翡翠輝子の招福日記

本業は女性誌の原稿書き(主に東洋占術と開運記事)。副業で外国人に日本語を教えています。フィンランドが大好き。

ディラン先生が取り持った縁

フィンランド人と知り合うためにカウチサーフィンをやっているのですが、世界は広いのでフィンランド人以外との出会いもあります。

今週はアメリカ人のケネスをホストしました。
ケネスからのリクエストには「プロフィールにボブ・ディランザ・バンドが好きだとあるから、気が合うと思う」とありました。
ここ半年は元レニングラードカウボーイズのヨレ・マルヤランタに夢中になりフィンランド熱が燃え上がっているのですが、もともとはアメリカかぶれ。高校時代、ボブ・ディランの歌詞に衝撃を受け、英語を勉強したいと思った筋金入りのファンです。
アメリカ人のディラン・ファンと話す機会は絶対に見逃せません。

ケネスは自分にとってのベストの曲も書き添えてありました。
ボブ・ディランは「ザ・マン・イン・ミー」。ザ・バンドは「ザ・ウェイト」。
ザ・バンドのほうは妥当です。映画「イージーライダー」にも使われた代表曲ですから。
しかし、ディランの選曲がしぶい。「ザ・マン・イン・ミー」なんて変化球を投げてくるとは…。

ケネスは、コーエン兄弟の映画『ビッグ・リボウスキ』のサウンドトラックにこの曲が使われていると教えてくれました。早速DVDをレンタルして、やっとこの曲の魅力に気づきました。
アメリカではあまりファッショナブルな趣味とされていないというボーリングを嬉々として楽しむ人々。ディラン先生には珍しい「ララララ…」という能天気なハミングが、どこか脱力したシーンにとても似合います。

映画では、ダメ男を演じるジェフ・ブリッジズがいい味を出しています。

天才・ディラン先生はたくさんの素晴らしい曲を作っているのに、扱いは雑。この曲も、ライブ盤にはまったく入っていなくてアルバム「ニュー・モーニング」の一曲にしかすぎません。ケネスが指摘してくれなかったら「ザ・マン・イン・ミー」の魅力に気づかないままでした。

そんなわけで、ケネスのリクエストを受け、メールの交換が始まりました。ホテルの予約じゃないのだから、実際に出会う前にできるだけメールで交流しておくのが、私のやり方です。

ケネスはニューオリンズ出身の内科医です。専門はneuroradiology。神経放射線科と訳すのでしょうか。この分野は医療技術の進歩が早いので、医師免許を取った後も大学で新たなコースを履修し、一段落したので旅に出るようです。
節約一辺倒の学生バックパッカーとは少し違う独身貴族。
ケネスのプロフィールには「2800平方フィートの家に一人暮らし」とあります。平米に換算すると、260㎡! そんな邸宅に住むアメリカ人を、私の四畳半の仕事部屋に泊めていいものなんでしょうか。
「ホストしてもらう御礼に、ちゃんとしたディナーをご馳走したい」とも書いています。そのお金でビジネスホテルに泊まれるだろうに、わざわざカウチサーフィン?

その答えも、プロフィールにありました。彼がカウチサーフィンをする理由。
"stretching the boundaries of my comfort zone" 自分が快適なゾーンの境界を広げる。
なんだかとても素敵。

長い休暇の前にケンタッキーの病院で1週間勤務することになり、旅行準備もありけっこう忙しそうなケネス。
「毎日、メールすると迷惑?」
「全然、そんなことないよ! 仕事の合間にメール読むのが楽しいから」

というわけで、寝る前にメールを送っておくと、時差の関係で朝に返信があります。
ケネスの現住所はルイジアナ州立大学のあるバトン・ルージュ。かつて日本人留学生が不審者とまちがえられて射殺される事件があった街です。
この話題を避けるのも不自然なので、「あなたの街には聞き覚えがある。20年ほど前のハロウィーンに若い留学生が撃たれた事件があったから。彼はfreeze(止まれ)をpleaseと聞き間違えたという説もあるのよね。日本人はRとLの区別がつかないから」と、少し軽いトーンでメールを送りました。ケネスは当時10代前半だろうから、事件を知らないかもしれないし。

ケネスからの返信はとても誠実でした。
「ハットリ・ヨシヒロには本当に申し訳なく思っている」とフルネームで日本人留学生の死を悼み、コネチカットの銃乱射事件もあったし、銃規制はアメリカにとって大きな問題だから、自分の考えるところは、実際に会ったらできる限りのことを話してくれるといいます。
そこまで深い話をするには私の英語力がついていかないので、話題を変えました。
「あなたは内科医だから、マイケル・ムーア監督の映画『SiCKO(シッコ)』は見た?」
「法医学のコースを取って、アメリカの医療制度について論文も書いたから、これについても話してあげることはたくさんあるよ」
そっち方面でもとてもついていけそうにないので、「ちょっと聞いてみただけで、私は政治的な人間じゃないから、音楽や映画について話したい」と逃げました。

東日本大震災から2年の3月11日には「アメリカでもたくさん報道されているよ」とお悔やみのメールが届いたので、
「あたの故郷のニューオリンズも、ハリケーンカトリーナで大変だったでしょう」と返信。
「当時、僕はシンシナティでメディカルスクールに通っていたんだけど、ニューオリンズの家族が一時的に避難してきた。家屋自体は大丈夫だったけれど、略奪が多くてね。とても危険で住んでいられない状態だったんだ。人間のほうが自然災害よりずっと恐ろしい。その意味でも、東日本大震災の後の日本人の姿には深く感銘して、日本に行きたいと思うようになったんだ」

日頃は「日本のこんなところがだめだ」と自虐的に考えてしまいがちですが、こんなふうに言ってもらえると、本当にうれしくなります。
ケネスが言うように、カウチサーフィンは、comfort zoneを広げ、新たな世界を見せてくれる扉です。