夏の訪れとともに、私が勤める日本語学校は繁忙期を迎えます。
日本人学生が夏休みを利用してアメリカやイギリスに短期語学留学する逆バージョンで、世界中から学生が東京にやって来ます。
私が教えるのは選択科目の作文クラス。
時々、教師というより、酒場の女将をやっているような気になります。そういえば、この学校で教え始めた頃に受けた研修は「カスタマー・サティスファクション」でした。外資系の学校で、教育をサービス業と位置付けているようです。
クラスがつまらないと学生はさっさと選択科目を変えます。
駆け出しの頃は、「そのうちだれも来なくなってクラスが消滅するんじゃないか」と心配しました。客が来なければ酒場はつぶれます。
教員室にいると、さっき教えた学生が別のクラスへの変更手続きにやって来て、平静を装っているものの、内心は大いに傷つきます。
反対に、クラスが好きになって友達を連れてくる学生もいます。
長期生で気の合う学生がいると、常連客となり、新入りを手助けするなど、クラスの雰囲気がぐっとよくなります。「ここでは、自分のペースで書いていいんだ。質問も自由」というのびのびした空気ができれば、外国語で文章を書くというストレスも少しは軽減されます。
たまに上司や外部のクラス見学があると、あたかもテレビ局の取材を受ける飲食店のように、学生はさも熱心そうに取り組みます。ふだんはめったに質問しない学生まで次々と手を挙げて、「質問の順番待ちをしている時間をなんとかするように」と注意を受けたこともあります。
学生の反応に一喜一憂していると消耗するので、「酒場に客が来る日もあれば来ない日もある」と考えるようにしています。
先日、NHKの『プロフェッショナル仕事の流儀』で銀座のクラブのママの仕事ぶりが取り上げられていました。
その日に店に来たお客さんにお礼のメールを書くのに、毎日、数時間を費やしているそうです。私も同じ。学生の日本語を読み、日本語のレベルと個人の興味に合わせて、次のクラスに渡す質問やメモを作成します。
どの客(学生)も、大勢のうちの一人ではなく、個性がある存在。それを認めてもらえないのなら、高い金を出してお酒を飲みに行くこともないし、わざわざ選択クラスで勉強することもありません。
週に2回の作文クラス。客が来なくなれば、閉めればいい。客が来る限りは、店を開けよう。そんな気持ちで続けています。