私の専門の東洋占術は、精神的な幸福よりも世俗的な満足を重視します。お金が儲かるか儲からないかは、最大のテーマ。占い学校の易の講座には、デイトレーダーも通っていました。
私自身は、株で儲かるか儲からないかは占わないことにしています。
お金はないよりあるほうがいい。
明日の食事に困るような生活では幸福感は得られないでしょう。
でも、お金はあればあるほどいいとは思えません。
身内の恥ですが、子どものいない伯母2人が相次いで亡くなり、小金を貯めていたばかりに、残された親族で骨肉の争いが延々と続いています。
生きるための最小限のお金と葬式代だけあれば、最後を看取った親族は美談で終わったのに、ある程度まとまった金額があると、権利を主張したくなるのでしょう。私の代で親戚付き合いは終わりそうです。
そんなにお金が欲しいのか。
生活するだけのお金があれば、それ以上のお金は邪魔になるような気もしています。
巷では仮想通貨で大金持ちになった人が多いそうですが、これを読んで「なるほど!」と思いました。
www.shinoby.net/2018/01/11594/
これによると、仮想通貨の変動があまりにも激しいので、値上がりしても喜ぶより、不安になるそうです。
かといって、売却して利益を確定するのもためらわれます。個人で利益確定をすれば、雑所得として確定申告しなければなりません。1億円の評価益があっても、売却して1億円の現金を手にできるわけでは無いのです。最大で45%の税率(住民税込みだと55%)が課せられます。
また、仮想通貨に対する先高観は相変わらず根強く、現時点で利益を確定してしまうと、将来上昇すれば悔しい思いをすることになります。それを考えると、なかなか売るにも売れないのです。
私も株式投資をしているので、市場が大きく動く時は心がざわざわします。
でも、こまめな売買はせず、基本はほったらかし。
生活費以上のお金は、しょせん仮想であり幻想じゃないかという気がするからです。
私が四半世紀以上にわたって稼いできたのは原稿料です。
コピーライターや雑誌のライターとしてお金がもらえたのは、たまたま時代がよかったから。あぶく銭のようなものです。現在、原稿書きをマネタイズするのはけっこうむずかしいでしょう。
そんな虚業で得たお金が増えようが減ろうが、生活さえできればどうでもいい。
そう開き直ることでお金について精神の安定が得られます。
ベトナムのハノイでお金について考えさせられることがありました。
ベトナムの通貨のドンは単位が大きくて、計算が大変です。両替すると何百万ドンも渡されて頭がくらくらします。1円が約200ドンですから、ゼロを2つ取って2で割ると日本円になります。
ホテルで「タクシーは市内なら10万ドン以内です」と説明されました。10万ドン、つまり日本円で500円。初回に乗ったときは6万ドンでした。
ところが、水上人形劇を見て、ホテルに帰るために乗ったタクシーでは、60万ドンを請求されました。メーターには60という数字が出ています。
私は計算が苦手なので、一瞬、私のほうがまちがえているのかと思いました。
でも60万ドン、ゼロを2つとって6000、2で割って3000円。東京のタクシーより高いじゃないですか!
そして、タクシーが止まった場所はホテルのエントランスではなく手前の路上。ますますあやしい。ホテルのドアマンに交渉を頼めば、絶対に論破してもらえるはずです。「ホテルまで行ってください」と強く主張し、しばらく押し問答になりました。
ホテルまで行ったら悪事がばれるし、通報されるかもしれないから絶対に避けたいのでしょう。親分?に電話して、結局メーターから0を取って6万ドンで済みました。
若いドライバーでした。車を借りて違法のタクシー営業をしているのでしょう。10人乗せてそのうち1人でも、だまされたりあきらめて10倍の価格を払えばペイします。
お金が仮想か幻想なら、10倍の価格を払ってもどうってことないじゃないか。
いや、それとこれは違う。こんな商売はまちがっている。
ビットコインの1億円から、ベトナムのタクシーの60万ドンまで、お金に対する思いが錯綜しました。お金との付き合いは本当にむずかしいものです。