翡翠輝子の招福日記

本業は女性誌の原稿書き(主に東洋占術と開運記事)。副業で外国人に日本語を教えています。フィンランドが大好き。

ショーン・パワーで突破する

須賀敦子がパリ留学中のルームメイトだったドイツ人女性と日本で再会した話にほろりとしましたが、私がこの4年間、毎年会っているフィンランド人がアンネです。

最初は2013年6月。四国の歩き遍路を一人でやり通した直後の彼女をホストしました。
http://d.hatena.ne.jp/bob0524/20130616/1371342908

今年アンネは神戸の日本語学校の寮に入り、大阪の道場で剣道の稽古をしているそうです。「安い飛行機のチケットを見つけたから」と先週、東京にやって来ました。

なぜ日本語学校なのか、それにはからくりがありました。
フィンランド人は長期休暇を取るといっても1ヶ月程度。アンネは無給休暇もくっつけて2ヶ月ほど休んでいます。四国遍路の年は「10年同じ職場に勤続すれば1年の有給休暇が取れる」という法律を利用しています。
そして、今年も2ヶ月の休暇を申請したら上司からの許可が下りなかったそうです。アンネの仕事は新聞記者だから、誰かを代わりに雇うのもむずかしいのでしょう。

しかし、そんなことであきらめるアンネではありません。フィンランドの労働法を隅々まで調べ上げ、「勉強が目的であれば2ヶ月の休暇が取れる」という条文を発見したのです。
そこで2ヶ月間、受け入れてくれる学校を探し出し、強引に休暇を取って来日したわけです。

そんなことをして職場の人間関係が気まずくならないのかと思うのですが、アンネは「どうして? 法律で決められている正当な権利なんだから」と涼しい顔です。

日本語をそこまで熱心に勉強しても、フィンランド語で取材して原稿を書いているのですから、仕事で使う機会はほとんどないはずです。
アンネが住むセイナヨキでは、ヘルシンキと違い、英語でさえみんな話したがらないといいます。

「ここまで勉強してきたから、やめるのがもったいない」と冗談まじりで言います。でも、新聞記者をリタイアしたら、フィンランド国内での日本語教師というのもありかも。

そういえば、私が日本語教師の資格を取ろうと思い立ったのはアンネの影響も大きいのですが、今となっては、本当に教壇に立つことができるのか、迷いが深まる一方です。

だけど、ここまでやってきたのなら、やり通すしかありません。

最近の日本のニュースについて聞かれ、ショーンK騒動の話題になりました。
日本人の西洋人に対するあこがれや敬遠、排除といった感情を味わってきたアンネにとっては、「西洋人とのハーフを装い、経歴を詐称してもてはやされた純日本人」の存在は興味深いものがあるのでしょう。

「とにかく堂々としていれば、たいていの人はそれでごまかされる」
「たとえ新米教師でも『私は25年の経験があります』みたいに振る舞うとか」
「そう、大事なのは、ショーン・パワー。嘘をついてはいけないけれど、どんな態度を取るかは自由なんだから」

そういえば、占い業界でも、何年も勉強を続けながらも、ショーン・パワーに欠けるため、鑑定デビューを果たせない人もたくさんいます。
アンネと会った日の昼は、夏瀬杏子先生と易の勉強をしながら、そんな話で大いに盛り上がったのです。

1年3ヶ月通った日本語教師養成講座の学校。
ずっと皆勤ペースだったのですが、4月から働く日本語学校の研修と重なり、修了証書が授与される日に行けなくなりました。80%の出席でOKなのでなんとか資格はもらえます。
「修了書を郵送しましょうか」と連絡があったので、お世話になった先生たちへの報告もしたいので、4月に学校を訪れることにしました。
日本語学校から修了証書の提出は求められていないのですか?」と聞かれましたが、別にそんなことは言われていません。
それって、ショーンKの温床では?
実際、非常勤から常勤となり、ついには教務主任になった人が、登録のために修了証書の提示を求められ、実は資格がなかったという話もあるそうです。

いくら現場でうまくできても、資格がなければ糾弾されてその場を追われます。
でも、資格があっても現場で使い物にならなくては何の意味もありません(逆ショーン)。
学生にとっては、資格の有無より教え方の上手下手のほうが大切でしょう。
とにかく、最初の壁を突破するには、ショーン・パワーが必要です。


一昨年の春、小田原でのアンネ。