長かったスペイン巡礼も終わり帰途につき、ヒースロー空港のラウンジにいます。ここまで来たら後はJALの羽田行きに乗るだけです。
今回の巡礼で得たものは何だったのか、まとめることはまだできませんが、カミーノで出会った人々から思いがけなく深い言葉をもらうことがよくありました。
不安で一杯だった出発の地、サンジャンピエドポー。
この宿は一種の民泊で、フランス側だったので巡礼者の世話をするオスピタレイロも不在。先に到着した宿泊客が新しくした客に対応するというスタイルでした。
どきどきしながら共有スペースのテーブルに着き自己紹介とともに「カミーノを歩けるかどうか不安」ともらすと、たちまちこんな言葉が。
「サンティアゴまで行けるかどうかなんて心配せず、神に委ねる! 人間にできるのは一歩一歩進むことだけ」
疲れて歩き続けるのが嫌になった時はこの言葉をいつも思い出しています。
そして、私にとってのカミーノのテーマをずばりと言ってくれたのがオランダ人のエスメ。パウロ・コエーリョの宿に一緒に泊まりました。
エスメも多分、同世代。リタイアした夫とゆっくりカミーノを歩いています。宿の前のベンチでチェックインの時間を待っていると「ケーキ、いかが?」と切り分けてくれました。お返しするものを持っていないので「ほんの少しで大丈夫です」と答えたものの、チーズたっぷりのバスクケーキのあまりのおいしさに、遠慮せずにもっともらえばよかったと思ってしまいました。
宿の洗濯機と乾燥機の順番待ちを申し込むと、たまたま居合わせたエスメが声をかけてくれました。
「もし、あなたが気にしないのなら一緒に洗わない?」
Go Dutch は割り勘という意味だし、半額分のコインを渡そうとすると、「いいのよ、あなたの洗濯物は少ないし、私たちにとっては同じことだから」と受け取ろうとしません。
翌朝の出発時、こんなことを言われました。
「日本人の国民性なのかもしれないけれど、あなたはアクセプト(受容)があまり得意じゃなさそう。せっかく巡礼に出たのだから、カミーノで起こることはすべて受け入れるようにしてみたら?」
それはとても深いアドバイスだと喜ぶ私にエスメはこう続けました。
「ただし、いいことばかりじゃないわよ。悪いこともちゃんと受け入れないと」
40日以上歩き続けいていれば、つらい日もあるし、スペイン人のおおらかさに助けられることもあればいい加減さにイライラすることもありました。ポンフェラーダの街で転んだのは痛恨のミスでしたが、起こるべきして起こったアクシデントです。
高齢でも山歩きの経験が豊富な人はどんどん先に進んでいきますが、私としては今の年齢がフランス人の道を歩ける最後の機会だったように思います。
夏の盛りに歩いていればさぞ美しかっただろうひまわり畑も、9月となればこの状態。亡霊たちが立ち並んでいるようで最初はぎょっとしましたが、ひまわりとしての一生を終えて次の世代のために種を残して土壌を豊かにしています。
花の盛りは過ぎても、すぐ散るわけではないし、枯れかけた姿でもできることは何かあるはずです。