マッティとキャスに出会って楽しい時間を共有できたのはカウチサーフィンのおかげですが、カウチサーフィンを通せば、いつもおもしろい体験ができるわけではありません。
実際のところ、私が受け取るカウチリクエストのほとんどは、単に無料宿泊所を求めているような心に届かないメッセージです
マッティとキャスも、世界有数の観光地である香港に住んでいるので、うんざりするほどリクエストが届くそうです。
「ポーランド人なのに、英語でメッセージを書いてくるカウチサーファーもいる。プロフィールも読まずにリクエストを送っているのがまるわかりだよ」(マッティ)
私がカウチサーフィンを始めたのは5年ほど前。
すでにその頃、カウチサーフィンの掲示板では「カウチサーフィンは徐々に死んでいる?」というスレッドが立ち、「最近は文化交流ではなく、単なる無料宿泊所を求めるフリーローダー(ただ乗り)ばかり」という嘆きが書き込まれていました。
登録者が増えるにつれて、ますますその傾向が強くなっているようです。
私のプロフィールもろくに読んでいないコピペのリクエストには、断りの返事を出すのも面倒で放っておいたら、レスポンスレイト(返信率)の数字が一気に低くなってしまったので、コピペにはコピペを送ることにしています。
2ちゃんの創設者のひろゆきに「嘘は嘘であると見抜ける人でないと(ネット掲示板を)使うのは難しい」という名言がありますが、「リクエスト送信者が、自分のプロフィールを読んでいるかどうか見抜ける人でないとカウチサーフィンを使うのは難しい」と私は思います。
ここのところ、問題が報じられつつもエアビーアンドビーが日本にも増えてきて、やはり民泊とはいえ泊めてもらうのだから対価を払うという考えが常識的なのかとも考えたりします。
一昨年、東京で会ったマイケルは、「学生はカウチサーフィン、大人はエアビーアンドビー」と区別してシカゴの自宅に旅行者を泊めています。
ある国ではカウチサーフィンは男女の出会い系サイトという位置付けになり、トラブルが頻出しているという話も聞きました。
あわよくばという下心のある人か、よほどのお人好ししかカウチサーフィンを利用しなくなったら、カウチサーフィンは完全に死んでしまうでしょう。
でも、仕組みを知って、注意深くゲスト/ホストを選べば、とてもおもしろく刺激的な出会いがもたらされます。
結婚相手と巡り合う手段は、友人の紹介、合コン、結婚相談所、お見合い…といろいろありますが、大事なのは相性であって、手段ではありません。そして、相性のいい相手と巡り会いたいなら、ただ待っているだけではなく、自分で行動を起こすべきです。
先日、3泊4日で台湾を訪れました。
嘉義の街で、陳君という好青年に心のこもったおもてなしを受けたのも、カウチサーフィンのおかげです。長くなりそうなので、この話は次回に書く予定です。
1931年、嘉義農林学校(現・国立嘉義大学)野球部は甲子園で準優勝を果たしました。街の中心には投手の像が。植民地時代の宗主国(日本)での偉業を今でも称えていることに、日本人としてうれしくなりました。映画「KANO 1931海の向こうの甲子園」も2014年に公開されています。