翡翠輝子の招福日記

本業は女性誌の原稿書き(主に東洋占術と開運記事)、ビジネス記事翻訳。副業で外国人に日本語を教えていましたが、2019年3月で卒業。フィンランドが大好き。ウラナイ8所属。

還暦を過ぎて余生を生きる

冬が到来し、コロナがまた心配になってきましたが、ひっそりと青森に出かけました。緊急事態宣言が解除された時にJALの「また旅に出よう」キャンペーンで申し込んでおいたものです。

 

どうしても行きたかったのは、還暦を迎える誕生日旅行だったからです。

東洋占術を学ぶ者にとって、生まれた年と同じ六十干支が巡って来る年は感慨もひとしおです。一通り人生を体験して、新たなステージといえばかっこいいですが、遠野物語などでは、還暦を迎えたら口減らしのために姥捨て山に送られています。

姥捨て山ではあんまりなので「余生」と思うことにします。元日本一有名なニートのphaさんは「30歳を超えてから余生と思うことにした」そうですが、その倍の60歳にしてようやくその境地になりました。

 

青森のひなびた温泉でゆっくりして、余生の過ごし方に思いを馳せる予定でしたが、東京はGO TOキャンペーン中止にならなかったものの、東京から地方に行くのはちょっとはばかられる状況。できるだけ静かに行動しました。

 

青森空港からまず弘前へ。

どこか地方に行ったらまずドーミーインに泊まることにしているのですが、青森にはドーミーインがありません。そこで弘前へ向かったのですが、今まで泊まったドーミーインの中で最高レベルでした。

女性用サウナは広々としてテレビがありません。水風呂もいい感じ。露天風呂の椅子に座って岩木山を見ながらととのいました。

 

翌日は青森経由で浅虫温泉へ移動。

本当はウラナイ8の玉紀さんに教わった八甲田ホテルに泊まりたかったのですが、早々と満室。GO TOは高い宿から予約が埋まるようです。

そこで浅虫温泉でサウナと水風呂のある椿館にしました。ここのサウナもテレビがないし、水風呂もきりっと冷え、温泉のお湯は無色無臭ながらとても深い力を感じました。

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椿館は棟方志功ゆかりの宿で数々の作品が飾られています。

棟方志功は「ワだばゴッホになる」と青森から上京し、最初に住んだのが私が30年近く住み続けている阿佐ヶ谷と知り、がぜん興味が湧いてきました。当時の阿佐ヶ谷は郊外の新興住宅地で家賃の安さに引かれて若い文士人たちが住み着いていたのです。正規の美術教育を受けていない棟方志功は阿佐ヶ谷文士村の交流を通して世に出たのではないでしょうか。版画家として名声を確立した後、浅虫温泉酸ヶ湯温泉蔦温泉でしばしば静養したと知り、酸ヶ湯蔦温泉にも行きたくなりました。

 

そして椿館には姉妹館「宿屋つばき」があり、ビジネスホテル形式で手軽に一人泊ができ、椿館のお風呂に自由に入れると聞きました。次は「宿屋つばき」に長期滞在したい…。

還暦を過ぎて余生を生きるはずなのに、欲が強すぎる。滞在したいところが次々にできて、一生のうちに回れるかどうかわかりません

2021年は60年に一度の辛丑(かのとうし)の年

毎年11月末が近づくと、来年の六十干支について書くことにしています。2020年は庚子(かのえね)の年、そして来年は辛丑(かのとうし)の年です。

 

しかし、今年は気が重い。世界中にコロナが広がり、東京オリンピックが中止に…庚子の年がこんなことになろうとは、とても想像できなかったから。未来予測としての占いなんて意味がないのでは? 

 

去年の今頃、「庚子の年の日本経済は相当厳しい」といったことを書きました。

高齢者ばかりの国になって、日本は衰退する一方。ここに庚子はかなりきついんじゃないでしょうか。というのも、五行の水は潤下の質を持ち低きに流れますから、どうしても株価の下落を連想してしまうからです。しかも上に乗っている庚は金ですから、金生水(きんしょうすい)でますます水が増えます。8月は申(さる)の月ですから、子申半会で水の勢いはさらに強まります。

 

bob0524.hatenablog.com

 

私が本格的に株式投資を始めたのはリーマンショック後だったので、知識や経験がなくてもたやすく利益を得ることができました。その後、アメリカ株に軸足を移しています。

庚子の年は暴落もありだろうと予測していたのですが、まさか2月にコロナショックに襲われるとは。そのうち市場は値を戻し、最高値を更新。庚子の冷たさはいったいどこに行ったのか。

