60代を迎えるまで、仕事に追われる日々を送ってきました。
次から次へと締切に追われ、ネットが普及する前の戦場のような締切直前の編集部でなんとか生き残りました。家事はとにかく手抜き。丁寧な暮らしにあこがれながらも「今は無理」と自分に言い聞かせていました。
仕事も減って、好きなことだけして生きていけるようになったのですが、あいかわらず雑な暮らしをしています。もともと面倒なことは嫌いだし、手先は不器用。ていねいな暮らしをしなくてすむために、仕事を詰め込んでいたのではないかと思い至ったのは、アドラー心理学に触れるようになったからです。
ベストセラーの『嫌われる勇気』には、赤面症に悩む少女の例が出てきます。人前に出ると顔が赤くなるので、赤面症を治してお付き合いしたい男性に告白したいと思っています。しかし、アドラー心理学では彼女は「赤面という症状を必要としている」という見立て。彼女にとって一番避けたいことは、彼に振られることだから、最悪の事態を避けるために「私が彼に告白できないのは赤面症があるからだ」と自分を納得させて、可能性のなかに生きているというのです。
これはちょっと極端ですが、小説家志望だというのに一行も書いていないという人はけっこういます。実際に小説を書きあげてどこかに応募して落とされると傷つきますが、書いていなければ「まだ本気を出していないだけ」と言い訳ができるからです。
どうやら私の「丁寧な暮らしができないのは仕事が忙しいからだ」というのも、そのパターンだったようです。暇ができても部屋は理想の状態からほど遠いままだし、手のかかる料理は作っていません。
丁寧な暮らし以上に夢見ていたのは、旅暮らし。自宅をキープしているので本当の旅暮らしではありませんが、念願だったスペイン巡礼も実現しました。
今年の3月はスギ花粉を避けて沖縄へ。那覇ウエストインのシングルルームは狭すぎず広すぎず、理想の部屋でした。デスクも広くて使いやすいし、バスルームは小さいけれどトイレと独立していてゆっくり入浴が楽しめました。あまりにも快適なので外歩きを早々に切り上げて部屋に引きこもることにしたぐらいです。

朝はあまり食べないので素泊まりにすることが多いのですが、ポー玉おにぎりも選べるというので予約していました。沖縄県民のソウルフードの一つで、スパムと卵焼きをご飯と海苔で包んでいます。

ホテルの朝食といえば、地元名産がずらりと並んだバイキングやオーダーに応じて焼き上げるオムレツを好む人が多いでしょうが、何を食べてもおいしいと感じる貧乏舌の私は、こういう素朴な料理が大好きです。これが食べたくてまた沖縄に行きたいし、自宅のキッチンでも再現に挑戦しています。
年齢を重ねると、エネルギーが減ってきてできることにも限界が生じます。漠然としたイメージや思い込みに惑わされず自分が本当に欲するものを知るのも、老後を楽しむコツのひとつではないでしょうか。