3月の末にフィンランド人のヘンリク君と訪れた熱海。
「日本人はシャイで秘密主義のところがあるのに、どうして見知らぬ人と裸になって温泉に入るのか不思議」という外国人学生もいますが、フィンランドはサウナ大国。サウナのある家庭も多いし、公共のサウナもあります。前回の来日時には高井戸の日帰り温泉に連れて行くと大喜びしていました。
今回はヘンリク君の学校もないし、熱海の1泊旅行を計画しました。
温泉だったらもっといいところがあったかもしれないし、熱海はあまりにもベタな観光地ですが、私にとってはフィンランド人を熱海に連れて行くことに意味がありました。
小津安二郎の『東京物語』で、尾道から上京した年老いた両親を親孝行のつもりで熱海の温泉に送り出すシーンがあるのです。
子供たちは良かれと思ってしたことですが、熱海はあまりにも通俗的でうるさくて、老夫婦はちっともくつろげません。予定を切り上げて早めに東京に戻った老夫婦を実の子供たちはもてあまし、義理の娘(次男の妻)だけが心をこめてもてなします。
この映画によって、自分も映画の道に進もうと決めたのがフィンランドのアキ・カウリスマキ監督。
そして、アキ・カウリスマキの映画によって、私のフィンランド熱が始まりました。
そんなこんなが積み重なって、フィンランド人学生のヘンリク君のホームステイを引き受けたのですから、熱海に行くことに意味があるような気がしたのです。
ヘンリク君にとっては、東京の外に出るのは初めてだったし、新幹線にも乗りたかったようで、とても喜んでもらえました。
でも、熱海観光はどうだったか…。
春休み中だったので渋滞ぎみでバスはのろのろ運転。
兵役でヘンリク君は海軍にいたというので、遊覧船に乗ってみました。そして、再びバスに乗り熱海城へ。
熱海城は遠目にはかっこいいのですが、どこかフェイクっぽい。それもそのはず、昭和の時代に建てられた観光用の鉄筋コンクリートの城ですから。
ヘンリク君が「この城はいつ建てられたの?」と質問してこないか、はらはらしました。
それでも、こういうところも含めて日本なんだし、いずれ『東京物語』を観ることがあれば、「ああ、あの熱海か」と思い出してもらえればいいのですが。
ヘンリク君に『東京物語』とアキ・カウリスマキの話をしましたが、彼の年では『東京物語』は退屈でしかない古い映画でしょう。私もそうでしたから。『東京物語』にしみじみと感じ入るようになったのは中年以降です。
旅に出て、いわゆる観光スポットを見て回るのはそれほど楽しいものじゃありません。人は多いし、待たされるし、疲れるし。でも、その旅を思い出すためのよすがとして、行ってみるのも悪くないかも。