世界がこんなことになるとは思ってもいなかった昨年12月に予約した釧路旅行。外国では飛行機の減便も伝えられていますが、日本は今のところ通常運転。今さら私一人が行かなくなったところで大勢に変わりはないので予定通り出発しました。
前回の釧路旅は5年前、コロナが落ち着いてきた時期でした。
この時期の釧路の気温は10度前後。真夏日もあった東京から来ると季節が逆戻りしたかのよう。夏季の避暑地として長期滞在を考える人が多いのもわかります。
かつては北海道屈指の繁華街だった釧路駅前。道幅が広いせいか、がらんとして見えます。


今回は道連れがいたほうが楽しいかと思い、夫を誘いました。
水曜出発で月曜帰りの5泊6日で、北海道の観光シーズンが始まる前の4月中旬は摩周湖などを巡るバスや釧路湿原のトロッコ号の運行がない分、かなり安価。ツアーと言ってもほぼ自由行動でJRのフリーパス2日間や食事用のクーポンを各自で使います。
羽田空港のカウンターで各自行きの航空券を受け取り、釧路へ。人気のある企画らしくこの日の参加者は40名。1名1室同旅行代金なのでおひとり様もかなりいました。一人旅をしてみたいけれど不安という人はこういうツアーに参加してみるのもいいかもしれません。
到着日の16時半から希望者対象のガイド同行の街歩きツアー。かなりの人数のガイドさんがいて、釧路を愛する人たちの有償ボランティアだそうです。ぎりぎりまでロビーでコーヒーを飲んでいたので最後に出発するグループに入ることになり、ガイド団体の代表、大島研志さんが案内してくれました。
街の説明もさることながら、これだけの仕組みを作り上げた手腕に興味が出てきました。名所旧跡よりその地に暮らす人の話を聞きたいのです。
クラブツーリズムのツアーには釧路市長からのコメントもあり、官民一体となって滞在型の旅を推進しているようです。
ホテルへの帰路は説明することもないようなので、大島さんの前職が観光関係だったのか質問してみました。行政の生涯学習担当とのこと。いただいた名刺には76歳とあり、仕事で関わってきたネットワークを駆使してガイド以外にもさまざまな活動で釧路の活性化に尽力されています。
大島さんが代表となって、くしろ・まち・ガイド倶楽部ができたのが2024年。前回私が釧路を訪れた時にはなかった組織です。水産業、石炭、製紙業の物流拠点として日本の成長を牽引してきた釧路。その歴史を語り継ぐのはやりがいのあるプロジェクトでしょう。
こうした出会いを通して、自分なら何ができるかを考える。旅は人生を活性化します。
中東情勢の成り行きにより自由に旅を楽しめる最後の機会かと思いつつやって来た釧路ですが、そんな心配事が笑い話で済むような展開を祈っています。