翡翠輝子の招福日記

本業は女性誌の原稿書き(主に東洋占術と開運記事)。副業で外国人に日本語を教えています。フィンランドが大好き。

甲子の年に誕生したから、甲子園

東洋占術では、年月日時を六十干支に置き換えます。
2012年11月は辛卯年・己亥年といった具合です。

鑑定では、お客様から誕生日をお聞きして、十干(甲乙丙丁…)、十二支(子丑寅卯…)を書いていきます。

ご自分の誕生日が奇妙な漢字の羅列となり、首をかしげるお客様もいらっしゃいます。
「昔は、暦はこうした漢字で記されていたのです。たとえば、戊辰の年に起こったから戊辰戦争とか」みたいな説明をします。

干が10個、支が12個あり、組み合わせは10と12の最小公倍数である60パターンあります。
生まれてから60年たつと、生まれ年と同じ六十干支となります。暦が一通り回って還ってきたから「還暦」です。

関西人なら最も身近な六十干支は「甲子」でしょう。甲子園球場が誕生したのは1924(大正13)年の甲子年。十干十二支の最初の組み合わせにあたる年で、縁起がいいと甲子園と命名されました。

阪神タイガースの新監督、和田豊氏のお嬢さんは甲子園でビール売りのバイトをされていたそうですが、私は学生時代に客席でボールガールをしていました。
ファールボールが観客に当たってケガをしていないかチェックする係で、タイガースのワッペンが付いたTシャツと帽子、ボールを入れるバッグが支給され、座席もちゃんと用意されています。

通っていた大学の学生課が甲子園と特別な関係があり、ボールガールのバイトの口が優先的に回されるらしく、座席案内担当の他の大学の子からは、ずいぶんうらやましがられました。
座席案内やビール売りでは、試合はほとんど観戦できませんが、ボールガールは「何があっても試合の流れから目を離さないように」と厳命されるのです。

「甲子」を五行で読み解くと、甲が木行で子が水行。水をたっぷりと吸収して、大木に育つように、甲子園も日本を代表する野球場となりました。

私が東洋占術を学ぶきっかけの一つは、「甲子園」にあります。

六十干支それぞれ、単なる漢字の組み合わせではなく、一服の絵のように見えて、興味は尽きません。