翡翠輝子の招福日記

フリーランスで女性誌の原稿書き(主に東洋占術と開運記事)を担当し、リタイア生活へ移行中。2023年8月下旬からスペイン巡礼へ。ウラナイ8で活動しています。日本文芸社より『基礎からわかる易の完全独習』刊行。

都留のうどん屋さんで日本の縮図を見る

「サウナを愛でたい」、最も熱心に観ているテレビ番組です。

www.bs-asahi.co.jp

 

山梨を紹介するシリーズで都留(つる)のサウナに心惹かれて行ってみることにしました。中央線沿線の住民にとって、新宿から特急が出ている山梨はとても行きやすいのです。

 

目指すは都留の「スターらんど」。

特急「かいじ」で旅気分を満喫し、大月で下車。富士急行の河口湖行きに乗り換え。外国人に人気の路線で、大月駅では英語や韓国語が飛び交っています。桜のシーズンには大にぎわいでしょう。

 

赤坂駅で下車。東京より気温はやや低めで、空気が澄んで富士山がぐっと近い。

 

徒歩で宿に向かう途中、かきあげうどんの昼食。

山梨名物、吉田のうどんです。めんはコシが強く、珍しいのはキャベツが入っているところ。かき揚げは揚げたてです。

地元では人気のお店のようですが、店の入口には閉店のお知らせが貼ってありました。

 

少し遅めのランチタイムで、先客は二組。

高齢のご夫婦が食べ終わって、ご主人が客席の隅に座っているお店の主のような女性に話しかけています。どちらも90代手前の同年齢のようです。

店を切り盛りしているのは、お店の主の娘さんらしき人。お勘定を済ませ、手が空いているようなので「こんなにおいしいのに、どうしてやめちゃうんですか?」と聞いてみました。

「私はね、会社にお勤めしていたら、もう定年を迎える年齢なんですよ」

おお、私とほぼ同年齢です。

「コロナがやっぱり大変でした。そして、母の介護がありますから」

そういうやりとりを、お母さんはにこにこしながら聞いています。お店のことが大好きで、働けないけど店の隅に座って店内のようすを眺めているのでしょう。「お元気そうなのに」と返すと、通院の付き添いが大変だとのこと。

ああ、そうでした。病院に連れて行って、受付をして診療科の前で待ち、お医者さんの質問に答えて説明を聞き、会計を済ませて次回の予約を確認する。処方箋を薬局に持って行って薬をもらう。高齢者の通院付き添いは大仕事です。

 

パソコンに向かっているだけの楽な仕事をしている私でさえ引退を考えているのですから、厨房での立ち仕事もつらくなるのもわかります。

 

かきあげうどんは500円でした。小麦粉や食用油が高騰しても地元密着のお店だからやすやすと値上げするわけにはいかないのでしょう。

お父さんが24年前に開業した店ということで、四半世紀も営業していれば常連さんも高齢化します。90代手前のお客さん夫婦は車で来ていて、「事故でも起こったら大変だから」と駐車場まで見送っていました。店を開けていれば車で来店を続けるでしょう。そういうこともあって閉店を決めたのかと想像しました。

 

東京からそう遠くはないのですが、各駅の富士急線は1時間に1本。若者は便利な都会に出て行くのなら、商売の見通しも明るくありません。

こういった閉店は日本各地で起こっているのでしょう。日本の縮図を見るかのような体験でした。

 

老いの後始末

お正月早々、ぎょっとしたことがありました。

就寝中、玄関からガチャガチャという音がして目が覚めました。リノベをしてリビングと寝室をつなげたので、玄関と寝室はドア一枚隔てているだけです。

最初は「上か下の階の人が酔っ払って帰り、間違えて玄関を開けようとしている? そのうち気がつくだろう」と思いました。マンションの入口はオートロックだし、エントランスとエレベーターに防犯カメラも設置され、賊の侵入は聞いたことがありません。

しかし、音は延々と続くのですっかり目が覚めて時計を見たら午前4時! 飲み屋の帰りにしては遅すぎます。どうしようと躊躇しているうちにドアが開きました。そういえば前夜は夫と近所の銭湯サウナに行くはずだったのに、空腹で帰宅した夫に食事を出しているうちに寒くて面倒になって中止。夫はまた外出するからと鍵をかけてなかったのです。

「誰か入って来た!」と熟睡する夫を起こしました。警察に通報するのも、武器になりそうな登山用のトレッキングポールを用意するのも、もう手遅れ。

暗闇の中で夫が「誰だ!」と声を出すと「そんな大きな声を出さんでも…」と弱々しい声が返ってきました。

聞き覚えがある声…お隣のご主人? 「○○さん?」と名前を読んで部屋の電気をつけました。

 

