翡翠輝子の招福日記

本業は女性誌の原稿書き(主に東洋占術と開運記事)、ビジネス記事翻訳ですが、そろそろリタイア状態へ移行中。JALの「どこかにマイル」で日本各地に出没。ウラナイ8で活動しています。

供養の形は人それぞれ

サンティアゴ・デ・コンポステーラの道を歩く準備は、長時間歩くトレーニングだけではありません。

体験記を読んでいると、一人で歩いていても、道中や巡礼者用の宿で「何のために歩くのか」を話し、聞く機会が多いようです。カトリックの信者でないのにスペインで巡礼する理由を考えておかなくてはいけません。

本音では、年を取るとバックパッカーの旅が似合わないけれど、巡礼ならシニアもたくさん歩いていると聞いたから。

あるいは、『わたしに会うまでの1600キロ』を読んで長い距離を一人で歩いてみたくなったけれど、山が苦手なので平坦な道が多いスペインを選んだ。

一般的な答えとしては、仕事も暇になってそろそろリタイアなので、人生を見つめ直すために来た。

どれもつまらないし、説得力がありません。

 

そこで頭に浮かんだのが、両親の供養。

作家の清水義範が親御さんの供養のために永平寺の宿坊に滞在したという話を思い出しました。

実家は真言宗なので、本来なら四国八十八か所を歩くか、高野山にこもるべきですが、スペインで許してもらいましょう。英語を学んで海外に出ることを喜んでいた両親ですから、スペイン巡礼もおもしがってくれるでしょう。

1日20キロ、40日かけて800キロを歩くのが標準ですが、魂が転生する49日を目安に歩いてみようと思います。

 

お坊さんを呼んで法要を執り行ったり、お墓参りだけでなく、故人に思いを馳せることも供養になると思います。

 

向田邦子は、一切泣くことなく急死した父の葬儀一式を執り行ったそうです。しっかり者の長女として気を張っていたからでしょう。

四十九日を過ぎて、友人と旅行へ。土産物屋で無意識のうちに父の好物を買おうとして、買って帰っても父はいないと気づいて堰を切ったかのように涙が止まらなくなったというエッセイを読んだことがあります。

 

先日の八丈島の旅。船乗りの家系なので、片道約11時間の船旅もまったく苦痛じゃありませんでした。

父は外国航路の船乗りで、現役ぎりぎりの72歳まで瀬戸内海航路の水先案内人を勤めましたから、陸より海上で過ごす時間のほうが長かったのでは。船の上でどんなことを考えて過ごしていたのでしょう。父は私と違ってアルコールを飲めない体質なのでさぞかし夜が長かったと思います。

 

竹島桟橋を夜に出航し、三宅島が近づく頃、日の出が見えました。