翡翠輝子の招福日記

本業は女性誌の原稿書き(主に東洋占術と開運記事)、ビジネス記事翻訳。副業で外国人に日本語を教えていましたが、2019年3月で卒業。フィンランドが大好き。ウラナイ8所属。

強欲だからポイントカードは持たない

ウラナイ・トナカイで活躍されていた有元祥子先生がお嬢さんと登場したBS朝日の『ウチ、”断捨離”しました』。やましたひでこさんの迫力は画面を通しても伝わってきました。

 

持ち物を減らしたいのは、思い立ったらすぐ旅に出かけたいから。

理想はスーツケース一つで暮らすこと。コロナが収まったら、東京の自宅は日本文化を学びたい海外の若者に留守番をしてもらって、自分は気ままにあちこち旅したい。そのためにも家中をすっきりさせる必要があります。

 

タイトルの「1日5分から」に心惹かれて、モチベーションアップのために購入。。 

極限まで物を減らすのではなくて、やましたさんはコレクションしている食器類などは美術品のようにディスプレイして使っています。

人それぞれ、心ときめく物は多めに所有して楽しんでもいいはず。私の場合は、ペンやノート、メモ帳、スタンプなどの文具が好きなので、気分に合わせて使うことにしました。いよいよ高齢者の施設に入る時になっても、かさばらないからすぐ処分できます。趣味が高価な宝石、美術品収集じゃなくてよかった。

食料品や日用品はやたらと買い込まず「総量規制」するというアイデアも参考になりました。

 

しかし、断捨離の具体的なやり方よりも、根底にある思想に心動かされました。財布の整理で「不要なポイントカードは持たないように」とよく言われますが、なぜ持たないのか、やましたさんはこう説明しています。

「ポイント還元はありがたいけれど、品物をいただくだけで十分。その分どうぞ儲けてください」という意思表示なのです。

 私が無欲だからではなく、強欲だからともいえます。小さな得ではなく、もっと大きな得を見ているといったらいいのでしょうか。もっと大きな世の中の機運や人とのご縁を見ているのです。チマチマと目先の損得で動くと、チマチマしたお金しか入ってこないのです。

まさにそう! 

自分の強欲さがわかっているから、あえて小さな欲にとらわれない。私が日頃ぼんやりと考えていることが見事に言語化されています。もらえるものはなんでももらうという小金持ちは卑しいだけでなく、自ら運を下げているのです。

 

次の一文も私とまるっきり同じなので笑ってしまいました。

「ただし例外は、航空会社のクレジットカードのマイレージ。旅が好きで飛行機が好きなので」

 

やましたさんは昨年10月から生活の拠点を指宿のホテルに移したそうです。

ameblo.jp

「1日でも、1週間でも、1カ月でも、1年でも」好きなだけ滞在できるとあります。指宿は温泉と砂蒸しで有名ですし、しかもこのホテルにはサウナと水風呂が完備されています。これは行くしかないと、心は鹿児島に飛んでいます。

 

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鹿児島から指宿まで走る特別列車「いぶたま」。空港から直行バスも出ています。たぶんJALの「どこかにマイル」で行先が鹿児島になった時が、指宿に行くタイミングなんだと思います。

日本はオリンピックを損切りできるか

東京のオリンピック招致が決まった2013年9月、私はフィンランドにいました。

カウチサーフィンで泊めてもらっていた編集者のエリカが職場を案内してくれるというのでヘルシンキの出版社を訪れていました。

その日はノキアマイクロソフトに買収されるというニュースも舞い込んできました。「ノキアフィンランド人にとっては希望の星だったから、今日は戦争に負けたような気分」とエリカの同僚。来日経験もある彼女は「オリンピック開催するに向けて、ますます混雑するだろうけど、日本には勢いがある。こんな小さな国であるフィンランドとは違う」と続けました。

 

