子供の頃に読んだ『二十一の気球』。21の国から1家族ずつが集まり、1日ごとに食事当番を担当し、世界中の料理を楽しむという話です。小さ目の私営アルベルゲを訪ねていると、スペインにいながらにして世界旅行をしているような楽しさがあります。
先日泊まったアルベルゲ、ご主人がやけに英語が上手だと思ったらドイツ人のご夫婦で運営している宿でした。もともと山歩きが好きで、巡礼路もさまざまなルートをあるいるとのこと。定年退職を契機にスペインに移住しアルベルゲを始めたそうです。夫婦だけで切り盛りできるように定員は6名。日本でも定年後に地方で民宿開業というパターンもありますが、不特定多数の客を対象にするより巡礼者限定のほうが絶対にスムーズです。午後の早い時間に全員がチェックインを終え、消灯は午後9時頃で騒ぐ客は皆無。翌朝は8時までにほとんどの客は出発します。
外飼いも含めると7匹の猫がいるそうです。
二段ベッドにすれば収容人数は倍になるのに、そうしないのは利益よりも夫婦で目が配れる人数以上は泊めないという決意の現れでしょう。このところ巡礼者の数が増えて毎日予約でいっぱいだそうですが、定員を増やすつもりはなさそうです。
チェックイン後、奥様のサビーネから厳しく言われたのは「寝袋やタオルをバックパックから出さないこと」。寝具とタオルは用意されているのですが、これはアルベルゲではかなり珍しいことです。スペイン巡礼の宿でダニやシラミに噛まれたという話があるので、巡礼者が害虫をもたらすのをシャットアウトしているのでしょう。そして、朝も寝具は外さずに絶対そのままにするように言われました。多くのアルベルゲでは使い捨ての紙製シーツと枕カバーが配布され、自分で装着して朝は外していくのが決まりですが、サビーネは自分の方法で洗濯とセッティングすべてを行いたいのでしょう。
割り振れられたベッドの番号のタオルを使います。色違いにして混同しないようにしているのも、ドイツ風の合理主義でしょうか。
夕食は7時から。イギリス人カップルとアメリカ人、日本人(私)は5分前から着席していたのですが、フランス人が7時を回っても現れない! 食卓に緊張が走りましたが、フランス人は何事もなかったようにのんびり登場しました。
メニューは野菜のポタージュスープ、サラダ、そしてサビーネお手製のシュペッツレ。南ドイツの名物料理でパスタの一種と説明を受けましたが、歯応えがあるけれどふわふわしてチーズにとてもよく合います。
サビーネ夫婦も食卓に加わったので、メニューは日替わりかも。その日のメニューは黒板にきれいに書かれていました。
サンティアゴの巡礼コースは複数あって、サビーネ夫婦はそのほとんどを歩いています。サリアからの100キロは観光客が多すぎてあまり歩きたくないと言うと、代わりのプランをいろいろ出してくれました。
そして、フランス人が明日の宿の予約をしていないというので、あちこちに電話して空室を確認していました。巡礼者のためにここまで世話を焼いてくれるとは。
厳格だけど温かい思いやりに満ちた宿。引退して気楽に生きたいと思っていた私は喝を入れられました。彼らほど完璧にできなくても、社会に関わって何か貢献するのが高齢者のあるべき姿なのかもしれません。