フィンランドで最も楽しく過ごせたのは、トゥルクという街です。
ナーンタリにあるムーミンワールドに行くために前泊したのですが、トゥルクだけでも訪れる価値のある場所でした。
トゥルクは、飲ん兵衛のテーマパーク。
単に酒場が多いだけではありません。それぞれの店がとても個性的なのです。
銀行、学校、薬局、電器屋、新聞社など前の業態を残して酒場になった店が街中にあります。あまりにも楽しくて、ビールやソフトドリンクを一杯ずつ飲んでは次々とハシゴ酒。
そんな時、声をかけてくれたのがアホさん夫妻です。
冬季オリンピックのスキージャンプでは、アホネンというフィンランドの選手がいましたが、「アホ」はフィンランドではよくある名前です。
「日本に興味があるんだけど、街で見かける日本人は団体旅行ばかりで、話しかけられなかったんだ」とアホさん。
さっそくビールを飲み交わしました。
アホさんの趣味はコーラス。その夜、歌声酒場にぜひ来ないかと誘われました。場所は街の中央にある公園です。
歌声酒場のカウンターは、元公衆トイレ。
公園の一画にテーブルと椅子が置かれ、ギターとアコーデオンの伴奏で客達が思い思いに合唱します。
「今日は日本からのゲストがいるので」と、英語の歌を選んでくれました。それでも「フィンランドの歌なんて知らないし…」と思ったのですが、流れてくるのはどこかで聞いたメロディ。ポーリュシカ・ポーレ、カチューシャなどおなじみのロシア民謡です。
トゥルクの歌声酒場。右がアホさん夫妻。テーブルの上に置かれているのが歌集。この日5〜6軒めの酒場で、かなり酔っ払っています。7月だったので、午後9時頃でも昼間のような明るさです。
この夜の体験が、その後、レニングラード・カウボーイズとロシア赤軍合唱団のトータルバラライカ・ショーへの熱狂へとつながっていきました。
来月、日本にやってくるヘルシンキのスザンヌから再びメール。
「昨日、誕生日パーティがあって、サプライズゲストとして、マルコ・ハーヴィストが登場したの。マルコはアキ・カウリスマキと仕事をしているから、あなたも知っているでしょう?」
カウリスマキ映画「過去のない男」では音楽が重要なポイントとなっています。
記憶を失い無一文の主人公が救世軍に救われ、ゴミ置き場から拾ったジュークボックスでロックを楽しみます。
救世軍のバンドにもロックを教え、マネージャーに就任。音楽によって主人公の人間性が回復していくプロセスが描かれています。
このバンドのリーダーを演じたのがマルコ・ハーヴィストです。
日本びいきのカウリスマキらしく、「過去のない男」では、クレイジーケンバンドの「ハワイの夜」も流れます。
カウリスマキ映画がいまひとつわからなかったスザンヌに、カウリスマキと日本との関わりを力説。「来日までに観ておかなくちゃ」となったところで、誕生日のゲストにマルコ・バーヴィスト登場。
一連の流れを、スザンヌはspontaneous(自然発生的)、私はsynchronicity(共時性)であると表現します。
フィンランド好きになるきっかけは、お洒落なインテリアや雑貨、ムーミンなど人それぞれですが、私の場合は音楽。レニングラード・カウボーイズ、カウリスマキ監督には、いつも強く心を動かされます。