それがこんな展開になろうとは。

人と同じように国にも運気のアップダウンがあるのなら、よりによってこのタイミングでオリンピックを招致するのは、なんと運が悪いことか。フィンランドと日本はロシアの隣国という共通点がありますが、ロシアによって苦汁をなめてきた歴史を持つフィンランド人からすると日本がうらやましいと言われましたが、日本の運気も尽きてきたのでは。

 

一方のフィンランドノキアは通信設備メーカーとして復活を遂げ、国別の幸福度ランキングではいつも上位にランクインしています。

 

どんなに運のいい人でも、一生同じ状態が続くわけではなく、何をやってもうまくいかない時期が必ず巡ってきます。

低迷期を脱して、次に巡って来る幸運を享受する人は、損切りができます。

どんなに敏腕なトレーダーでも、値上がりする株ばかり買っているわけではありません。思わぬ展開で目論見がはずれることが必ずあります。損切りして被害を最小限に抑えて次の投資先を探し、トータルでプラスになればそれでよし。私は投資先を選ぶのに占いを使いませんが、易経の山沢損(さんたくそん)から風雷益(ふうらいえき)の流れを知ったことで、損切りがうまくなりました。

 

投資だけではありません。

たとえば、結婚まで考えた相手のぞっとする本性が見えた時、きっぱり別れられるか。

お金もエネルギーもかけて取った資格が役に立たない、あるいは自分に向いていない、その業界に未来がないとわかったら、さっさと次に行けるか。

 

 

そして現在、日本がオリンピックを損切りできるか、世界から見られています。

 

courrier.jp

これまでかけてきた費用が無駄になるから予定通りオリンピックを開催すべきだという政治家は、へたくそな投資家と同じ。いつになったら損切りするのか、じりじりしながら待っています。

 

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フィンランドの友人たちとヘルシンキ郊外の森によく出かけました。日本から一番近いヨーロッパ。思い立ったらいつでも行けるはずだったのに、ずいぶん遠い国になってしまいました。

 

彼女は私だ。大林三佐子さんの寂しい死

渋谷区笹塚のバス停で60代のホームレス女性が撲殺された事件。

 

www3.nhk.or.jp

 

殺された大林三佐子さんと同世代で、住まいを失う前の彼女が住んでいたのは私が暮らす杉並区。現代の日本でこんなことが起きるなんて信じられません。

 

ボブ・ディランの『ハッティ・キャロルの寂しい死』。

ディランがロックに転向する前の典型的なマーダーバラッド。ネットがない時代のアメリカでは、人種差別による理不尽な殺人はこうして歌にされて抗議活動を広めました。

 


www.youtube.com

 

1963年のアメリカ、ボルティモアで黒人女性ハッティ・キャロルが殺されました。

ハッティ・キャロルは51歳で高級ホテルのメイド。

「10人の子供を産み、食器を運びゴミを出し、テーブルを片付けて灰皿を空にする…」と甲斐甲斐しく働いていたのに、飲み物を出すのが遅いという理由で24歳の裕福な白人が振り上げた杖で殺されました。

この曲を聴いていた半世紀前、10代の私にとってアメリカはあこがれの国。公民権運動が起こる前はこうした理不尽な事件も起こったけれど、世界は良くなっていくという希望に満ちていました。

 

But/And you who philosophize dixgarace and criticize all fears

Take the rag away form your face

Now ain't the time for your tears

恥辱を哲学的に語り、すべての不安を批判する者よ、

顔の覆いを取れ

今は嘆く時ではない 

サビの部分の「哲学的に語り批判する者」は私に宛てられた歌詞だと思い込んでいました。若い頃の私は学ぶことによって可能性が広がると思い上がっていて、殺される側になるなんて想像もしていませんでした。

しかし、大林三佐子さんの死に関する報道に接すると、単に私は運が良かっただけだと思い至りました。

 