 

全然当たらなかった庚子年ですが、来年の辛丑(かのとうし)はも自分なりに考えることにしました。暴落は来ると予測していたからこそ、自暴自棄にならず投資を続けられたわけですから、外れるにせよビジョンを持っておくべきです。

毎年、この時期に開く安岡正篤の『干支の活学』。

 

 

まず十干の辛(かのと)。昭和46年辛亥の年の辛の部分が参考になります。

辛は上と干と一の組み合わせで、下なる陽エネルギーが敢然として上に出現する形であり、前の庚を継ぐ革新を意味する(漢代の字書「釈名」)。その際、殺傷を生ずることがある(白虎通)。故に斎戒自新を要するものである(漢書・礼正志)。

 いきなり厳しいことが書いてありますが、庚が地中から掘り出したままの金属なら、辛は人の手を加えた切れ味鋭い刃物。闘争や改革で血が流れることもあるでしょう。

 

横浜中華街の占いの店にいた時、日干が辛のお客さんから「つらいなんて書かないでください」と言われたことがあります。辛抱、辛苦の辛。何も変えずに安楽に生きようというわけにはいきません。

 

十二支は丑。こちらは昭和48年の癸丑から引用。

「丑」は又と|の合字で、右手を挙げた形。ことを始めんとする義を表すとされ「はじめ」と読み、また丑は紐で、結ぶ意とし、やしなう(畜養)意とする。子に発生したものが、やや長じ、これを整え、養うものである。

四柱推命の講座では、十二支は動物ではなく植物のライフサイクルを示し、子が種子で丑は種から生じた最初の紐のような芽で、卯になれば地中に出て双葉になると習いました。

亥、子、丑は季節では冬、時刻では夜。寒くて暗い十二支が続きますが、寅は立春であり夜明け。この1年、なんとか辛抱して待ちたいものです。

 

辛丑の五行を見ると、辛が金で丑が土。土生金で調和しており、丑の中には金の蔵干もあります。地中に埋もれた貴重な可能性の萌芽を見つける年です。投資は目先の利を追わず、社会貢献につながる企業を応援するつもりで。何年か先に「辛丑の信望があったから、今がある」と言えるようにしたいものです。

 

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糸魚川には甲斐まで塩を運んだ牛の像がありました。

 

 

 

裏切者ロビーの選択 ザ・バンド『かつて僕らは兄弟だった』

数年前、母がお世話になっていた高齢者の施設に面会に行った時のことです。

施設主催の唱歌や民謡イベントには見向きもせず、食い入るように美空ひばりコンサートを映すテレビ画面を観ている老婦人がいました。私の将来の姿のよう。どこに入所するにせよ、ザ・バンドの『ラストワルツ』のDVDは必携だと心に念じました。

 

『ラストワルツ』、何度見たことか。

1976年11月25日、サンフランシスコで開かれたザ・バンドの解散コンサート。ボブ・ディランエリック・クラプトンジョニ・ミッチェルヴァン・モリソンニール・ヤングなど錚々たるミュージシャンが一堂に会しました。

 

彼らの記録映画が公開されたので、吉祥寺のアップリンクへ。


映画『ザ・バンド かつて僕らは兄弟だった』予告編

 

語るのは、77歳になったロビー・ロバートソン(左から2番目)。5人のうち3人はすでに死去しています。

メンバーは解散したくなかったのに、ツアーに疲れたロビーが強引に解散に持っていき、豪華ゲストのライブを企画してマーティン・スコセッシに撮影を依頼。そのおかげですばらしい音楽映画ができたわけですが、ザ・バンドのファンからロビーは裏切者と呼ばれてきました。

最も繊細だったキーボード担当のリチャード(左端)は解散後に自ら死を選び、ベースとボーカル担当のリック(右から2番目)は不摂生な生活がたたり、12月の寒い朝、この世を去りました。メンバーの中で唯一のアメリカ人だったドラム担当リヴォン(中央)を兄と慕ったロビーだったのに、印税の配分でも揉め、再会したのはリヴォンが末期がんで死の床にあり意識不明に陥った状態でした。

 

