翡翠輝子の招福日記

本業は女性誌の原稿書き(主に東洋占術と開運記事)、ビジネス記事翻訳ですが、そろそろリタイア状態へ移行中。JALの「どこかにマイル」で日本各地に出没。ウラナイ8で活動しています。

人生のピークは、いつだって今

お世話になっている原稿執筆カフェの川井拓也さんのインタビュー記事。

 

hatawarawide.jp

 

川井さんの本業は映像関連。2019年にお酒を飲みながら対談できるスタジオをオープンし番組制作をしていたところ、2020年にコロナ禍。そこで原稿執筆カフェのアイデアが生まれたそうです。

原稿執筆カフェというコンセプトに加え、いかにも楽しそうに店を回している川井さんの存在はとても大きい。「状況に合わせて最適化していく」という柔軟な姿勢。いくつになってもそうありたいものです。

 

結果的にすごくたくさんのクリエイターの方々が来てくれるようになったのは、おもしろいですよね。ここにいるお客さんたちはみんな、ゲームや動画など誰かのコンテンツを楽しんでいるわけではなく、自分たちで何かを作っているんですから。

作家ではないけれど、40年近く雑誌の原稿を書き続けている私も「何かを作っている」わけか。

このブログは仕事ではありませんが、編集者に渡された企画ではなく自分が書きたいことを書いているのだから「何かを作る」により近いかもしれません。

 

そして、最も印象に残ったのが、この話。

はたらくことに限らず、僕は「今が一番おもしろいと思える人生を」というのをテーマに生きています。

3年前に亡くなった親父が編集者で、自分の会社で『TEEN BEAT』というビートルズの雑誌を作ったりしていたんですよ。そこが倒産した後も何回か出版社を作ったんだけど上手くいかず、死ぬ前に「俺の人生は何も残せなかった」と言っていました。ビートルズの雑誌の編集者なんてすごいじゃんと思うんだけど、本人としては、人生の前半に自分のピークが来たような感覚だったのかもしれない。

だから僕は、常に今が一番おもしろい人生にしたいんですよね。「あのころは良かった」と思いながら死にたくない。今だったら、「原稿執筆カフェおもしろかったな」と思って死ねる自分でありたいです。

若者が高齢者を敬遠するのは、過去の自慢話を延々と聞かされるから。「あのころの私はすごかった」と言ったところで、時代が違います。

 

私は学校が嫌いだったし、結婚できるかどうか不安でしたから、タイムマシンがあったとしても若い頃に戻りたくありません。結婚後の30代から50代、仕事は過酷で締め切りに追われる日々でしたが、有名人のゴーストライターという影の仕事も多くて、自分の名前を残すことはできませんでした。若い頃は、生産性の低い人間は価値がないという強迫観念に取りつかれていましたが、加齢とともに価値観もアップデートされ、ほどほどでいいし、自分が楽しければそれでいいと割り切れるようになりました。

 

60代の今、仕事はほどほどにして好き勝手に暮らせる今が人生のピークかも。

 

できれば70代も、仕事から解放されて好きなことだけできる人生の最良の時期にしたいもの。加齢による衰えを受け入れつつ、「人生のピークは、いつだって今」と思えるように、風車に戦いを挑むドン・キホーテのような生き方を目指します。