翡翠輝子の招福日記

本業は女性誌の原稿書き(主に東洋占術と開運記事)。副業で外国人に日本語を教えています。フィンランドが大好き。

西洋人が易(えき)を小説に書くと

易(えき)というと、極めて東洋的なイメージがあります。
しかし、スイスの心理学者のユングが易を研究し、シンクロニシティ共時性)と関連付けたことで、精神世界に興味を抱く西洋人に一気に広まりました。

アメリカ人のスピリチュアリストでベストセラー作家でもあるアラン・コーエンとの会話で、「占いをやっている」というと「アストロジー(占星術)?、それともタロット?」と聞かれました。
「イーチン(易)」と答えると、「君は易ができるの!」と感嘆されたことがあります。

アメリカには、易経をひもときながらストーリー展開を考える作家もいるそうですが、「アンドロイドは電気未の夢を見るか?」「ユービック」で知られるSF作家フィリップ・K・ディックの「高い城の男」は、易がテーマになっています。

高い城の男 (ハヤカワ文庫 SF 568)

高い城の男 (ハヤカワ文庫 SF 568)

第二次大戦で枢軸国側が勝利し、アメリカは日本とドイツによって分割占領されているいう設定でストーリーは進展します。

登場人物は、何かあるごとに易を立てます。

たとえば、太平洋岸第一通商代表団の田上信輔は、問題が起こるたびに易を立てます。
ヨーロッパからいう要人がやって来るにあたり、アメリカの貴重な工芸品を袖の下として贈ろうとしています。当初は南北戦争の徴兵ポスターを予定していたのですが、小包がなかなか届きません。易を立てると沢風大過(たくふうたいか)。

爻辞が作中に紹介されます。
「棟木たわむ。中央はなはだしく重し。平衡を欠く。明らかに道を外る」

これは自分の力だけではどうしようもないと田上は悟ります。中国の画や徳川時代の陶磁器の名作なら適切な品を選べるが、アメリカの工芸品に対する審美眼に自信のない田上は、アメリカ系の部下に協力を依頼します。

「午後から役所の者が集まり、半日をかけて吟味いたしました。これは滅びかけた旧合衆国文化の最高の遺物、過ぎ去りし平穏な時代の香りを残した珍品であります」
この口上で田上が差し出したのは、小箱に入り黒ビロードの上に安置された1938年型のミッキーマウス・ウォッチでした。

一方、伝統工芸品の贋物を作るユダヤ系のフランク・フリンクは、別れた妻ジュリアナとの復縁を夢見て卦を立てます。

彼の手は忙しく筮竹をあやつり、彼の目は食い入るように爻を見つめた。これまでにもう何度ジュリアナのことで易に問いかけたことだろう? さあ、卦が出たぞ。植物の茎の受動的な偶然の作用によって生まれたパターン。それはランダムではあるが、しかし、彼の生きているこの瞬間、彼の生命がこの宇宙のすべての生命と粒子とに結ばれあったこの瞬間に根ざしている。必要な卦は、つながった線と二つに切れた線との組み合わせで、この瞬間の状況を表す。

つながった線は陽爻、二つに切れた線が陰爻。6つ重ねることで卦となります。
出たのは天風コウ(おんなへんに后)。
フランクはがっかりします。1つの陰爻に5つの陽爻。陰は女性、陽は男性を示しますから、5人の男性部下を引き連れたキャリアウーマンといったところ。男性にとっては、「こんな強烈な女は娶るべきではない」というメッセージにもなります。
たしかにフランクの別れた妻、ジュリアナは柔道の達人です。ナチスが企てた暗殺計画を食い止めるほどの女丈夫です。

田上はチルダンに向けて、易経についてこう語ります。

「われわれは不合理です」田上はいった。
「五千年前の書物にたよって生きているんですからね。われわれは、まるで生き物に対するように、その本に質問をします。事実、その本は生きているんです。キリスト教の聖書のように」

こういう小説を読むと、易を学ぶことは、東洋と西洋の架け橋になるという気持ちが広がっていきます。