お隣のご主人は70代後半ぐらいで、数年前に旅先で骨折して以来、杖をつきながらゆっくり歩くようになりました。リハビリを兼ねて外出することを勧められているのか、よく近所のコンビニまで出かけているようです。介護ヘルパーさんもちょくちょく出入りしているようす。

このマンションに入居以来20年以上のお隣さん。ちょっとしたものをいただいたり、夫婦二組で飲んだこともあります。カウチサーフィンやホストファミリーで我が家に外国人が出入りすると、お隣の奥様が流暢な英語で会話。MBAホルダーのバリキャリ女性です。

先日、お隣のご主人とエレベーターで一緒になったとき、私のことを「同い年くらい」と言うのでちょっとそれは無理があるんじゃないかと思いました。一回り以上離れているし、そのときの私はスポーツクラブのヒップホップレッスンの帰り。杖をついてよたよた歩いている人と一緒にしないでほしいというのが本音でしたが、あいまいに受け流しました。

夫に言うと、「基準をどこに取るかによる。戦後生まれという点では同じ」。たしかにそうですが、お隣のご主人の脳、徐々に異変が生じているのかもしれません。

外は真っ暗、かなりの寒さの午前4時に外出って、まさか徘徊? しかも自宅の家と間違えて、隣の家の鍵を開けようとして、鍵が合わないのに気がつかないのは…。

 

スポーツクラブで聞いた話を思い出しました。

ラテンダンスのクラスで一緒に踊っていた女性。センスがよくてお洒落、ダンスも上手です。数年前に高齢でクラスを引退し、スポーツクラブも退会。

その方と久々に駅前で会って挨拶したら「家がわからなくなった」という衝撃の発言。自宅を知らないので困ってしまって、交番で相談。お巡りさんはバッグの中を見る権限があり、保険証を発見。住所がわかったのでタクシーに乗せたそうです。パトカーで送ってくれないのかと思いましたが、交番が留守になってしまうし、そこまでやったら切りがないのでタクシーを使うことになっているのでしょう。

「あんなにしっかりしていた〇〇さんが…」と顔を見合わせ、明日は我が身と暗い気持ちになったものです。

 

私の母もパーキンソン病の薬の副作用で幻覚が出て、「会合の予定がある」と近所の家のインターホンを押したことがあります。謝罪にうかがいつつ、これからどうなるんだろうと目の前が真っ暗になったのを思い出しました。

 

体の衰えも不安ですが、脳の衰えにはどう対処したらいいのでしょう? 徘徊して事故や犯罪に巻き込まれたり、自宅から火を出したりする前に、施設に入るべきでしょうが、その判断を自分で下せるでしょうか。

 

そんな不安から死後の一切合切を任せられるNPO法人と委託契約を結びました。

uranai8.jp

会員同士の交流イベントはコロナで中止となりましたが、年に一度の見守り訪問は続いています。自立して生活できているかどうかのチェックなのですが、訪問するスタッフの方が私より年上で、今のところは茶飲み話で終わっています。将来的には、費用が許す範囲で、自分に合った施設を選ぶための大きな助けになるだろうと期待しています。

施設に慣れるために早めに入所して、アクティブに過ごしていたら入所者から仲間外れになったという記事を読んだので「自由に旅に出ても孤立しない施設はあるのでしょうか」と質問したところ、「切符や宿を自分で手配して旅行に出かけるうちは施設なんか入らなくていいでしょう」と返されました。たしかに。ネット予約ができなくなり、長い距離を歩けなくなって旅をあきらめるまで、脳が正常に働いてくれますように。

 

網走刑務所への橋。

父は「監獄みたいだ」と施設を嫌がり、ぎりぎりまで自宅で一人暮らしをして、観念して施設に入所しました。私はそこまでがんばる気力はなく、日常生活がしんどくなったらどこかにお世話になりたいと思っています。塀の中も外も俗世ということでは同じでしょう。

 

氷上の8、砂上の曼荼羅

冬至の日に受けた玉紀さんのインナーチャイルドカードセッション、2023年に到達すべき場所はクリスタルの8でした。

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氷の上でひたすら8を描く練習。どんなに完璧に描いても、翌日はまたまっさらな氷となり、ゼロからのやり直しです。

これで連想したのが、去年の8月から始めたヒップホップのレッスン。

bob0524.hatenablog.com

1回のレッスンで1つのパートをマスターし、4~5週間かけて1曲を完成させます。せっかく練習を積み重ねて踊れるようになっても翌週からはまた一からのスタートです。まさに氷の上に8を描くようなもの。

 

さらに連想は広がり、ドラマ『オレンジ・イズ・ニュー・ブラック』を思い出しました。

bob0524.hatenablog.com

女子刑務所に入所したヒロインが、囚人だけどヨガの講師もしている先輩からこんなアドバイスをもらいます。

Do you know what a mandala is?

