世間が騒ぎ続けている日大アメフト問題。
関西学院大学の会見でこんな言葉を聞きました。
発言者は小野ディレクター。
闘志は外から言われて大きくなるものではなく、心の中から内発的に出てくるものであり、選手の成長を育てるもの。
そして、その一番根源にあるのは「フットボールがおもしろい、楽しい」と思える気持ち。
そして、小野ディレクターはそうした気持ちを「ロウソクの火」にたとえます。
我々がコーチとして一番大事なのは、選手の中に芽生える楽しいという気持ち、これは『ロウソクの火』みたいなもので、吹きすぎると消えてしまいますし、大事に、少しずつ大きくしないといけない。そっと火を大きくするような言葉も大事でしょう。内発的に出てくるものをどう育てるかが、コーチにとって一番難しい仕事だという風に思っています。
人の心はとてもデリケートです。ちょっとしたきっかけでころころ変わります。
それを「ロウソクの火」にたとえた小野ディレクターの表現力。
アメリカを代表する名コラムニストを誕生させたのは、高校の作文の教師の一言でした。ロウソクの火は大いに燃えあがったのです。
私が日本語を教えている外国人学生たち。
日本のまんがやアニメに心を奪われ、ロウソクの火が灯りました。
そしてあこがれの日本に留学したものの、日本語のむずかしさに音を上げます。そのうち学校をサボりがちになり、秋葉原に入りびたる学生も。
日本語を学ぶ外国人学生たちのロウソクの火を消さないためにはどうしたらいいのか。
「がんばれ、とにかく覚えろ」の一本やりではロウソクの火を吹き消してしまいます。
習ったはずの単語や文法を忘れるのも自然なこと。それを責めるのではなく、学生が持っているすべての力で書いた作文を精一杯受け止めるのが教師の務めです。
「自分の日本語が日本人に受け止められた」という肯定感が「日本語を学びたい」というロウソクの火を灯し続けますように。
そして私自身も、気を付けていないとロウソクの火は消えてしまいます。
日本語教師になりたての頃は、少しでもいい授業をしたかったはずなのに、いつしか割り当てられたコマ数をこなすだけになることも。
ロウソクの火が消えないように、折に触れて心の中を整理したいものです。
「堂々と勝ち、堂々と負けよ」という詩の一節も披露されました。
ドイツの哲学者カール・ダイムの詩で、関西学院のアメフト部では、試合の前に朗読するそうです。
堂々と勝つことより、堂々と負けることのほうがむずかしい。
50代を超えると、人生はすべて負け戦。過去にできたことができなくなることの連続です。そうした現実を受け入れて堂々と負けたいものです。