大人になって何がいいかというと、自分で稼ぎさえすれば、欲しいものがどんどん買えることです。
ボブ・ディランとザ・バンドは、ブートレクのCDやらDVDが続々と出回ります。ネットで探してよさそうだと思ったら、迷わず購入。
そうしたレアものを扱っているお店は、メールのやりとりもパーソナルで「ディランさんの件で」というタイトルで送られてきました。
ディランに敬称をつけてくれるのは嬉しいのですが、私にとってディランは「ディラン先生」です。返信に「ディラン先生」と書くと、お店の人も「ディラン先生、発送致しました」と返してくれるようになりました。
ディランの曲に初めて接したのは高校生の時。ミュージシャンとしての全盛期は過ぎて、各種のベストアルバムが発売されていました。学校帰りのレコード店で私が手に取ったのは「マスターピーシーズ/傑作」という3枚組でした。
後で知ったことですが、これは日本独自の企画で、当時CBSソニーでディラン担当だった菅野ヘッケル氏が編集したもの。プロテストソング、ラブソングなどジャンル別に曲がまとめられ、ディラン初心者にとっては極めて聴きやすいアルバムでした。
変な声でとっつきにくいと敬遠されたり、プロテストソングのフォーク歌手というイメージが固定しているディランですが、この3枚組を聴くことで、彼の多彩な世界にやすやすと入り込むことができました。
特に圧倒されたのはディランの歌詞でした。メロディに乗せられて、畳み掛けるように投げかけられる言葉の洪水。学校で習っていた無味乾燥な英語は、大学に入るための手段でしかありませんでしたが、ディランの曲を聴き、メッセージを伝えるための英語に初めて触れました。
以来、ボブ・ディランは私の中で「ディラン先生」となり、英語とその背景にある西洋文化への扉を開いてくれました。
英語を専門にはしなかったけれど、ライターの範囲内で外国人の原稿を書いたり、翻訳もやっています。遠い昔、ディラン先生の歌声を聴いた日に、その種が蒔かれたような気がします。