翡翠輝子の招福日記

フリーランスで女性誌やビジネス誌の原稿書きを30年。現在はリタイア生活へ移行中。2023年秋、スペイン巡礼(フランス人の道)。2025年夏、ガルシア=マルケスの作品舞台となった地を一目見たくてコロンビアへ。ウラナイ8https://uranai8.jp/で活動しています。日本文芸社より『基礎からわかる易の完全独習』刊行。おかげさまで四刷になりました。

どこに行くかより、誰と出会うか

先日の釧路の旅は、ほぼ自由行動のツアーだったので、好きなように過ごせました。

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初日の街歩きをガイドしてくださった大島研志さんと連絡先を交換したら、「アイヌ舞踏ののライブがあるので行きませんか」とお誘いがありました。

夫は「ゴールデンカムイ」が好きなのでアイヌ文化に興味があるし、私は音楽とダンスが大好き。ということで夕方、ホテルまで迎えに来ていただき、まずは「なつかし館 蔵 北大通店」へ。

 

釧路のまち文化を展示する「なつかし館 蔵」。設立や運営にも大島さんは関わっています。釧路が繁栄していた頃の街並みの写真や、なつかしいポスターやおもちゃ、楽器など。遠い昔ではなく昭和の時代を歴史として残したいという思いは、北海道だからこそ強いのかもしれません。

 

駅前にあるもう一つの「なつかし館 蔵」に移動し、アイヌ詩曲舞踏団モシリのライブへ。

アイヌの伝統を基調にして、現代的な音とダンスのアレンジを加えています。


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「なつかし館」を作った中野吉次さんは、アイヌ民族の資料も収集しており、阿寒や弟子屈を訪れるように。モシリの作詞作曲を担当するアドィさんと出会い、なつかし館でのライブが実現したのです。

大島さんが後で送ってくれた釧路新聞のコラムでライブの経緯を知りましたが、一般に告知せず関係者だけのイベントです。

そんな貴重なライブを一介の旅行者が鑑賞できるとは。初日の街歩きツアーの帰り道に記者時代の癖で大島さんにあれこれ質問したことから始まった縁です。

 

旅で重要なのは、どこに行くかより、誰と会うかです。

釧路を旅したのは今回で4度目でそのうち2回はJALの「どこかにマイル」です。阿寒湖や釧路湿原など定番の観光コースを巡ることから始まって、花咲線で厚岸に牡蠣を食べに行き、一人旅で山花温泉に宿泊するなど楽しんできましたが、今回は大島さんと出会ったことでまた違った釧路を体験することができました。

 

釧路を代表する建築家、毛綱毅曠(もづな・きこう)についても大島さんに教えてもらいました。フィッシャーマンズワーフMOO、湿原展望台など釧路のランドマークの数々を設計しています。

 

最初の建築は母親のために建てた住宅。「反住器」という刺激的な名前。建物、部屋、家具が入れ子になっています。

 

丹頂鶴が翼を広げて雛を抱いている姿を表現した釧路市立博物館。内部は二重らせん階段がフロアをつなぎ、回遊体験のように展示を見て回るうちに、釧路の自然や文化がDNAのように受け継がれてきたと連想できます。

 

釧路市立博物館の隣にある幣舞中学校。公立なのになんとユニークなデザイン。卒業生にとってはこの中学を卒業したことが自慢になるでしょう。

 

NTT DoCoMo釧路ビル。商業施設も毛綱毅曠が手がければこの通り。開口部の配置が独創的です。

 

毛綱毅曠が才能ある建築家なのはよくわかりましたが、多くの公共建築を手がけたのは市政と強力なコネクションがあったのではないか。下世話な私はそう推理して、大島さんに聞いてみました。答えは、釧路市長と高校で同窓だったから。なるほど。利害関係を超えた特別な絆があったのでしょう。海外から毛綱建築を見学するために釧路を訪れる建築関係者もいるそうですから、貴重な観光資源となっています。

 

どこへ行くかは計画できますが、誰と出会うかは偶然に大きく左右されます。これからも旅先での出会いに恵まれますように。