曼荼羅って知ってる?

The Tibetan monks make them out of dyed sand laid out into big, beautiful designs.

チベットの僧は色のついた砂で大きくて美しい曼荼羅を描く。

And when they're done, after days or weeks of work, they wipe it all away.

何日も何週間もかけて完成したら、すべてを消し去る。。

Try to look at your experience here as a mandala.

ここでの経験も同じようなものだと考えてみれば?

Work hard to make something as meaningful and beautiful as you can.

意味があって美しいものをがんばって作る。

And when you're done, pack it in and know it was all temporary.

そして完成すれば、片付けて、すべては一瞬だったとわかる。

You have to remember that. It's all temporary.

覚えておきなさい。すべては一瞬のこと。

これを書いた2019年は日本語教師になったばかりでした。学生からの評価が低ければすぐに首を切られる状況で神経をすり減らす日々。学生との触れ合いは楽しかったけれど、次々と入学しては卒業していきます。砂の上に曼荼羅を書くとでも思わなければ耐えられませんでした。

それは30年ほど続けたライター業も同じ。おびただしい量の月刊誌、週刊誌の記事を書きましたが、今となっては、すべては氷上の8であり、砂上の曼荼羅

 

スペイン巡礼を夢見ていますが、800キロを歩いたところで世界には何の影響もないし、カトリック教徒でもない私が歩く必然性はありません。それでも歩いてみたいのです。

人生の折り返し地点をとうに過ぎて、ゴールが見えてきました。すべては消え去るのですから、自堕落に毎日を送ってもかまわないのですが、少しはきれいな8や曼荼羅を描きたいのです。

 

新潟で参拝した白山神社の手水。こんなにきれいに飾っても、やがて花は朽ちていきます。それでも飾ることに、お寺の心意気を感じました。

 

神様の御用聞き

今年も押し詰まって来ました。心はもう新年に飛んで、初詣に思いを馳せる人もいることでしょう。

易者として冬至に年筮を立てていると「早稲田の穴八幡宮にお参りしますか?」とよく聞かれます。冬至から翌年の節分まで一陽来復のお守りとお札が授与される神社で、お札を恵方に向くように張ると金運のご利益があり。冬至に大行列ができるそうです。

寒い日の早起きも人混みも苦手なので行ったことがないのですが、お守りとお札が授与されるのは冬至の午前5時からなので、前日から門前にテントを張って待つ人が出現。東京には雪が降っていないとはいえ、夜明け前はかなりの寒さです。そこまで熱心に金運を求める欲の深さが恐ろしいし、そのエネルギーを別方面に向けたほうが金運は上がるような気がします。

 

数年前、日本語教師養成講座に通っていた頃、神社で「日本語教師にしてください」と熱心に祈願していました。東洋の吉方取りは私の専門。南は日が当たって明るい場所ですから文化文明、教育を司ります。たまたま南に吉方が巡る時期を選んで、三浦半島の神社にお参りに行ったものです。

効果は抜群で、外国人留学生相手に教壇に立つことに。ホストファミリーをしているというコネを最大限に使って採用されました。欧米の富裕層の子弟向きの学校だったので、外資系企業で働くというあこがれも実現したのです。

 

しかし「学生はカスタマー、教師はサービス提供者」なので、学生からの評価によっていつ首を切られるかわからない緊張状態の連続。本社があるヨーロッパ、アジア統括本部のシンガポールから来日する上司との対応にも神経をすり減らし、消耗する日々を3年間続けました。ダイエットもしていないの体重が減り、今より4キロ少なく理想体重でしたが、当時の写真を見ると生活苦の貧相な女にしか見えません。

 

神様は「教師に向いていないのに、本当にいいの?」と困惑しながらも「そこまで熱心に願うのならやってみたら?」と夢をかなえてくれたのでしょう。

母の死をきっかけに、洗脳が解けたかのように日本語学校を休職。翌年からコロナで学校自体が休校状態となりました。

今年の春、学校から「週1日でもいいから」と復職の要請が来ました。恐るべし、神社パワー。まだお願いが生きていたのです。あれほど望んでいたことであり、学校も人手不足で困っているというのに、引き受けられませんでした。熱意が消え、あの緊張状態に再び耐えられるとは思えなかったから。身の程知らずの願望で神様と社会に迷惑をかけたと反省。

 

以来、神社で何かをお願いするのはやめました。替わりに「私に何かできることがあるなら、ご用命ください、私を道具として使ってください」と神様の御用聞きとなって手を合わせています。年を取ってできないことが増えても、それなりの役割を与えてもらえることを期待しながら。

 

10年以上前、関西に帰省した折に再会した奈良の友人が「高校時代の同級生が働いてんねん」と大神神社に連れて行ってくれたことがあります。お土産店か素麺屋さんのパートかなと思ったら、なんと権禰宜さん!

