日本語学校の作文クラス。月曜日、スイス人のルカとスウェーデン人のマイケルはいつも疲れたようすでした。
それもそのはず、彼らは週末ごとに富士山に登っていたのです。
なんと合計3回。
どうして3回も富士山に? マイケルはまじめくさった顔で原稿用紙にこう書きました。
富士山に一度も登らぬ馬鹿、二度登る馬鹿。
私は富士山に一度も登ったことがありません。富士山は登るより眺める山だと思うから。自宅が11階にあるので、天気のいい日は富士山が見えます。西に移動する飛行機や新幹線から富士山が見えることもあり、それで満足していす。
こんなに何度も富士山を目にしているのに、一度も登ろうとしないのはよほどの馬鹿かも。
しかし、富士山は日本一の山とはいえ、登ってみるとそれほどきれいではないし、ひどく混んでいるそうです。
その富士山に二度も登るのも馬鹿、というわけですが、ルカとマイケルは三度も登るとは。
「バカの王様、キング・オブ・バカ」と言ったら、大喜びでした。
日本語を学ぶ外国人学生と接していると、自分がいかに出不精で好奇心のないつまらない人間なのかと思います。スカイツリーもロボットレストランも行ったことがありません。秋葉原や池袋、中野のオタクスポットについて熱く語る彼らは、自分の国はつまらないと口をそろえて言います。
そして反対に私は彼らが書く異国の地に思いを馳せます。
ドイツの黒い森、ベルギーの運河、南仏プロヴァンス、ノルウェーのフィヨルド、スイスの山々、イタリアのコモ湖、ポルトガルの岬、メキシコのビーチ、リオのカーニバル…。私が一生行くこともない世界の名所の数々。
富士山には今後も登ることはないでしょうが、行きたいところには行ってみよう。
そして、気に入ったら、何回も繰り返し行ってみよう。
私にとっては見慣れた東京の風景も彼らにとってはあこがれの地。お互いないものねだりの学生と教師が日本語を通して、思いを共有しています。