フリーランスで働いてきたので、完全にリタイアというわけではありませんが、徐々に仕事を減らして旅行三昧の日々を計画していたのが2020年前後。苦労して続けていた日本語教師の非常勤講師も休職しました。
そこにコロナ禍。旅行どころではなくなりました。
ようやく海外に出られるようになって、念願のスペイン巡礼へ。その後は温泉巡りを中心に日本各地に出かけています。
スペイン巡礼で一番恋しかったのが、日本の温泉。アルベルゲ(巡礼宿)は共同シャワーなので体の汚れを落とすだけのあわただしい入浴でした。
巡礼もそろそろ終わりに近づいていたころ、ポンフェラータという街の平坦な道を歩きながら、心は完全に日本に飛んでいました。帰国したらどの温泉から行こうかという夢想で頭がいっぱいに。次の瞬間、石畳の街路に顔面から転んでいました。
あんなにあこがれていたスペイン巡礼が実現したというのに、自分でもあきれました。
瞑想では「今、ここ」だけを意識するように指導されますが、私はまったくできていません。自宅にいれば次の旅先を思い、旅に出れば居心地のいい自宅に戻りたくなり、帰ったら何をやろうか考えたりします。どこにいっても「心ここにあらず」の状態。

最近は開き直って、宗教者ではないのだからしかたないと思うようになりました。
悟りを開いた人なら、僧院で生涯を過ごしたとしても輝くように充実した日々を送れるでしょうが、凡人には無理。狭いところに閉じこもっていると、考え方が凝り固まり好奇心が失われます。家が恋しくなるとわかっていても、あえて旅に出ることにしました。
易の六十四卦に火山旅(かざんりょ)という卦があります。「火」が「山」の上にあり、転々と燃え移っている様から旅が連想されます。
火山旅が出たら「旅行ができる。ラッキー!」と思いがちですが、現代の旅とはまったく異なります。いつ賊に襲われるかもしれず、宿が見つからなければ野宿もする不安で辛い日々を示します。
『周易裏街道』の仁田丸久は火山旅を「旅とは人生である。だから人生を歩むには燃え移る山上の火のような生き方をせよ。つまり執着をもったらいかんということなのです。旅に徹する心です」と解説しています。
旅に出れば楽しい思い出ばかりできるわけではありません。思うようにならないことも多く、「なんでわざわざ旅なんかしているんだろう」と思うこともしばしばですが、人生も同じこと。つらい目に遭いたくないなら、今すぐ死ぬのが一番安らかです。じたばたしながら一生を全うするために、また旅に出ます。