「アナザーラウンド」は英語で「みんなでもう一杯ずつ」という意味。飲み物が出されるたびにお金を払うキャッシュ・オン・デリバリーのパブで複数の人数で飲む場合は、ラウンドごとに順に支払ったりします。
「アナザーラウンド」で杯を重ねるうちに、飲みすぎてしまいがち。そんなタイトルのこの映画、アルコール依存症の中年男の悲惨な話かと思いきや、突き抜けた明るさがありました。それにしても、16歳から飲酒が認められているとはいえ、デンマークの高校生は飲み過ぎ。
酒飲みの失敗の数々は身につまされましたが、最もトラウマが呼び起されたのが、授業シーン。人生に行き詰っている主人公は高校の歴史教師。やる気のないつまらない授業を続けていて、生徒だけでなく保護者からも「このままでは受験できない」とつるし上げられます。
私と同時期に研修を受けて日本語学校の教壇に立った同僚。ある日、学生たちの一団が職員室を押しかけて「○○先生のことで」と教務主任に訴え、その週のうちにクビになりました。ヨーロッパでは授業に不満があると教師が糾弾されるようです。
そこで友人であり同僚の教師から教えられたあやしげな理論。
人間は血中のアルコール濃度が0.05%だとりリラックスして自信に満ち、人生を楽しめる。さらに仕事の効率も上がり、想像力が高まる…。
たしかに。私が酒をやめられないのも、気分が高揚するから。溜まっていたアイロンがけなどめんどうな家事をてきぱきと片付けられます。
映画でも、アルコールの効用はてきめん。
つまらなかった歴史の授業は、学校のトイレでウォッカをひっかけると導入から学生の心をつかみます。
「1940年代の有権者だとして、3人のうち誰に投票するか?」
「1番目はマティーニが好きでいつも酔っ払い。しかも女好きで浮気をする。2番目は完全にアルコール依存症。睡眠薬も飲む上にヘビースモーカー。3番目は酒もタバコもやらず、女性関係もきれいで子供や動物を愛する。」
学生が3番目を選んだところで、種明かし。1番目はフランクリン・ルーズベルト、2番目はウィンストン・チャーチル、3番目はアドルフ・ヒトラー。
こんな歴史の授業ならぜひ受けてみたい!
そして実験に参加した心理学(日本では倫理社会?)の教師は、極端にあがり症の生徒にも酒を勧めます。デンマークの高校卒業試験は口頭試問。知識を詰め込んでも本番で失敗しがちです。
プレッシャーに押しつぶされて試験を投げだそうとする学生に、酒を飲ませて落ち着かせます。出題はキルケゴール。学生は堂々と「大切なのは、失敗した自分の不完全さを認めることだ」と答えます。
ほろ酔い気分で仕事がうまくいっているうちはよかったのですが、やはりアルコールはコントロールできません。酒に飲まれて悲劇的な結末を迎えるか、完全禁酒で生き直すかと予測したら、意外に明るいエンディングでした。
最終シーンのキレキレのダンス。主人公の中年教師を演じたマッツ・ミケルセンは元体操選手で「北欧の至宝」と讃えられるほど。たしかに、どんなにくたびれたシーンを演じても、そこはかとなく名優のオーラを放出していました。酒を飲んでも楽しく踊れるぐらいの量にとどめたいものです。