ピレネー越えの次は、パンプローナまでが目標。牛追い祭りやヘミングウェイで有名なナバラ州の州都です。
サンジャンピエドポーから田舎町ばかり歩いて来て、出会うのは巡礼者相手の宿やバルのひとばかり。パンプローナの手前の街まで来て、市井に生きる真っ当な人々の姿が新鮮でした。公園のベンチでバックパックを肩から下ろして一休みしていると、通りかかった高齢の女性に「まあ、あなたは巡礼者なのね。ブエンカミーノ(良き巡礼を)!」と声をかけてもらいました。「宗教的な理由で歩いている巡礼者はほんの一握り。インナーピースを求めてとか、自分のために歩いている人がほとんど」と口々に言います。中にはいかに早く歩き切るかを目標にしているアスリートタイプもいます。
韓国人のスンニと「欧米人とは脚の長さからして違うから、比較する気にもならない」と話しているのですが、時間がかかっても自分の足で行けるところまで行ってみようと思っていました。
パンプローナに到着して最低限の目標は達成。天気もいいし、連泊してパンプローナを楽しみました。スンニは、雨の中を歩きたくないと一泊だけで先に進みました。
パンプローナ出発の日は雨。レインウエア上下にレインハット、バックパックにもカバーをかけました。街を出るところでメキシコ系アメリカ人の女性たちと合流。アンジェラという名の60歳女性はアトランタの病院でスペイン語の通訳として勤務。私は62歳でリタイアしたと伝えると、自分は67歳まで働かなくてはいけないとため息をつきます。アメリカでも定年延長の流れなんでしょうか。定年を待っていてはとてもカミーノを歩けないから無理やり休暇を取ってきたそうです。
山歩きに慣れているアンジェラの速さについて行けず「気にせず先に行って」と伝えたのですが、休憩場所で合流して付かず離れず歩くことに。そうこうしているうちに雨は激しくなり雷鳴が聞こえて来ます。山道に差しかかると濁流が流れ、くるぶしまでズブズブ浸かりました。そのうち飛び越えなくてはならない深い流れが。長身のカップルの男性が渡りやすいように手を引っ張ってくれます。彼もずぶ濡れで気の毒でしたが、巡礼道だし騎士道精神を発揮しないわけにはいかないのでしょう。後から来たロードバイク乗りたちの自転車も協力して濁流を渡していました。
こんな悪路だなんて聞いていない!と叫びたくなったところで、アンジェラが着地の衝撃でうずくまりました。足を痛めたようです。同行していたメキシコ系の友人が地元警察に救助を求める電話をかけましたが、要請がたくさん出ているようで骨折ではないのなら自力で近くの村まで来てほしいとのこと。アンジェラの両脇を二人で抱えてそろそろ進むことにしました。
「あなたは先に行っていいのよ」とアンジェラ。
「私がゆっくりしか歩けないと言った時、大丈夫、決して見捨てないと言ってくれたじゃない。今は私の番だから」
「でも、せっかくカミーノを歩いているのに」
「歩くだけなら、スポーツジムのトレッドミルの上でも歩ける。こういうことも含めてカミーノなんだから」
アンジェラが少しでも気を紛らわせることができるように、好きな音楽や映画の話をしました。同世代だから共通の話題に事欠きません。
サリキエグイという小さな村に到着し、アンジェラは治療を受けることに。私はそこから峠を越えたウテルガに宿を予約しているのですが、アンジェラの怪我は他人事ではありません。村には警察官が複数いて騒然とした雰囲気。パンプローナからの巡礼路は悪天候による警報が発令中。自信がある人は自己責任で進んでいいようですが、私はとても無理。タクシーを待っているグループに加わりました。温かいコーヒーを買ってくれた人がいて、代金を払おうとすると「お互い様じゃないの」とにっこり。やはりここはカミーノです。
ウテルガに行きたかったのですが、8人乗りの大型タクシーはもっと先のプエンタレイナまでしか行かないとのこと。仕方がないのでウテルガの宿をキャンセルしてプエンタレイナに泊まることにしました。タクシー代は5ユーロ。安くてびっくりしましたが、困っている巡礼者の足元を見て儲けるなんてことはしないのでしょう。
フランス人の道を歩き通すという野望は崩れましたが、これが私にふさわしい巡礼なんでしょう。翌朝、がんばって歩き通したという登山のプロのようなたくましい巡礼者に話を聞くと、腰まである濁流を渡ったとのこと。歩かなくてよかったと胸をなでおろしました。