ロビーはどうして強引にザ・バンドを解散したのか。

映画を見ると、その理由がひしひしと伝わってきます。

1970年代という時代背景もあるのですが、アルコールとドラッグに溺れ、飲酒運転で事故を起こしたり、ドラッグが抜けずステージに立てなくなるようなメンバーと活動を続けるわけにはいかないと思ったのでは。聡明な妻との間に子供も生まれたロビーは、朝の10時から作曲に取りかかるような勤勉なタイプで、ザ・バンドのメンバーとともに破滅の道へ進むのは絶対に避けたかったのでしょう。解散後はザ・バンドボブ・ディランと過ごしたウッドストックを引き払い家族で高級住宅地のマリブに転居したのも象徴的です。

 

ロビーはトロント生まれで母はネイティブ・アメリカン。母の故郷の居留地では生活に溶け込んだ音楽に触れ、ギターの猛練習を始めました。母とともに継父から殴られる悲惨な少年時代、固く誓ったのは音楽界での成功です。

16歳でアメリカ南部に渡り、ロニー・ホーキンスのバックバンドに入ったので、高校も卒業していないはずですが、ビジネスセンスは抜群。ザ・バンド解散後も映画の音楽監督やギタリストとして活躍しています。実の父親はトロントの裏社会で暗躍したユダヤ人ギャング。父の兄弟からショービジネスに関する教えを得たのかもしれません。

 

ウラナイ8の一周年記念イベントで、杏子さんが「運気は伝染んです」という話をしたのを覚えています。一族郎党の運気は似通ったものになり、掃き溜めの鶴は存在しないという話。幸運に恵まれたかったら、低迷した一族を離れるしかない。

兄弟のような固い絆で結ばれた仲間を断ち切るのは並大抵のことではなかったのでしょうが、ロビーは強い意志でやってのけたのです。

 

『ラストワルツ』で、ロビーはこんなことを言っています。

「ハンク・ウィリアムズ、バディ・ホリーオーティス・レディングジャニス・ジョプリンジミ・ヘンドリックス、そしてエルヴィス。みんな音楽に死んでいった。そんな人生は絶対に不可能だ。もう降りる」

 

ロビー以外のメンバーは酒と薬漬けだったと書きましたが、例外がいます。

ガース・ハドソン。大学で音楽理論を学び、保守的な家族からバンド活動を反対されたので、当初は音楽のレッスンという名目で1ドルの授業料を徴収していたそうです。ガースはウッドストックにとどまりましたが今も健在で堅実に音楽活動を続けています。確固とした軸があれば仲間の運気に影響されないという稀有な例です。

 

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 函館の市電を降り、谷地頭温泉に向かう途中で目にした建物。日本のビッグピンク!

ウッドストックの大きなピンクの建物には防音の地下室があり、ディランとザ・バンドはそこをレコーディングルームとして使っていたのでした。

未来の自分に期待するな

伊豆やすらぎの里の1週間滞在から戻り、旅行バッグから重たい本を取り出しました。

1週間もあるのだから、じっくり腰を据えて本を読めるだろうと期待しました。前回の断食コースでは、空腹のあまり食事シーンの出てくる本は思わず閉じてしまい、強制収容所ものぐらいしか読めませんでしたが、今回は自由に読めるはず。

迷った末に選んだのが、ガルシア=マルケスの自伝『生きて語り伝える』、ケン・フォレット『大聖堂』。いずれも大長編です。やすらぎの里から伊豆観光に繰り出す人もいましたが、私は1900年代のコロンビアと12世紀イングランドを旅するつもりでした。

 

ところが、滞在が始まってみるとけっこう多忙。

6時起床で6時半からヨガの太陽礼拝とウォーキング。後半はトレイルウォークとなり猛スピードで難路を歩くのでかなり疲れます。最初の2日間は無料のマッサージや整体などの施術があるのに加え、ヨガ、気功、足つぼ、フォームローラーなどさまざまなプログラムがあります。自由参加なのですが、欲の深い私はすべてに出席。1階の大浴場、屋上の露天とサウナ、水風呂に入るのに加え、日帰り赤沢温泉のオーシャンビューの露天とサウナも楽しみたい。そして、断食コースの人が多いだろうからお付き合いはほとんどないだろうと思っていたのに、けっこう会話も楽しみました。

夜は早く眠くなるし、なかなかまとまった読書時間が取れず、重たい本はただ持って行っただけになってしまいました。

 

人生も同じことじゃないかと思い至りました。

「今の自分はクズだけど、未来の自分は勤勉になる」という根拠のない思い込みをずっと持っていました。7月は夏休みにはあれもこれもできると意気込んでいたのに苦い後悔とともに9月を迎えていた小中学生の頃からまったく進歩していません。

