翡翠輝子の招福日記

フリーランスで女性誌の原稿書き(主に東洋占術と開運記事)を担当し、リタイア生活へ移行中。2023年8月下旬からスペイン巡礼へ。ウラナイ8で活動しています。日本文芸社より『基礎からわかる易の完全独習』刊行。

ムーミン谷の陰と陽

フィンランド語を習い始めたなら、「ムーミンを原書で読む」を目標にしたいところですが、残念ながらそれは不可能です。
作者のトーベ・ヤンソンフィンランド人ですが、スウェーデン語系なので、ムーミンシリーズをスウェーデン語で執筆しました。
スウェーデン語系フィンランド人が全人口に占める比率はわずか6%程度。

 ヤンソンは言語少数派として、伝達手段としての言語がかならずしも万人にとって自明ではないことを、否応なく、子どものころから知っていた。自分が他と異なることをうけいれる、あるいは他が自分と異なることをうけいれる、それも理屈でなく直感的に。この自発的寛容の精神ともいうべきものが、児童文学にせよ、コミックスにせよ、ヤングアダルトにせよ、ポストムーミンにせよ、ときにユーモラスに、ときにややシニカルに、あらゆるヤンソン作品をつらぬいている。
(冨原真弓「ムーミンのふたつの顔」ちくま文庫)

アニメの印象で、ムーミンシリーズは子供向けの楽しいお話というイメージが強いのですが、「ムーミン谷の冬」を読むと、北欧の冬の暗さがひしひしと伝わってきます。

ムーミン一家は、11月から4月まで冬眠します。
ところがある日、真っ暗な空の下の雪に埋まった家の中でムーミントロールだけが眠れなくなってしまうのです。
「世界中が、どこかへいっちゃったよ」と、ムーミンママのふとんを引っ張っても、ママは目を覚ましません。
「お日さまは、もう来ない」と不安になるムーミントロールに、おしゃまさんがお日さまがやって来る日を教えてくれます。

ムーミントロールとミイは水浴び小屋の階段に腰をおろして太陽を待ちます。
やがて赤い光線が、はるか水平線のかなたの薄暗い空に見えてきました。
氷の上で逆立ちするほど喜んだムーミントロールですが、糸のような光線は一瞬のうちに沈んでしまいます。
「お日さまは、出てくるのをいやがっているのかな」と、がっかりするムーミントロール
「明日は、もう少し大きくなっている。チーズの皮くらいに。だから安心しなさい」と、おしゃまさん。

易の六十四卦の中に十二消長卦(しょうちょうか)という12の卦があります。
これは1年12か月の陰陽の循環を表すもので、冬至は陰ばかりの爻に陽が一つ飛び込んだ地雷復
中華料理店によく貼ってある「一陽来復」とは、冬至を過ぎればもうそれ以上暗くなることはなく、陽の勢いが徐々に伸びて明るくなっていくという意味です。縁起をかついで「一陽来福」と書くこともあります。
冬至を過ぎた1月は陽爻が二つに増えて地沢臨、2月は陽爻三つの天地否と続いていき、夏至冬至と反対で、陽ばかりのところに陰が飛び込む天風コウ(女偏に后)となります。

易の講座でこの話を聞いたときに、真っ先に思い出したのが、ムーミン谷の冬です。
真っ暗な世界に糸のように細い赤い太陽が昇る一瞬。
陰陽の太極図では、黒い部分にぽつんと白い点が打たれている部分です。

フィンランドでは夏至祭を大々的に祝います。
大きなかがり火を焚き、パーティは早朝まで続くとか。何しろ夜が延々と終わらないまま、朝になるのですから。
夏至を過ぎれば、日が短くなっていき、やがては真っ黒な冬がやってくるからこそ、陽気に騒ぎたいのでしょう。

夏と冬で日の長さが極端に違うフィンランドのほうが、日本よりも陰陽五行を実感として受け入れやすいのではないか。
そんなことを考えているうちに、いつかフィンランドで東洋占術を伝えたいという夢が生まれてきました。

フィンランドに再び行くとしたら、単なる旅行者ではなく、何かの役割を果たしたい。
フィンランド語講座で知り合った人によれば、語学留学は1カ月間から可能だそうです。
でも、フィンランド語を一日中学ぶのはやっぱり無理。私にとってフィンランド語はあくまでも趣味で、本気で身につけようという野望はないのです。
だったら日本語講師。
これもあまり気乗りしません。語学はあくまでも道具であって、語学そのものを習ったり教えたりするのはあまり得意ではないのです。
検索してみると、フィンランドの小学校で日本文化を教えるプロジェクトがあるそうですが、小学生に折り紙を教えるのも私向きではありません。

私が最もやりたくて、そして私に向いていること。
それは、フィンランドで陰陽五行を語ることではないか。
具体的には、易(ICHING)、風水(FENSUI)の初歩。
もちろんフィンランド語ではなく英語です。
私にとっては、漢文の易経よりも、ウィルヘルムの独語訳を英訳したテキストのほうが読みやすいし、スピ系の欧米人に「イーチンをやっていると」と告げると、ユングシンクロニシティと話が広がっていきます。

東洋占術を伝えるといっても、それでお金を儲けようというのではなく、聞いてくれる人は一人でも二人でもいいのです。
私なりの方法で、何かの痕跡をフィンランドに残したいという願い。
いつの日になるかわかりませんが、陰陽五行の成り立ちを説明する導入は、「ムーミン谷の冬」にするつもりです。


フィンランドムーミンワールドにあるムーミンの家。