沖縄で働いていた、そうちゃんが、会社を辞めてカンボジアを旅することになりました。実家のある東京に戻ってきたので、お母さんも交えて会うことになりました。
そうちゃんとお母さんは、昨年6月のアラン・コーエンのマウイ島リトリートでご一緒しました。
旅から帰っても、そうちゃんは東京に戻らず沖縄で暮らす予定。
そして、部屋を空けたままにするのはもったいないから、旅行中だけ格安で誰かに貸すそうです。
「家具とか食器とか、家の中のものはどうするの?」と聞くと、
「私はとてもシンプルな暮らしをしているから、そのままにしている。なくなったら困るものはパソコンぐらいで、それは旅行に持っていくから」とのこと。
なんて素敵なんだろうと感嘆しました。
スーツケース一つでふらりと出かけ、気に入ったところで暮らすというのは、私にとって理想の生活です。現実には、ものでがんじがらめにされて、身動きが取れません。
しかし、そうちゃんのお母さんの評価は、私と正反対でした。
「そんな、フーテンの寅さんじゃあるまいし」と顔をしかめます。
お母さん、それは寅さんじゃなくて旅人スナフキンです。
「ムーミン谷の彗星」で、ガーネットの谷に行ったスナフキンとスニフ。
ガーネットの美しさにうっとりし、一つでもたくさん持って帰ろうとしたスニフ。だけど、オオトカゲににらまれ、せっかく拾ったガーネットを落としてしまいます。
がっかりしているスニフに、スナフキンはこう言います。
「自分で、きれいだと思うものは、なんでもぼくのものさ。その気になれば、世界じゅうでもな」
「ものは、自分のものにしたくなったとたんに、あらゆるめんどうが、 ふりかかってくるものさ。運んだり番をしたり…。ぼくは、なんであろうと、 見るだけにしている。立ち去る時には、全部、この頭にしまっているんだ。 そのほうが、かばんをうんうんいいながら運ぶより、ずっと快適だからねぇ…」
そうちゃんは、カンボジアでのたくさんの思い出を頭の中にしまって、旅から帰ってくるはず。そして、私が頼めば、最も美しい思い出を頭の中から取り出して語ってくれるでしょう。
次は、「ムーミン谷の仲間たち」に収録されている「スニフとセドリックのこと」。
かわいがっていたぬいぐるみの犬セドリックを手放したショックで嘆き続けるスニフに、スナフキンは、「ぼくのママのおばさんに起こった話」を語ります。
そのおばさんは、美しいものを愛して、一生をかけて集めてきました。コレクションをよりわけ、磨きたてることにエネルギーを注いでいました。
ところがある日、骨付きカツレツを食べておなかに骨がひっかかり、医者に「もう2、3週間の命」と匙を投げられます。
自分の死期を知り、おばさんは若い頃の夢を思い出します。アマゾン川を探検したかったし、深い海に潜ってみたかった。孤児のために大きな家を建てたり、噴火している山にも登りたかった。友達を集めて大パーティを開きたかった…
けれども、美しいものを集めることだけに夢中になり、何もしてこなかった。
きれいな家具に囲まれて、家具の上も、床の上も、天井も手箱の中も、箪笥の引き出しも、持ちものでいっぱい。
おばさんは、ちっとも自分のなぐさめにならない品物に囲まれて息が詰まりそうに感じました。
その途端、一つの考えが浮かんだのです。
おばさんが思いついたのは、持っているものをすべて人にあげてしまうこと。
おばさんは一つまた一つと小包を送り、部屋はだんだん広々としてきます。持ちものが少なくなるにつれて、おばさんの気持ちが明るくなり、最後には、からっぽの部屋を歩き回って、自分を風船みたいに感じました。いつでもすぐ飛んでいける幸福な風船みたいに。
家が広くなったので、おばさんは大パーティを開きます。
幽霊の話だの、いろんなおもしろい話をして、あんまりはげしく笑ったので、おなかからカツレツの骨が飛び出して、おばさんはすっかり治ってしまいました。
おばさんは孤児院を建て、深海を潜るには年を取りすぎているので、火を吹く山を見物しました。そしてアマゾンへ出かけ、それっきり消息はわからないそうです。
スナフキンのトレードマークでもあるハーモニカは、このおばさんが送ってくれたものだそうです。ハーモニカと一緒に、スナフキンは「幸福な風船スピリット」というべきものも受け取ったのだと思います。
フィンランド・ナーンタリにあるムーミンワールド。ムーミンのお話の登場人物が園内に出没します。スナフキンの右手にはハーモニカ。