前回のエントリーで、天海玉紀先生の坐禅についての文章を紹介しました。
「ある意味、どうでもいい。でも、だからといって、いいかげんにあつかっていい、というわけではない。
なにもかも、はかないものだからこそ、一瞬一瞬、ひとつひとつをだいじにしないと、とおもうのです」
仏教を学ぶようになり「人は必ず死ぬ」という真理と正面から向き合うようになりました。
いくら医療が発達して、寿命を延ばすことができても、死から逃れることはできません。
どうせ死ぬんだから、いいかげんに生きていいわけではなく、いつか死んでしまうからこそ、一瞬一瞬を味わう。
そういう生き方の実践を見せてくれるのが、ボブ・ディランです。
違法ダウンロードで人々が無料で音楽を手に入れていることについて意見を求められて、こう答えています。
"Well, why not? It ain't worth nothing anyway."
(どこがいけないんだい? もともと何の価値もないんだから)
「生の音楽が録音されると音質が悪くなる」という流れで飛び出したコメントで、音楽に価値がないと本気で考えているわけではないという解釈もあります。ディラン自身、ものすごい量のレコードをコレクションしていますし。
深く考えずに口にした言葉かもしれませんが、そう考えている部分もあるんじゃないかと私は思います。
なぜなら、多くのディランのファンが指摘していることですが、「どうして、こんな傑作をこれほどぞんざいに扱っているのか」と思わせる曲があまりにもたくさんあるからです。
音楽評論家の中山康樹は次のように解説しています。
ディランのアルバムには必ずしもベストの曲、あるいはヴァージョンやテイクが収録されているとはかぎらない。
同様に、レコーディングされたもののいまだ日の目をみていない傑作や名曲が存在しているであろうことも容易に想像がつきます。
この事実は、ディランにとっては傑作も凡作もさほどちがいがないこと、さらにはその判断すら放棄していることを物語っているように思えます。
たとえば『明日は遠く(Tomorrow Is A Long Time)』。
高校時代、生まれて初めて買ったディランの3枚組レコードに収録されていた曲で、「なんて静かで美しいラブソングだろう」と思いました。このレコードはディラン初来日を記念して菅野ヘッケル氏が編集したもので、レアな音源の曲も含まれていたのです。
その後ずっと、この曲を聴きたいと思っていて、2010年に発売されたザ・ブートレッグ・シリーズ第9集(ザ・ウィットマーク・デモ)で35年ぶりに願いがかないました。
日本ではフォークのイメージが強いディラン先生ですが、彼がフォークソングで有名になったのは、たまたま時代の風にあおられたからです。新人としてデビューするには、ギターとハーモニカで一人きりで演奏が完結するフォークが適していたからという説もあります。
だから、あっさりとフォーク・ギターからエレクトリック・ギターに持ち替えます。
観衆からはブーイングの嵐で、ピート・シーガーは激怒して「斧でケーブルを切ってやる」と口走ったとか。
市民運動の授賞式では酒に酔って「私は左翼の手下ではなく、独立独歩の吟遊詩人です。芸をするアザラシではないのです」とスピーチ。
2011年には、中国で公演しましたが、中国政府の圧力により、メッセージ性の強い「時代は変る(The Times They Are A-Changin)」、反戦歌「風に吹かれて(Blowin' in the Wind)」を歌わなかったことで、批判されました。
ディランを「フォークの神様」と信奉しているファンからすれば、心痛むことばかりですが、本人はただ歌いたいから歌っているだけでしょう。
盲目的に自分をもてはやす聴衆よりも、ディランのことを何も知らない幼稚園の子供や動物の前で歌うほうが好きなんでしょう。
「ディラン先生」と呼び、彼の歌詞によって英語を学ぼうとしてきた私ですが、もし本人が知ったら「よしてくれよ」と拒絶されるはずです。
それでも、好きだからやめられない。
こんなことを考えるたび、『愚かな風(Idiot wind)』の一節がよぎるのです。
ラブソングと同じぐらい、罵詈雑言の曲でもディラン先生の表現力が光ります(英語でイヤミを言うならこんな表現があるのかと勉強になりましたが、実際に口にしたことはありません)。
Idiot wind
Blowing every time you move your mouth,
Blowing down the backroads headin' south.
Idiot wind,
Blowing every time you move your teeth,
You're an idiot, babe.
It's a wonder that you still know how to breathe.
愚かな風
おまえが口を開くたびに吹いてくる
裏道を通って南へと吹いてくる
愚かな風
おまえが歯を動かすたびに吹いてくる
おまえはバカだよ、
息をする方法を知っているなんて驚きだ
坐禅を始めて、呼吸を数える数息観を教わり、「ディラン先生、ようやく呼吸法を教わりました」とひそかにつぶやきました。
たとえ何の価値のない人生でも、生きていたらおもしろいこともあるし、化学反応が起こるようなすばらしい出会いもある。
そう思って、毎日を送りたいものです。
これもフィンランドの湖です。9月は雨が多いと聞いていましたが、天候に恵まれました。