翡翠輝子の招福日記

本業は女性誌の原稿書き(主に東洋占術と開運記事)、ビジネス記事翻訳ですが、そろそろリタイア状態へ移行中。JALの「どこかにマイル」で日本各地に出没。ウラナイ8で活動しています。

旅の荷物は最小限に

グランマ・ゲイトウッドことエマ・ゲイトウッドは1955年5月3日、全長3000キロのアパラチアン・トレイルの南端に立ちました。地図、寝袋もテントも持たず、サンタクロースのような巾着袋を肩に担いで歩きました。その中身。

ウィンナーソーセージ、レーズン、ピーナッツ、ブイヨン・キューブに粉末ミルク。バンドエイドのブリキ缶にはヨードチンキ、ヘアピン、ヴィックス軟膏が入っている。サンダルとギンガムのワンピースは、こざっぱりした格好が必要な時のために持っていくことにした。それから暖かいコートと雨よけ用のシャワーカーテン、飲み水が少しとアーミーナイフ、懐中電灯、ミントのアメ、ペン、ロイヤル・バーノン・ラインの小さいメモ帳。家のそばのマーフィーズ雑貨店で買った25セントの罫線入りノートだ。

『わたしに会うまでの1600キロ』のシェリルはトレイルウォーキングのための用具をアウトドアショップで調達し、出発前のモーテルでバックパッキングを背負ってあまりの重さに立ち上がれませんでした。

エマは20代の若者とも一緒に歩きました。海軍を退役したばかりで、釣りや探検をしながらロング・トレイルを歩いている二人組。池のそばのシェルターで夕食の準備をしていたところにエマが入ってきます。

この人里離れた困難なセクションのトレイル上で高齢の女性に会って驚いた二人は、エマを招き入れて少し話をした。

エマがはるばるジョージアから歩いてきたと聞いて若者たちはいたく感銘を受けたが、彼女が肩に担いでいる荷物が9キロにも満たない袋だということにはさらに驚いた。10日間のハイキングのために、この海軍の若者たちはそれぞれ25キロのバックパックを担いできていて、自分たちがまるでバカみたいに思えた。

年齢的にはエマに近いけれど、生きている時代はシェリルに近い私。長い距離を歩いてみたいと思い立ち、銀座の好日山荘で登山靴と登山用ストックを買いました。エマの登山用ストックはそのあたりに落ちている小枝だったというのに。

 

それでも、旅の荷物は最小限にしようと試みています。コロナ前の最後の海外旅行となったスペインの旅も身軽に動きました。bob0524.hatenablog.com

 

鹿児島・指宿の断捨離リトリートに滞在した時も、断捨離トレーナーから「荷物、それだけ?」とびっくりされました。家の中は片付いていないけれど、旅に出るとスリムになれます。

 

7月初めに滞在した穂高養生園の部屋。ここまですっきりした部屋にふさわしい旅人でありたいものです。