翡翠輝子の招福日記

フリーランスで女性誌の原稿書き(主に東洋占術と開運記事)を担当し、リタイア生活へ移行中。2023年8月下旬からスペイン巡礼へ。ウラナイ8で活動しています。日本文芸社より『基礎からわかる易の完全独習』刊行。

特別な瞬間を求めない

オリバー・バークマンの『限りある時間の使い方』に、『正気に戻る(Back to Sanity)』という本の一節が紹介されています。

ロンドンの大英博物館を訪れた観光客たちが、ロゼッタストーンを前にしてスマホの画面ばかりのぞいている。せっかく目の前に貴重な展示品があるのに、写真や動画を取ることに夢中で、ろくに実物を見ようともしない。後で振り返るために、現在の体験を犠牲にしている(実際に後で見返す人がどれだけいるだろう?)。

 

シルク・ドゥ・ソレイユの舞台では最後の挨拶は写真や動画を撮ってもいいので、ほとんどの観客がスマホを取り出していました。

bob0524.hatenablog.com

私もその一人でしたが、数枚だけ撮って途中でスマホをしまいました。せっかくのカーテンコールなのに、「今、ここ」ではなくどこか別のところに意識が飛んでいるような気がしたからです。

 

だからといって、写真を撮っていないわけではありません。

 

先日、青梅の澤乃井酒造の酒蔵見学へ。

湧き水が豊富な土地だから、日本酒が作られるようになったわけで、江戸時代に掘られた井戸を見ることができます。トンネル状に横に掘っていったそうですが、重機のない時代には大変な労働だったでしょう。

東洋占術の五行の流れで、水が木を生じ、木が火を生じるのに対し、金が水を生じるのはなかなかピンとこないのですが、金を固い岩とすれば、清冽な水が湧き出るこの井戸がまさに金生水です。

 

「これはいいものを見た」と張り切って写真を撮ったのですが、水が湧いているのが伝わってきません。写真なんか撮らずに、実物を目に焼き付けておくべきでした。

 

『限りある時間の使い方』には、こんなエピソードも紹介されています。

オレゴン州のクレータ湖は、先史時代の火山が崩壊してできたアメリカで最も深い湖。作家ロバート・M・パーシングはこの湖を訪れるのを心待ちにして、特別な瞬間を味わいたいと熱望していました。

ところが、いざ訪れてみると、期待していたような喜びは得られなかった。

実際にクレーター湖を前にしてみて「ああ、これね」という気持ちになった。写真とそっくりなものがそこにある、それだけだ。他の観光客もみんな、どことなく居心地悪そうな顔をしている。別に不満があるわけではないが、現実味がないというか、評判が先行しすぎて湖のクオリティが覆い隠されているように感じた。

 

オリバー・バークマン自身も、カナダ北西部の北極海に面した小さな町で見事なオーロラを目にした体験を語っています。

今この瞬間を味わおうと努力すればするほど、なぜかオーロラに意識を集中できなくなる。そろそろ諦めて暖かいキャビンに戻ろうと歩き出したとき、信じがたいほど残念な考えが頭に浮かんだ。本物のオーロラを前にして、僕はこう思ったのだ。

「ああ、これ、スクリーンセーバーで見たやつだ」

 

こういう話ばかり読んでいるから、スペイン巡礼の目的地であるサンティアゴ・デ・コンポステーラを目指さなくてもいいと思うようになったのかもしれません。

巡礼体験記を読むと「涙と感動のゴール」といったことが書かれていますが、ひねくれた私はそんな気持ちにならないだろうと予測できます。

カトリックの信仰心がないし、とにかく人が多そうだから。私が歩く予定のフランス人の道は証明書がもらえるサリアから団体ツアーの旅行者がどっと増え、ポルトガルの道、イギリスの道、北の道、銀の道といった複数のルートからも巡礼者がサンティアゴに到着します。巡礼証明書をもらうには、ディズニーランドのアトラクションのように待つことになり「あとどれぐらいかかるのか」「日本に帰ったら何食べよう」みたいな雑念が必ず湧いてくるでしょう。そして、隣には証明書をパウチする店や専用の筒を売る店が並んでいるそうです。

 

特別な瞬間を求めても、そのうち現実に戻ってしまいます。だったら、今、この瞬間こそ、特別なものだと思って生きていきたいものです。