フィンランドの18歳、ヘンリク君は日本にもかなり慣れてきました。
最初は3週間のホームステイは長いと思ったのですが、始まってしまうとあっという間に毎日が過ぎていきます。
ヘンリク君は日本語を勉強しに来ているので、学校からホストファミリーに「日本語でなるべく話すように」と通達されています。
日本到着の初日、お昼頃にヘンリク君は我が家に到着。昼ご飯にハウスバーモントカレーを食べて、時差ボケで眠いだろうから昼寝するか聞いたら、日本時間に早く合わせたいからずっと起きていたいとのこと。
そこで、中野ブロードウェイに出かけ、「何々だらけ」(まんだらけの店名説明から)、「鉄ちゃん」(鉄道模型の店の前で」、「黒猫」(メイド喫茶の名前)といった日本語を教えました。
するとヘンリク君は「鉄道マニアを『鉄ちゃん』というなら、カーマニアは『くるちゃん』?」と質問してきます。
言葉のルールは例外が多く、とても不規則。一つの言語を習得するのは気の遠くなるような道のりです。しかしヘンリク君は母語であるフィンランド語に加えて公用語のスウェーデン語、スウェーデン語に似ているドイツ語、英語を身に付け、日本語は5番目の言語です。
ヘンリク君とはいつも英語で話し込んでしまい、「いけない、日本語で話すんだった」と気が付くのですが、すぐに英語に戻ってしまいます。
なにしろフィンランドの話を始めたらどんどん広がっていくし、ヘンリク君も日本語の勉強は学校だけでたくさんと思っている節があります。
カウリスマキ映画の話になれば小津安二郎が出てきますし、「レニングラード・カウボーイズっておもしろい名前だね」とヘンリク君が言えば「カウリスマキはアメリカとソ連が大嫌いだから、二つの国をからかうためにそんな名前をつけた」と私が説明。
「日本に来て、自分の国についてこんなに学べるとは想像しなかったよ」とヘンリク君。
大好きな国の若者とこんなに深く語り合えるのは、なんて素敵なことでしょう。
ヘルシンキに旅してカフェやバーで現地の人と意気投合することもあるかもしれませんが(フィンランド人はシャイなので確率はかなり低い)、やはり自分のホームグラウンドに来てもらうほうが一気に親しくなれます。
しかし、すべてが伝わるかといえば、そうでもありません。特に味覚の問題。
来日前にヘンリク君から「洋服とか日本に持って行ったほうがいいものがある?」とメールで聞かれました。
今年のフィンランドは冷夏で、ユハンヌス(夏至)も冬服で過ごしたとのこと。そんな国から高温多湿の日本に来るとさぞかし大変でしょう。梅雨だから雨具が必要ですが、あとはTシャツ一枚で過ごせるはずです。足りなくなったらユニクロで簡単に買えるし。
「街中お店だらけだから大丈夫。サルミアッキだってアマゾンで買えるぐらいだから。小さな箱が700円もするけど」と返信しました。
フィンランド人は「世界一まずい飴」サルミアッキが大好きです。
ヘンリク君は私がサルミアッキの名前を出したことで、私も好きだと誤解しました。私は自分のフィンランド通を自慢するために出しただけで、3年前にフィンランド人カウチサーファーを続けてホストした時は、彼らが持ってくるサルミアッキが溜まる一方で困ってしまいました。食べ物とはとても思えない奇妙な味で、一度に一粒食べるのがやっとです。
「日本人は大人になってもカワイイものを好むから、私の家にカワイイものがあっても変だと思わないでね」とメールで送ったら、ヘンリク君は「これが僕が一生懸命探した『カワイイ』ものだよ」と、ムーミンの人形や手作りの編み込みネズミのぬいぐりみ、赤いソックスをお土産に持って来てくれました。
そして、最後に取り出したのがサルミアッキ。しかも大箱!
「サルミアッキを食べると眠気が吹き飛ぶから、集中したい時にぴったり」とお礼を言いましたが、内心は「この箱を全部食べ切るには何年かかるんだろう」。
でも、食後のおやつの時間にチョコレートやアイスクリームとサルミアッキを並べておくと、ヘンリク君は「きのこの山」やスイカ味のアイスリームを食べつつ「僕はこの味が大好きなんだ。少し食べてもいい?」とサルミアッキにも手を出します。この調子でどんどん食べてくれるといいのですが。
育ちのいい子は不平不満をめったに口にしないとヘンリク君から教えてもらったのですが、おずおずとリクエストされたのは、冷たい飲み物に氷を入れないでほしいということ。フィンランドは夏でも涼しいので、氷を入れる必要がないのでしょう。
そして、ハードタイプのライ麦パンを食べるフィンランド人にとって、日本のふわふわしたパンはどうも苦手なようです。ヘンリク君が朝食のトーストにあまり手を付けず、コーンフレークばかり食べるので、ハードパンを売っているベーカリーを探して買ってみたのですが、やはり日本向けにアレンジしているようです。
私だって、海外で微妙なご飯やみそ汁を食べるぐらいなら、現地の食事を選びます。そこで、カステラやどら焼きなど和菓子に切り替えました。
どんなに会話が盛り上がったとしても、慣れ親しんだ味覚や生活習慣はなかなか変わらないし、理解し合えないこともたくさんあります。
日本人同士でもそんなことはよくあるし、だからといってコミュニケーションをあきらめるのではなく、少しでも通じ合えることがあれば、すばらしいことです。