翡翠輝子の招福日記

フリーランスで女性誌の原稿書き(主に東洋占術と開運記事)を担当し、リタイア生活へ移行中。2023年8月下旬からスペイン巡礼へ。ウラナイ8で活動しています。日本文芸社より『基礎からわかる易の完全独習』刊行。

想像力をシャットアウト 映画『関心領域』

ポーランド映画『関心領域』がずっと話題になっていましたが、やりすごしていました。スペインから帰国する頃には公開が終わっていて観ないで済むと思っていたのです。ところが、話題の映画だけあってロングラン。これは観ておけということなんでしょう。

 


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目を覆いたくなるような残虐なシーンはありません。いかにも健全そうなドイツ人家族が、広い庭のある瀟洒な屋敷で生活しています。

一家の主人はアウシュビッツ強制収容所の所長のルドルフ・ヘス。いかに効率的に収容者を移送して、労働に適さない者を選別して抹殺するかに取り組んでいます。相手が人間だと思ったらとてもできることではないので、徹底して「物」扱いです。

妻のヘートヴィヒはドイツ人主婦の鑑。二男三女を育て家の中を整えます。庭や温室の設計も自らの手で行い、少女時代からのあこがれの生活を実現しました。

塀で隔てられた収容所では連日連夜、阿鼻叫喚と死者を焼く煙が立ち上っていますが、ヘートヴィヒはまったく良心の呵責を関じていません。新しく収容者が送られてくるたびにめぼしい衣類を届けさせ、豪華な毛皮のコートでポーズを取り、縫い目に隠された貴金属を探します。あるときは歯磨き粉の中に隠されていたダイヤモンドを見つけ「ユダヤ人は賢い」とつぶやきます。

夫が昇進し転勤の辞令がおりると、拒否するよう促すヘートヴィヒ。ヒトラーに直訴することまで提案します。それほどまでにアウシュビッツの生活が気に入っているとは。夫はしぶしぶ単身赴任していきます。

ヘートヴィヒの実母が訪ねてきて、すばらしい暮らしぶりに感嘆します。部屋は広くてきれいで庭にはプールがあるし、メイドが何人もいるのですから。「夫にはアウシュビッツの女王と呼ばれている」と自慢するヘートヴィヒ。

しかし、このお母さんは普通の感覚の人らしく、絶えず聞こえてくる悲鳴や銃声に耐えきれず、置手紙を残して去ります。お母さんはまったくの善人というわけでなく、「隣人が収容所送りになったときにその家のカーテンが欲しかったのに、他の人が取ってしまった」とくやしがるような邪悪さもあります。ただ、娘とは違い、塀の向こうにいるのは自分たちと同じ人間なんだという想像力は持ち合わせていたのでしょう。

子どもたちは健全に育っているようで、やはりどこかに歪みが生じているよう。戦争が終われば父親は死刑は免れたものの精神疾患で自殺。戦争犯罪者の子供として生きるのは並大抵のことではなかったでしょう。

 

この映画を観なくてはいけないと思ったのは、スペイン巡礼のゴール、サンティアゴ・デ・コンポステーラです。到着した日は快晴で、スペインの中高生のグループもたくさんいて、若者らしくはしゃいでいました。

サンティアゴに二泊したので、翌日も大聖堂へ。マイクを通して若者の声が響き渡っていて、最初は元気なグループだと思ったのですが、どうも様子がおかしい。若者の声にには怒りが込められ、警察も出動して騒然とした雰囲気。

 

地元の大学生によるガザ反戦デモでした。学長室を占拠していたのですが、警察に排除され大聖堂の前に移動したそうです。

巡礼を終えて、大聖堂の前で感慨にふけりたい巡礼者にとってはちょっと興ざめですが、大学生側からすれば「浮世離れした巡礼なんかより、世界で起こっている現実を直視せよ」とアピールしたいのでしょう。巡礼はスペインにとって重要な観光資源ですから、当局としてはデモをやめさせたいのでしょうが、手荒なこともできず両者にらみ合いの状況でした。

 

巡礼中に出会う人は誰もが友好的で協力し合う、ユートピアにいるかのような日々を過ごしましたが、いつかは現実に戻らなくてはいけません。時代が進んでも世の中は理不尽なことばかり。ともすれば目を塞いで知らなかったふりをしたいところですが、想像力をシャットアウトしたのでは、生きている意味がありません。