翡翠輝子の招福日記

本業は女性誌の原稿書き(主に東洋占術と開運記事)。副業で外国人に日本語を教えています。フィンランドが大好き。

どの名前も特別な名前

日本語教師養成講座で語彙コントロール(学習者が学んだ日本語だけを使って授業する)が嫌になると、ガルシア=マルケスが読みたくなります。

次から次へと繰り出される言葉によって描かれるマジック・リアリズムの世界。現実と幻想の境目がない不思議な感覚に酔いしれます。

エレンディラ (ちくま文庫)

エレンディラ (ちくま文庫)

この本では、「この世でいちばん美しい水死人」が気に入りました。
荒れ果てた土地に粗末なバラックが20軒ばかり点在している海辺の村に、死体が流れ着きます。長身で凛々しい男です。
村の女たちは水死人に心を奪われ、死装束を縫いながら、「もし彼がこの村に住んでいたら…」と空想します。

彼の妻になった女はこの世でいちばんの仕合わせものになるだろう。これほど立派な男ならきっと魚を呼び集めてやすやすと漁をするだろうし、荒れ果てた岩地に水の湧き出る泉を堀り、花の種を蒔いて絶壁をお花畑に変えてしまうにちがいない。

「アイドルにハマる女性はどの時代や国にもいるけれど、いくら素敵だといっても、死体にそこまで夢中になれるものか?」という疑問も、ガルシア=マルケスが繰り出してくる言葉の洪水に流されていきます。

訳者あとがきで木村榮一氏が、ガルシア=マルケスが最も苦労したのは、幻想と現実を隔てている壁を取り払うことだったと書いています。
幼い頃にたくさんのお話を聞かせてくれた祖母が「驚くべき出来事をしごくありふれたことのように喋っていた」のを思い出し、祖母が語っていたように書いたのが『百年の孤独』だというのです。
百年の孤独』は読み出したら止まらなくなり、気が付いたら朝になっていたことがありますが、まさにガルシア=マルケスが語る世界にすっぽり入ってしまったのです。

「この世でいちばん美しい水死体」では、「顔をみると、エステーバンという名前じゃないかって気がするね」と年の功で他の女より冷静な年取った女がいいます。

エステーバンと聞いて思い出したのが、この映画。

オール・アバウト・マイ・マザー [DVD]

オール・アバウト・マイ・マザー [DVD]

女手一つで育て上げた息子エスバンが、17歳の誕生日の夜に目の前で車に轢かれて死んでしまう。エスバン父親は、性転換して女性になりロラと名乗っていますが、本名はエスバン。ロラが身ごもらせた尼僧(!)も生まれた子にエスバンと名づけます。

エステーバンというのは、特別な名前なのかと思って調べてみたら、英語ではスティーヴンやステファン。スペイン語エスバン(Esteban)となります。

スティーヴンだと、そんなに特別な名前というイメージはありませんが、それは日本人である私の勝手な思い込みで、スティーヴンという男の子の両親は、我が子にぴったりの名前だと思いを込めて名付けたのでしょう。

名前は不思議です。
若き日のロバート・アレン・ジマーマンが、「名前を見つけた。これからのぼくの名がわかった」とボブ・ディランを名乗り始めたというエピソードに通じます。

翡翠輝子」という名前は画数は数えず、その場の流れで生まれた名前です。父方の叔母と母型の伯母の二人の名前が入っていることに後から気がつきました。

占い師でありながら、画数を気にしないのは、人にはそれぞれぴったりの名前があるはずで、それは画数には関係ないと思うからです。それに、姓名判断は漢字圏の名前にしかあてはまりません。
ディラン先生のように、自分の名前を見つけたら、それを名乗るのもいいし、見つけられなかったら、名前にこめられた親の思いを想像して、自分の名前を愛しましょう。画数を数えて「運が悪いのは名前のせいだ」なんて考えるべきではありません。


ヘンリク君の名前は英語ではヘンリー、ドイツ語ではヘンドリック、フランス語ではアンリ、スペイン語ポルトガル語ではエンリケポルトガル大航海時代の幕を開いたエンリケ航海王の名を継ぐにふさわしく、はるばるフィンランドから日本にやって来ました。