豊かなはずだった日本もコロナによって貧困が可視化されています。

彼女を追悼するデモで「彼女は私だ」というプラカードが掲げられました。デモには参加しなくても、自分には関係ないという鼻持ちならない金持ちにはなりたくありません。そして、いくらお金があっても老いは食い止められないし、生前か死後は誰かのお世話になるのです。

 

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昨年末、青森の浅虫温泉で宿泊した椿館は宗像志功の定宿。岡本かの子の「女人われこそ観音菩薩」をモチーフにした版画が飾られいました。

これで思い出したのが、今昔物語の「信濃国王藤観音出家語」。

薬湯の出る村の住民が「明日の午後二時頃に観音様がこの温泉に来る」という夢を見ました。そして現れたのが夢で見た通りの武士。村人が観音様だと拝むと武士は驚き「自分は落馬して怪我をしたので湯治に来ただけだ」と困惑したのですが、村人がひたすら拝むので武士は「それなら自分は観音なのだ」と出家して僧になりました。

 

自分は批判者、加害者、被害者のどの立場にもなるし、菩薩観音にもなる。そうした想像力を持ち続けていきます。

うぬぼれ屋で欲張りだから酒を飲む

東京都は緊急事態宣言により外でお酒を飲むことができなくなりました。しかし、スーパーやコンビニに行けば、何でも手に入ります。ウォッカやジンなどアルコール度数の高いお酒がコンビニの棚に並んでいることに、来日したフィンランド人がびっくりしていました。フィンランドでは政府が管理するお店でか買えないそうです。

アルコール依存症予備軍はけっこういるそうで、コロナによって加速しているのでは。家で飲むと閉店時間もお勘定も気にしなくていいので歯止めがきかなくなりがちです。

 

そこで読んだのがこの本。

 

 

30年間毎日飲み続けた大酒飲みの作家がぴたりと飲むのをやめた体験談です。

 

強く心に残ったのは、「酒でも飲まないとやってられないと思うのは、自己評価が高すぎるから」という箇所。自分は世間から正当な評価を受けていない、本当の自分はもっとすごいんだといううぬぼれ屋が酒を飲んで気を紛らせているのです。

 

「自分は平均以下だと思え」というのが町田康の教え。

そして、「普通、人生は楽しくない」「酒を飲んでも飲まなくても人生は寂しい」と説きます。「もっと楽しいはずの人生なのに、つまらない」「人気者になれるはずの私なのに、寂しい」という自己認識がまちがっているのです。

 

物欲はそれほど強くないのですが、「楽しみ欲」「体験欲」みたいなものに囚われていると思い至りました。旅に出るにしても、自由行動のないパッケージツアーでは満足できず、特別な体験を求めてきました。

アイルランドのパブやスペインのバルは現地の人と交流できる貴重な場だったこともあり、旅を重ねるにつれアルコールに対する愛着が増していったのです。

 

そろそろ欲や執着を手放す時期なのかもしれません。

 

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一昨年のバンコクの旅。

滞在最終日にホテルのマネジャーが「明日はお酒を出しません」と言います。何かの冗談だろうと思ったら、本当でした。

仏教の祝日は仏陀の誕生日(4月8日)、悟りを開いた日(12月8日)、入滅日(2月15日)の3つだと仏教英語講座で習いました。ただし、東南アジアではこの3日をまとめて5月の満月の日にお祝いし、タイではお酒を飲まない日となるのです。

アイリッシュ・パブの「ザ・ドランケン・レプラホーン」はがらがらで、バーマンも苦笑いしていました。もぐり酒場のようにこっそり酒を出してくれないかと期待しましたが、出されるのはノンアルコールのカクテルのみ。スーパーでもアルコールは販売禁止ですが、酒造メーカーの販売員らしきスーツ姿の若者がせっせとお酒売り場の飾りつけをしていました。12時を過ぎて日が改まると販売できるので、その準備とのことでした。

 

