翡翠輝子の招福日記

本業は女性誌の原稿書き(主に東洋占術と開運記事)、ビジネス記事翻訳。副業で外国人に日本語を教えていましたが、2019年3月で卒業。フィンランドが大好き。ウラナイ8所属。

旅は人生の縮図

このままコロナが落ち着いて気ままに旅に出られる日を待ち望んでいます。でも加齢とともに旅行するのがおっくうになるだろうし、経済事情が暗転すれば旅の予算を出すのが苦しくなるかもしれません。

 

メイ・サートンに『一日一日が旅だから』というタイトルの詩集があります。そして「月日は百代の過客にして、行きかう年も旅人なり」と書いたのは李白

同じ土地にずっといても、生きていること自体が旅なんでしょう。いつかは寿命が尽きて去らなければいけないのですから。

 

そう思って旅の本を読んでみると、また違った感想が湧いてきます。

前回も紹介した『私に会うまでの1600キロ』。

 

シェリルが一人で歩き通したパシフィック・クレスト・トレイルでの出会いの数々がとても素敵です。

トレイルの途中に情報交換できる場所があります。山奥でネットもつながらないから、置かれているのは手書きのノート。飲み水が得られる場所や、難所の情報が書き込まれています。「ふだんの生活では絶対に友達にならないような人とも知り合えた」とシェリルは回想していますが、年齢や職業、支持政党など関係なくトレイルを歩く仲間というだけで連帯し、助け合いの精神が生まれるのです。

 

ある場所では、「シェリルへ! 日帰りのハイカーからもらったの。食べてね! サムとヘレンより」というメモがあるました。トレイルを先に歩くカップルが、桃を置いていってくれたのです。

乾燥食材を携帯コンロで調理する日々が続き、何度も新鮮な果物を空想してきたシェリル。サムとヘレンも同じだろうに、自分のために一つを残してくれた。感謝の思いとともにかぶりついた桃。果汁が全身の細胞の一つ一つに染みていきました。

 

大きな中継地点の街もあります。

シェリルはスイスから来てヒッチハイクで旅をしているというカップルの女性から、「あなたは巡礼の道を歩いているのね、よかったら足をマッサージさせて」と声をかけられます。

「うれしいけれど、大丈夫」とシェリルは遠慮するのですが、「私がしたいの。あなたを見たとき、何かあげなさいと精霊が私にささやいたから。スイスでは巡礼の道を歩く人に大きな敬意を払うの」と女性。

 

世知辛い俗世に生きていると、人を助けると見返りを求めがちになりますが、人生の折り返し地点を過ぎて、旅の終盤にさしかかっている私。旅を始めたばかりの若者にささやかな手助けができたらと思います。

 

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路地が入り組んだスペインの古都、セビリア。朝ご飯を食べた小さなカフェで、スイス人の若者から日本語で話しかけられました。日本に興味があり、独学で日本語を勉強しているそうです。助ける、助けてもらうという関係以前に、旅先でのちょっとした交流は大きな喜びをもたらすものです。