翡翠輝子の招福日記

フリーランスで女性誌の原稿書き(主に東洋占術と開運記事)を担当し、リタイア生活へ移行中。2023年8月下旬からスペイン巡礼へ。ウラナイ8で活動しています。日本文芸社より『基礎からわかる易の完全独習』刊行。

カミーノ・マジックが生まれる土壌

カミーノ・マジックという言葉を初めて聞いたのは、パンプローナの宿の朝。たまたま出会ったドイツ人のマイケルからです。その宿はビルの3フロアから成り、客室から朝食会場の共有スペースに入るには鍵が必要でした。私は朝食後そのままチェックアウト後するつもりで鍵を持っていたので、ドアを開けてマイケルと一緒に入りました。

「これが数秒ずれていたら、私は鍵を取りに部屋に戻って眠っている娘を起こして不機嫌にして朝食どころじゃないところだった。たまたま君が鍵を持っていて、こうして一緒に朝食のテーブルについているわけだ。これが、カミーノ・マジック。これからちょくちょく起こるよ」とマイケル。彼にとってカミーノはドラッグのようなもので、すっかり中毒患者となってしまいさまざまな道を12回も歩いたそうです。

健脚のマイケルとはもう会わないだろうと思っていたのですが、大雨に降られて進められなくなりプエンタレイナまでタクシーでたどりついた翌朝、カフェを出たところ、ばったりマイケルとお嬢さんに出くわしました。マイケルの言う通り、カミーノ・マジックです。

 

巡礼の道でなくても、「たまたま偶然で」という状況は世俗でもけっこう起こるものです。しかし「カミーノだから特別」と思い込みがちなのは、悪意が存在しないという背景があるです。

巡礼者が全員、善人というわけではありません。かなり強欲に旅行費用を貯めたり、職場の迷惑を顧みずに長期間の休暇を取った人もいるでしょう。それでも実際にカミーノを歩き始めると我の強さを出す必要はなく人間が丸くなります。速さや距離を競うことなくめいめいが自分のペースで歩いているし、そもそも車で行けば30分か1時間もかからない距離を1日かけて歩こうという酔狂な旅を選んだのですから。

世間では、見ず知らずの人に話しかけられたら、何か下心があるんじゃないかと警戒しますが、巡礼者同士は気軽に挨拶します。そして、おひとり様で食事の場に「よかったら一緒に食べませんか」と声がかかります。

 

個室のないアルベルゲではシャワールームやトイレに行くときは貴重品を身につけるように言われていましたが、スマホを充電したまま放置されているのをよく見かけます。

 

次の宿へ荷物を運んでくれるモチーラというサービスも牧歌的。封筒に自分の名前と運んでもらいたいアルベルゲの名前と住所を書き、代金の6ユーロを入れて封をしてバックパックに取り付け、朝の8時までにアルベルゲの入り口に置いておくだけ。朝はスタッフが不在の宿も多く、悪意を持った人が現金入りの封筒を持ち去るんじゃないかと不安でした。

 

心配をよそに、荷物はいつもちゃんと届いています。基本的に荷物は自分で背負うようにしていますが、天気予報で雨だったり、長い距離を歩かなくては行けない日には本当に助かっています。

 

ある大学の宗教学の講義で「神社のお守りをハサミで切れるか」という実験をしたことがあるそうです。出席した学生全員が拒否したそうです。それと同じで、スペインに犯罪者がいるとしても、巡礼者の金品に手を出すのには強いタブーがあるのでしょう。

 

帰国後もカミーノ気分で過ごしていたら、たちまちマルチ商法の餌食となり、財布やスマホをなくすのかもかもしれませんが、世界への基本的な信頼感は持ち続けたいものです。