父の四十九日法要までアルコールなしで過ごしたのは、父の死があまりにも急で受け入れられず、現実じゃない世界にいるような気がしたから。

そして、先月1週間滞在した伊豆のやすらぎの里は毎日が新鮮な体験に満ちていて、お酒を飲む必要ありませんでした。そういえば、ワ―ケーションで那覇や熊本に行った時も、女一人で酒場に入りにくいこともあり、飲まずに済ませています。

 

そういった非日常ではなく、ふつうの毎日でもアルコールを必要としない、謙虚で無欲な人間になりたいものです。まるっきりやめてしまうのではなく、たまにたしなむぐらいが理想です。

 

食欲は幻想

伊豆高原のやすらぎの里から俗世に戻りました。

健康的なライフスタイルを身に付けるはずだったのですが、誘惑が多く元の木阿弥になりつつあります。

やすらぎの里の大沢代表は「日常生活でエクササイズの習慣があるのなら、ここではのんびり過ごしてください」とおっしゃってくださったのですが、東京都の緊急事態宣言によりスポーツクラブが休館になったのが痛手です。私は音楽がないと体を動かせないし、ズンバのレッスンが毎日の生活を支える基盤でした。

 

スポーツクラブは不要不急の外出とされていますが、ピラティスのクラスのご高齢の会員は「コロナにかかるのも怖いけれど、運動の機会がなくなって体が衰えるほうがもっと怖い」と言っていました。ズンバはお祭り騒ぎのように自由に動くのが楽しかったのに、人数制限、マスク着用、声出し禁止、テープで仕切られた個人スペースでの窮屈なダンスで我慢してきました。しかも60分クラスが30分に短縮。ぜいたくを言ったらきりがありませんが、思い切り体を動かせる日が待ち遠しくてしかたありません。

 

やすらぎの里ではウォーキングが推奨されていました。自然に恵まれた伊豆高原を歩くのは気持ちがいいのでしょうが、私はひたすらガルシア=マルケスの自伝を読んでいました。海が一望できるテラスは午前8時を回ると日差しが強くなってきます。読書に最適なのは早朝。600ページを超える長編ですし、登場人物のラテン系の名前、「ヘルマン・バルガス・カンティーヨ」「アルバロ・セベータ・サムディオ」「アルホンソ・フエンマヨール」はメモしておかないとごちゃごちゃになってしまいます。6時半から朝のヨガが始まるので、5時に起きて集中して読みました。

 

ご常連たちはチェックアウトの際に次の滞在を予約していました。いかにも稼いでいそうな女社長や資産家っぽい親子連れ。私はまだそのレベルに達していないけれど、年に一度ぐらいリセットのために滞在したいものです。

ある程度の年をとったらダイエットもほどほどにしたほうがいいみたいです。

「あなたは着物を着る? 着物だと、首のしわが目立つからあまり体重を落とさないほうがいいわよ」と年配のマダムにアドバイスされました。着物とは縁がありませんが、老女はちょっとふくよかでにこにこしているのがいいのでしょう。

 

かといって、食欲のままにぶくぶく太ると見苦しい。

やすらぎの里では、食欲は幻想の一種だと悟りました。1日2食1000カロリーの養生食でも、食堂で断食コースの人たちを目にすると、自分はものすごく食べている気になりました。それでいて、デザートは果物しかでないので、甘いものが食べたくてしかたなくなりました。

 

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大室山のドライブに連れて行ってもらい、遅咲きの桜の葉は桜餅を包むのに使われていると聞きました。そのとたん、「桜餅を食べたい」という欲望が頭の中を駆け巡りました。でも、自宅に戻って白ワインの日々を送ると、桜餅を買うこともありません。白ワインにしても、やすらぎの里では一度も飲みたいと思わなかったことを考えると、食欲はすべて幻想なんだと思い至りました。

 

海外旅行には当分行けないだろうけれど、食欲を巡る冒険は発見だらけです。