翡翠輝子の招福日記

フリーランスで女性誌やビジネス誌の原稿書きを30年。現在はリタイア生活へ移行中。2023年秋、スペイン巡礼(フランス人の道)。2025年夏、ガルシア=マルケスの作品舞台となった地を一目見たくてコロンビアへ。ウラナイ8https://uranai8.jp/で活動しています。日本文芸社より『基礎からわかる易の完全独習』刊行。おかげさまで四刷になりました。

チェンマイのカフェで

パーソナルトレーニングを始めて最も良かったのは、普段の生活で姿勢を意識するようになったことです。

スクワットは一日30回を目途に続けたいのですが、徐々にサボるようになり、2週間に一度のパーソナルトレーニングでモチベーションを上げて再開します。教えてもらったフォームも自宅では崩れていきます。トレーナーの許可をもらって、メモ帳を持参してアドバイスを書き留めているのが、いかにも運動の苦手な文系っぽい。体で覚えるのでなく、文字で残さないと安心できないのです。

器具を使わないスクワットから始めて、ダンベルを持ち上げて負荷を上げる段階に。腕でだけで持ち上げようとせず、背骨をコントロールして体全体を使うように指導されますが、背骨を意識するとお腹を引き締めるのを忘れ、お腹に気を付けると肩に力が入ってフォームが崩れます。正しいスクワットをマスターするのに何年もかかるような気がします。

 

姿勢を意識して暮らすようになって、思い出すのはチェンマイのカフェレストランでの一シーン。

 

 

歩き疲れて休息のために入ったのですが、隣が大きな警察署だからなのか、制服姿の男性が食事をしていました。実家なのか友達の店なのか、オーナーらしい男性と一緒のテーブルで食べていて、オーナーは客が来るたびに注文を取るために席を離れます。

制服姿の男性は背中に長い物差しを入れているかのように、背筋はいつもまっすぐ。前屈みになることもなくゆっくりと食事を口に運んでいました。タイの男性は生涯に一度、仏門に入って修行する人が多いと聞きましたが、お寺で身に付けた所作なのでしょうか。

 

そんなふうに思ったのは、「りんごを食べる鈴木大拙」を思い出したから。

bob0524.hatenablog.com

何か劇的なことを成し遂げなくても、日々の小さな行いによって天国に近づくこともできれば、遠ざってしまうこともある例の一つとして、日本の茶道の「一杯のお茶を正しく振る舞うことができれば、何事も正しくできる」という教えが紹介されています。

 

そして、鈴木大拙の話。

西洋に禅を広めた鈴木老師を知る人から、こんな言葉を聞きました。
「老師がなさること、すべてが瞑想そのものだった」と。
彼は言っていました。
「老師がりんごを食べているところを見たことがあるんです。ゴミひとつ出さずに、まるで彫刻を彫るかのように、きれいに芯まで食べていました。それ自体がまるで芸術作品のようだったんですよ」

 

チェンマイでは、洞窟のお寺に黄金のお寺、青いお寺、白いお寺を回り、黄金の三角地帯(ゴールデン・トライアングル)まで足を伸ばしてタイ側からラオスミャンマーを見ました。

見どころがいっぱいの充実した旅でしたが、チェンマイでまた見たいのは、あのカフェでの見事な食事シーンです。お寺ではなく街角のカフェであんな宗教的なシーンを目にしたことが印象的でいつまでも忘れられません。食事のときはせめてスマホやテレビを見るのをやめて、目の前の食事に集中したいものです。