翡翠輝子の招福日記

本業は女性誌の原稿書き(主に東洋占術と開運記事)、ビジネス記事翻訳ですが、活字媒体が減少でリタイア状態へ移行中。JALのマイルを使って日本各地に出没。7人の仲間とウラナイ8で活動しています。

どの道を歩いても、巡礼となる

ウラナイ8の天海玉紀さんが主催するウォーキングツアーに参加しました。

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杉並区の善福寺川は、毎年、お花見を楽しむ場所。桜が満開だった川沿いは、1か月たつと新緑に覆われていました。

 

例年この時期は汗ばむほどの陽気になることもあるのですが、この日の午前11時から2時間はウォーキングに最適な気候でした。心配された雨は帰宅後、本降りに。天から祝福された道行きです。

 

善福寺川沿いを歩くと直線の道を進んでいるように感じるのですが、実はかなり蛇行しています。人生は道にたとえられますが、目的地に向かっているようで遠回りしていることもしばしば。そして、近道を見つけるのは幸運でもあり、見るべきものを見逃しているのかも。

 

前回参加したのは3年前。

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太古の昔、東京の大部分は海の底。瀬戸内海沿岸の田舎町から、はるばる東京までやって来たのに、実は故郷と同じ海辺の街でした。

千葉の海岸に上陸した海の民が、杉並までやって来て定住し稲作を始めたという玉紀さんの解説。私の祖父は愛媛の伊予大島出身。祖父は瀬戸内海を渡って岡山へ、父は岡山から神戸へ、そして私は神戸から東京へ。親子三代の壮大な移転だと思っていましたが、昔の歴史をなぞっただけでした。

 

前回のウォーキングツアーとの大きな違いは、歩くことに対する興味の高まりです。いつかはスペインの巡礼の道へ、そして今年の6月は八ヶ岳山麓のトレイルを歩こうという野望を抱いています。

でも、歴史を想像しながら善福寺川沿いを歩いていると、わざわざ遠くに行かなくても、この道も巡礼だと気づきました。

 

『トレイルズ 「道」と歩くことの哲学』は、ウォーキングの啓蒙書。

 

列車から自動車、飛行機へと発展するにつれてつながる速度は上がったが、旅行者と窓の外を通りすぎる土地は遠ざけられてしまった。同じように、いまでは多くの人が、デジタル・テクノロジーによって、直接触れる環境にいる人々や物事とのつながりが弱まっているのではないかと心配している。これを気むずかしい老人が進歩に反対しているだけの過剰反応にすぎないと切り捨てるのは簡単だ。だがどのテクノロジーの例でも、より速くつながることと引き換えに、現実の世界の豊かさを感じとる能力は衰退している。

JALマイルを貯めまくり、あちこち飛び回って旅をしたような気になっていますが、ただ移動しているだけで、その土地の豊かさを何も感じとっていないのかもしれません。

 

善福寺川ウォーキングで「こうして、ただ歩き回るのが好き」という深瀬まるさんの言葉に、私は目的地にこだわり過ぎていると気が付きました。「目的地まであと何キロ、あと何分」と意識しすぎてプロセスに目を向けていないのです。

 

再び道を人生にたとえるなら、「進学」「就職」「結婚」「収入増」「マイホーム購入」「蓄財」といったゴールを常に目指し、ただ生きていることを楽しんでいませんでした。

 

『トレイルズ「道」と歩くことの哲学』には、家を持たず、わずかな貯えと季節仕事で何年も何十年も歩き続けるフルタイムのハイカーが登場します。一種のホームレスであると同時に托鉢僧のようでもあります。

安らぎや静けさ、孤独や理由を見つけるためにオリンポスの山の頂から景色を眺めなくてはならない人がいるとしたら、その人は完全に人生を見失っている。それは麓のシアトルのダウンタウンの真ん中にだってあるものなんだ。わたしはそういう壁を壊して、人生を分けるのをやめ、昨日歩いて通り抜けたラッシュアワーの渋滞のなかにも同じだけの安らぎと喜びを見つけられることを目指してきた。

シアトルのダウンタウンで安らぎと喜びを見つけられるのなら、東京だって同じはず。

 

わたしは友人たちに言うんだ。毎年毎年わたしは持ち物を減らして、そのたびに幸せになっている、と。持ち物をいっさいなくしてしまったらどうなるのか興味があるよ。わたしたちは何も持たずに生まれてきて、何も持たずに死んでいく。たぶん、わたしはその準備を少し早めにしているんだと思う。

 

特に目的もなく歩くことは、引退後の人生に重なります。生産的なことを何もせず、ただ生きているだけで安らぎと喜びが見つけられるか。その答えを見つけるために歩いているんだと今回のウォーキングツアーで悟りました。これは家の中に閉じこもって本を読んでいただけでは得られなかった発見です。