翡翠輝子の招福日記

本業は女性誌の原稿書き(主に東洋占術と開運記事)。副業で外国人に日本語を教えています。フィンランドが大好き。

還暦(60歳)で姥捨て山

来年の秋に優春翠と花巻に行くことになりました。

優春翠が関東と島根の二拠点生活を始めたこともあり、二人で遠出をしたり私が島根に遊びに行く計画は早めに日程を決めることにしています。

赤毛のアン』にも、こんなセリフがあります。
Looking forward to things is half the pleasure of them.
(物事を期待して待つことは、その楽しさの半分)

いきなり思い立ってどこかに出かけるのも楽しいのですが、前もって計画すれば待つ楽しみもあり、あれこれ調べることもできます。

遠野にも足を伸ばすことにしたので『遠野物語』を再読。
ありがたいことに電子書籍なら無料です。

遠野物語

遠野物語

山口、飯豊、附馬牛の字荒川東禅寺及火渡、青笹の字中沢並に土渕村の字土淵に、ともにダンノハナと云ふ地名あり。その近傍に之と相対して必ず連台野と云ふ地あり。昔は六十を超えたる老人はすべて此連台野へ追ひ遣るの習ありき。老人は徒に死んで了ふこともならぬ故に、日中は里へ下り農作して口を糊したり。

60歳を超えた老人は全員、連台(デンデラ)野へ追いやられ、日中は里に下りて農作業の手伝いをして、ゆるやかに死を待つといったかんじでしょうか。

姥捨て山よりもゆるやかですが、60歳で還暦を迎えたら、もういつ死んでもいいというのが昔の人の死生観だったのでしょう。

昔話の「姥捨て山」には二つのパターンがあります。

まず、「枝折り」型。
姥捨て山に親を捨てるために向かっている道中、親が小枝を折ります。息子がなぜ小枝を折るのか質問すると「帰り道にお前が迷わないように」と親。
たとえ捨てられても、子供を思う親心に息子は改心し親を自宅に連れ帰ります。

あるいは息子と孫が祖母を籠に入れて捨てに行く話。籠ごと親を捨てようとしたら、子供に「籠はまた使うから持って帰ろう」と言われ、自分も子供に捨てられることに気づき、姥捨てを思いとどまります。

もう一つが「難題」型。
こちらは子の意志で親を捨てるのではなく、お殿様から役に立たなくなった年寄りを山に捨てるように命じられます。
親を捨てるに忍びず、ひそかに家の中にかくまうことに。
その後、お殿様は隣の国から「灰で縄を編め」「曲がった玉に糸を通せ」などの難題を出され、解けなければ攻めると脅されます。
老人の知恵で難題を解き、お殿様は姥捨て政策を撤回します。

日本昔話の世界では、知恵を蓄積していきた老人は貴重な存在でしょう。
しかし、今はググれば大抵のことはわかる時代。
IT化に付いていけない高齢者は社会のお荷物になりがちだし、自分の経験が通用しないことに腹を立て、クレーム爺さん・婆さんになることも。
手厚い年金と社会保障に恵まれた高齢者を支える若者たちにしてみれば、姥捨て山を復活させてほしいと願いたいことでしょう。

小津安二郎1903年癸卯(みずのとう)の12月12日に生まれ、60年後の1963年、再び癸卯が巡ってきた年の12月12日に亡くなりました。監督した数々の端正な映画の構成と同じく、占い師もうならせる見事な引き際です。

これから高齢者の仲間入りをする50代の私にとっては、姥捨て山の教訓は身に染みます。
ググれば手に入る知識ではなく、私だけにしか伝えられないオリジナルなものをどれだけ身に付けられるか。それがこれからの数年間のテーマです。


旧古河庭園には、ジョサイア・コンドル設計の洋館のほかに日本庭園もあります。