日本語学校の作文のクラスには、さまざまな学生がやって来ます。
アニメや漫画で日本に興味を持ったというオタク・スチューデントが大半ですが、日本語のレベルは千差万別です。
「とりあえず日本に行ってみよう」と留学してきた初級の学生。ひらがなとかたかなの五十音表を開いて、なんとか文字を書いていきます。
自分の名前を書いたら、好きなアニメのタイトルを書かせます。
「ガンダム テッケツノオルフェンズ? 『てっけつの』はひらがなで書きましょう」
「オネピース? はいはい、ワンピースですね」といった具合。
その一方で、母国の大学の日本語学科で学んでいる学生は、源氏物語とか戊辰戦争、夏目漱石など自分の専門について書き進めていきます。私のほうが学ぶことが多く、学生の書いたものを元に、質問やメモを渡して文章を広げていきます。
そして、母国で日本語の教育は受けていないけれど、独学だけでかなりのレベルまで達している学生もいます。
そういう学生たちは自己紹介を「私は〇〇です」ではなく「〇〇と申します」で始めます。
ドイツ人のケビンは独学で日本語を学んできた学生でした。
縦書きの原稿用紙に完璧な日本語を書きました。
「こんなに日本語が上手なら、日本に来る必要はありませんでしたね」と私。
「先生、そんなことはございません。私は独学した日本語を実際に使いたかったです。日本に来て、私の日本語が通じて、こんな幸せはありません」とケビン。
2週間という最短の留学期間でしたが、ケビンは強い印象を私に残しました。
18歳のケビンは、ドイツの高校教育を修了するために帰国しなくてはいけません。
「先生、若いって不便ですね。自分が住む場所も決められないのですから。私はもっと日本にいたいのに…」と授業が終わったあとも、名残惜しそうに話していました。
AIによってなくなる仕事で真っ先に挙げられるのが教師です。文法の活用やリピート練習はAI相手のほうが効率的かもしれません。
人間の教師ができることは、生身の反応。AIに取って代わられないような反応はどういったものだろうか、常に考えています。
日本最古の大学、足利学校。