東京からライターがやって来たという触れ込みで立派な応接室に通されて恐縮。「便宜上、神道にしているけれど、ご神体は三輪山だから自然崇拝の原始宗教のようなもの」と説明していただいたのを覚えています。

「お金がほしい」「病気を治したい」「結婚したい」といった世俗の願いはとりあえず脇に置いて、自然に対する畏敬の念から手を合わせるのが宗教の本来の姿なのでしょう。

 

新潟の今代司酒造の酒蔵には大神神社の杉玉がありました。酒造りの神社としても有名なので、次回の参拝では「酒癖が少しはよくなりますように」という願いがよぎるかもしれません。

スペイン巡礼のためにピレネーを越えるのも大変そうですが、三輪山登頂も往復4キロで2~3時間のけっこうハードな行程。私がまず行くべきなのはスペインより奈良かもしれません。

きれいなティーカップは使えるうちに使っておけ

住んでいるマンションの管理人さんは、定年退職後っぽい男性が多かったのですが、若い女性に替わりました。彼女の提案なのか、ゴミ置き場に自動センサー照明が取り入れられ、掃除道具はそれぞれラベルがついた場所に整然と並べられるようになりました。

住民はゴミをいつでも出していいことになっているのですが、管理人さんの負担を少しでも減らすために私は収集日の朝に指定の収集場所に出すようにしています。その時にすれ違うと「ありがとうございます、助かります」と丁寧にあいさつしてくれます。

 

年末に向けて、ゴミの量が増えています。大量のゴミ袋を台車に乗せて収集場所と往復する彼女の華奢な姿を見て、『メイドの手帖』を思い出しました。

シングルマザーでメイドの仕事を選ばざるをえなかったステファニー。

雇い主の一人、ウェンディーの姿に私自身を重ねるようになりました。がんを患って自分の余命を知る高齢女性です。自宅の整理と子どもや甥姪に遺すものの仕分けのためにステファニーに来てもらっています。

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ステファニーに昼食を用意して、とっておきのティーカップでお茶をふるまうウェンディー。ピンクの花模様に縁どられた客用ティーセットです。手が震えてカップがかたかた鳴るほど体調が悪かったというのに。しかも、ランチタイムも「あなたの時間を使ったから」とステファニーに時給を支払う気前の良さ。感激するステファニーにかけた言葉は「きれいなティーカップは使えるうちに使っておけ」。

見事な終活! 世話になる若い人への接し方といい、ぜひ見習いたいものです。

 

断捨離や片付けの番組を見ていると、来客用の高級な食器セットは棚の奥にしまい込み、景品や100円ショップの食器を普段使いにしている人がたくさんいます。いつか使おうと思っていても、そんな日は決して来なくて、死後にリサイクルショップに引き取られるのが関の山です。まさにウェンディーの言う通り「使えるうちに使っておく」べきです。

 

『ゼロで死ね』を読んで、稼いだお金を死ぬまでで使い切りたいと思いましたが、そんな大げさなことでなくてもいいのです。客用の食器やよそゆきの服を日常使いにするだけでも生活の質は上がります。

押し入れや食器棚の隅まで点検し、しまい込んでいたものに日の目を当てようと思います。文房具が好きで、コレクションしているノートやペン。パソコンに向かうことが多くなり、溜まる一方です。何か書き始めてみよう。TO DO LISTもきれいな紙に丁寧に書くとモチベーションが上がります。

 

物質だけでなく肉体や頭脳も「使えるうちに使っておけ」。

30年も通っているスポーツクラブで、何人もの先輩を見送りました。ダンスが上手だった年上の人たちが次々と引退。私もいつかは踊れなくなるでしょう。その日を想像して悲観的になるのでなく「踊れるうちに踊っておけ」。

両親を見ていると、いよいよ高齢になると本も読めなくなるようです。「読めるうちに読んでおけ」。

 

子どもの頃はお正月が来るとすべてが一新するような高揚した気分になりました。今はあと何回、新年を迎えられるかと考えます。年末やお正月は、与えられた時間が有限であることを知るための節目です。

 

店内に飾られているカップから好きなものを選んでお茶を飲める有田のカフェ。

私が選んだのは左側のカップ。佐賀で陶芸が盛んになったのは、大陸から多くの陶工たちが海を渡ってやって来たから。そして名産となった陶磁器は船でヨーロッパに輸出され、大人気となりました。帆船の絵がそんな歴史を感じさせるカップです。若かったら、買って帰りたいと思ったでしょうが、今はこうして旅先で体験できるだけで十分。

旅も「行けるうちに行っておけ」なんでしょう。来年はどんな土地を訪れることができるでしょうか。