を楽しむ場所。桜が満開だった川沿いは、1か月たつと新緑に覆われていました。

 

例年この時期は汗ばむほどの陽気になることもあるのですが、この日の午前11時から2時間はウォーキングに最適な気候でした。心配された雨は帰宅後、本降りに。天から祝福された道行きです。

 

善福寺川沿いを歩くと直線の道を進んでいるように感じるのですが、実はかなり蛇行しています。人生は道にたとえられますが、目的地に向かっているようで遠回りしていることもしばしば。そして、近道を見つけるのは幸運でもあり、見るべきものを見逃しているのかも。

 

前回参加したのは3年前。

bob0524.hatenablog.com

太古の昔、東京の大部分は海の底。瀬戸内海沿岸の田舎町から、はるばる東京までやって来たのに、実は故郷と同じ海辺の街でした。

千葉の海岸に上陸した海の民が、杉並までやって来て定住し稲作を始めたという玉紀さんの解説。私の祖父は愛媛の伊予大島出身。祖父は瀬戸内海を渡って岡山へ、父は岡山から神戸へ、そして私は神戸から東京へ。親子三代の壮大な移転だと思っていましたが、昔の歴史をなぞっただけでした。

 

前回のウォーキングツアーとの大きな違いは、歩くことに対する興味の高まりです。いつかはスペインの巡礼の道へ、そして今年の6月は八ヶ岳山麓のトレイルを歩こうという野望を抱いています。

でも、歴史を想像しながら善福寺川沿いを歩いていると、わざわざ遠くに行かなくても、この道も巡礼だと気づきました。

 

『トレイルズ 「道」と歩くことの哲学』は、ウォーキングの啓蒙書。

 

列車から自動車、飛行機へと発展するにつれてつながる速度は上がったが、旅行者と窓の外を通りすぎる土地は遠ざけられてしまった。同じように、いまでは多くの人が、デジタル・テクノロジーによって、直接触れる環境にいる人々や物事とのつながりが弱まっているのではないかと心配している。これを気むずかしい老人が進歩に反対しているだけの過剰反応にすぎないと切り捨てるのは簡単だ。だがどのテクノロジーの例でも、より速くつながることと引き換えに、現実の世界の豊かさを感じとる能力は衰退している。

JALマイルを貯めまくり、あちこち飛び回って旅をしたような気になっていますが、ただ移動しているだけで、その土地の豊かさを何も感じとっていないのかもしれません。

 

善福寺川ウォーキングで「こうして、ただ歩き回るのが好き」という深瀬まるさんの言葉に、私は目的地にこだわり過ぎていると気が付きました。「目的地まであと何キロ、あと何分」と意識しすぎてプロセスに目を向けていないのです。

 

再び道を人生にたとえるなら、「進学」「就職」「結婚」「収入増」「マイホーム購入」「蓄財」といったゴールを常に目指し、ただ生きていることを楽しんでいませんでした。

 

『トレイルズ「道」と歩くことの哲学』には、家を持たず、わずかな貯えと季節仕事で何年も何十年も歩き続けるフルタイムのハイカーが登場します。一種のホームレスであると同時に托鉢僧のようでもあります。

安らぎや静けさ、孤独や理由を見つけるためにオリンポスの山の頂から景色を眺めなくてはならない人がいるとしたら、その人は完全に人生を見失っている。それは麓のシアトルのダウンタウンの真ん中にだってあるものなんだ。わたしはそういう壁を壊して、人生を分けるのをやめ、昨日歩いて通り抜けたラッシュアワーの渋滞のなかにも同じだけの安らぎと喜びを見つけられることを目指してきた。

シアトルのダウンタウンで安らぎと喜びを見つけられるのなら、東京だって同じはず。

 

わたしは友人たちに言うんだ。毎年毎年わたしは持ち物を減らして、そのたびに幸せになっている、と。持ち物をいっさいなくしてしまったらどうなるのか興味があるよ。わたしたちは何も持たずに生まれてきて、何も持たずに死んでいく。たぶん、わたしはその準備を少し早めにしているんだと思う。

 

特に目的もなく歩くことは、引退後の人生に重なります。生産的なことを何もせず、ただ生きているだけで安らぎと喜びが見つけられるか。その答えを見つけるために歩いているんだと今回のウォーキングツアーで悟りました。これは家の中に閉じこもって本を読んでいただけでは得られなかった発見です。

読書より体験

先週、ウラナイ8の夏瀬杏子さんに誘われ、伊豆高原のやすらぎの里へ。火曜日の夜に杏子さんから連絡があり、翌々日の木曜の朝には出発。検討する暇もなかったから、もう二度とやりたくないと思っていた断食に挑戦することができました。

 

親しい人に声をかけられたら、よほどのことがない限り断らないのは、ここ数年「体験するためのお金と時間は惜しまない」をモットーにしているから。

 

バブルが崩壊した数年後の1999年、「モノより思い出」という名コピーが登場しました。日産のファミリー向けミニバン「セレナ」のキャッチフレーズです。

洋服やバッグ、食器など今もっている量で十分。できれば減らしたいぐらい。そこでお金は体験に使うことにしたのです。

加齢による記憶力の衰えにより「思い出」を作るより、「今、ここ」の体験を全身で味わうようにしています。

断食体験は強烈です。意志力のある人なら、自宅で週末断食ができるでしょうが、私にはとても無理。わざわざお金を払って空腹を体験するのです。世界には戦争や飢饉で食べたくても食べられない人々がいるというのに、なんという贅沢。

杏子さんと「何が食べたいか」という話になり、アイスクリームが食べたくなりました。体内から湧き上がるアイスクリームへの欲求。

 

そこで思い出したのが、NETFLIX『ヘッドスペースの瞑想ガイド』です。

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食べることができないアイスクリームが溶けていくのをただ見るという僧院の修行。断食2日目の空腹を抱えてアイスクリームへの欲求を語っていると、修行の苦しさがリアルに迫ってきました。

 

本を読んだりドラマを観ることでわかったような気になりがちですが、リアルな体験にまさるものはありません。

 

やすらぎの里の看板犬、海ちゃん。

 

最後の夜の回復食は玄米粥、冷奴、漬物。それだけでお腹いっぱいになりましたが、大沢先生の講座の後にフルーツティーが出ました。リンゴ、イチゴ、キーウイ、オレンジ、メロン、干し葡萄の甘みが全身に行き渡ります。

 

糖分はそのまま身体のエネルギーになります。翌朝は5時過ぎに目が覚めて、散歩に出かけて6時半からの朝ヨガに参加。夜型の私には考えられない行動力です。自分の中にあんな力があるとは。

帰宅後は晩酌と夜更かしの日々に戻りましたが、やすらぎの里で過ごした時間をしっかり味わっています。