 

それでも、さすがに今回で凝りました。

未来の自分に過剰な期待をするのをやめよう。あれこれ詰め込まず、ゆったりと生きて行こう。

 

やすらぎの里では、犬までやすらいでいました。

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柴犬の海(うみ)。とてもおだやかな性格。元保護犬で、やすらぎの里に来た頃は人におびえていたと聞いてびっくり。環境は犬まで変えるのでしょうか。

 

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海に輪をかけておだやかなのがミニチュアダックスの宙(そら)。散歩が大嫌いで、無理に連れ出しても結局は抱きかかえて歩かないといけないそうです。誰がどこを触っても怒らない、されるがままという悟りを開いた状態。

 

伊豆やすらぎの里養生食コース1週間滞在記

11月初旬、伊豆やすらぎの里に行ってきました。

やすらぎの里といえば断食で有名な施設ですが、今回選んだのは養生食コース。1日2食合計1000カロリー、玄米に味噌汁、漬物、野菜、魚中心のメニューです。

 

前回の滞在では、断食コースが大半で食事付きの人が少なく、衝立の向こうで静かに食事をしていた記憶があるのですが、今回は断食と養生食が半々。リモートワークの人もいました。断食しながら仕事というのはさすがに無理でしょう。

 

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初日の夕食。

玄米ごはん(小豆)、けんちん汁(大根、人参、ごぼう、こんにゃく、椎茸、豆腐、ねぎ)、ぶり大根、ほうれん草と菊菜の三杯酢、豆腐の友あえ、グリーンサラダ。

ぱっと見たところ普通の定食ですが、かなりの薄味。けんちん汁はほとんど味がしませんでした。前回は断食コースだったので味覚が鋭くなり、何もつけない冷や奴を味わって食べたのを思い出しました。ジャンクフードを食べ続けた舌にはやはり物足りません。

 

そして、食事は1日2回(朝10時、夕方6時)なので、午後3時ぐらいからお腹が空いてきます。断食のつらさに比べたら大したことはありませんが、飽食の毎日からシフトチェンジするのは大変です。

 

それでも3日目ぐらいから慣れてきました。5日めになると夕方になっても空腹を感じなくなり、かなり胃が小さくなりました。体重減は1週間で2キロほどです。

意識したのは時間をかけてゆっくり食べること。同じ時期に滞在したよく同じテーブルになったお嬢さんが、とても丁寧に食べていたので、彼女のペースに合わせて1食40分ぐらいかけて食べるようにしました。心がけたのは一口食べるたびに、箸置きに箸をもどし、しっかり噛むこと。そして姿勢を正し、背筋をまっすぐにして食べる(早食いの人は前のめりになっている)。

 

やすらぎの里では、参加自由のヨガや呼吸法、気功、トレイルウォーク、マッサージなどさまざまなプログラムが用意されています。ゆっくり食べるために参考になったのが「食べる瞑想」。

ドライレーズンとブルーベリーを一粒ずつ、じっくり観察しながら食べるという講座です。

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この講座を受けた翌日の朝食に豆サラダが出ました。「やすらぎの里」では旬の食材を一つ一つ丁寧に料理しますから、豆も缶詰ではありません。

同席していたお嬢さんが「大豆ってよく噛むと肉みたいですね」。すばらしい感想。彼女にならい、毎回、真剣に食事と向き合いました。

 

「やすらぎの里」は今や3つの施設に拡大し、リピーターが大半とのこと。人気があるのは新しい本館ですが、今回、古い養生館を選んだのは、屋上に露天風呂とサウナ、水風呂があるから。そして、海の見えるサウナがある赤沢日帰り温泉まで徒歩20分ほどです。

 

毎日6時半に起きて、ヨガの太陽礼拝、瞑想、そしてウォーキング。丁寧な食事を味わい、サウナと水風呂三昧。これで痩せないわけがありません。

前回の1週間断食コースでは、5キロ落として2キロもどり、合計3キロマイナスでした。今回は2キロ減でしたが、つらい思いもせずに痩せられると実感できたのは大きな収穫です。そしてこの一週間、お酒が飲みたいと思うことは一度もなかったので、自分は依存症じゃなかったとほっとしました。

 

ただし、これがいつまで続くことやら。人間は易きに流れてしまうもの。「やすらぎの里」にリピーターが多いのは、それだけリセットが必要な人が多いからでしょう。またぜひ再訪したいものです。