翡翠輝子の招福日記

フリーランスで女性誌の原稿書き(主に東洋占術と開運記事)を担当し、リタイア生活へ移行中。2023年8月下旬からスペイン巡礼へ。ウラナイ8で活動しています。日本文芸社より『基礎からわかる易の完全独習』刊行。

心の中で旅する

コロナが収束したとしても、世界は二度と元に戻らないのでは。

その一つが旅。海外はおろか国内旅行もはばかられます。伝染病が蔓延すると、よそ者は徹底的に排除されますから。

 

2月にNHKラジオの「高校生からはじめる現代英語」では「最も人気のある旅行先ははバンコク」というクレジットカード会社のプレスリリースを取り上げていました。東京は9位です。

Over the past 10 years, the world has seen economic ebbs and flows. But one thing has remained constant: people's growing desire to travel the world, visit new landscapes, and immerse themselves in other cultures.

過去10年、世界は経済の盛衰を繰り返してきました。しかし、世界を旅して新しい風景を訪れて異文化にどっぷりつかりたいという人々の欲求の高まりは不変です。

 

東京オリンピックも予定されていたし、インバウンド需要は夏まで続くし、日本人の旅行熱も続くだろう。私もどんどん旅に出よう…と、つい数カ月前までのんきに考えていたのです。

コロナ禍は10年間のスパンの経済の盛衰など通り越して、私たちは何百年に一度の歴史の転換点を目撃しているのかもしれません。

 

今は本やドラマで未知の土地へ思いを馳せています。そして、旅先でのふとした出会いや会話をなつかしく思い出しています。

 

5月1日から朝日新聞で「私のおこもり術」が始まりました。第一回目に登場するのは作家の佐藤優氏。512日間の拘置所生活に比べたら、ステイホームにはストレスを感じないどころか、移動時間がなくなった分、生産性が上がったとのことです。

 

uranai8.jp

 

拘置所体験に続き、モスクワでのエピソードが語られます。

佐藤優氏は航空機が好きなんでしょう。執筆の気分転換には、ツポレフ114という旅客機の模型を眺めるそうです。

高校生のとき、旅先のモスクワ郊外の空港でこの飛行機をうれしそうに眺めていたら、監視係の女性がこっそり「写真を撮っていいよ」と言ってくれたことがあります。モノと結びついた、人との間の温かい記憶。こんなことを思い出す楽しみ方もあるのです。

  

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昨年春に訪れたバンコクのジム・トンプソンの家。タイシルクを世界に広めたアメリカ人です。

入場券を買うと、言語別にグループに振り分けられます。日本語が堪能なガイドさんの案内で部屋を次々と見学。ジム・トンプソンは風水に基づいてこの家を建てたと聞いたので、「具体的に風水に結びついたものがこの家にありますか」とツアー終了後、質問してみました。ガイドさんはわざわざ部屋まで戻って私に風水の図を見せてくれました。

観光客が激減して、あのガイドさんはどうしているのでしょうか。お土産を買わないことにしているので、併設のショップで何も買いませんでしたが、小さな絹製品でも買っておけばよかったと後悔しています。

人生を変えた曲

ある曲との出会いが、人生を変えることがあります。

NHKのアナザーストーリーズ『”ダンシング・クイーン”ABBAと王妃の知られざる物語』を見てそう思いました。

『ダンシング・クイーン』が初めて披露されたのは、スウェーデンのシルビア王妃の結婚式前夜のセレモニーです。

二人が出会ったのは1972年のミュンヘン・オリンピック。語学が堪能なシルビアはグスタフ国王担当のコンパニオンでした。

番組に登場したスウェーデン人の記者によると、グスタフ国王はさまざまな女性と浮名を流したけれど、シルビアに心奪われる決定打となったのは、デートの際に彼女が自分の支払いをして、おごってもらおうとしなかったから。興味深い話です。

 

さて、結婚前夜のおめでたい席なのに、王立オペラ座に入場したシルビア王妃は暗い表情です。この結婚は国民にあまり受け入れられていなかったから。

どの国にも王室や皇室に口を挟む人がいるものなんですね。シルビア王妃は貴族じゃない上に外国人。国王より3歳年上で、スウェーデン語もたどたどしい。しかも、ドイツ人の父親は戦時中にナチ党員だった…。

結婚を前にしてかなり不安が募り、オペラの演目もあまり楽しめなかったのではないでしょうか。そこにABBAが登場。『ダンシング・クイーン』をシルビア王妃に捧げると、しおれた花が水を得たように一気に表情が明るくなります。歌詞はスウェーデン語じゃなくて英語だし。

 

その後、シルビア王妃は率直で明るい人柄で国民に受け入れられます。後のインタビューで「もちろん私は17歳じゃなかったけれど、『ダンシング・クイーン』に大いに励まされた」と語っています。

 

そして『ダンシング・クイーン』は通俗的で中身がないと批判され続けてきたABBAにとっても転機をもたらしたし、オーストラリアでは性的マイノリティを励ます曲となりました。たしかに自己肯定感を上げる曲です。

 

外出自粛が続き、家で楽しめることを探す日々ですが、自分の人生を変えた曲をしみじみと聞くのもいいものです。

私にとってはボブ・ディランの『スペイン革のブーツ』。

 


Boots of Spanish Leather

 

木綿のハンカチーフ』の元歌とされており、男女が入れ替わっています。恋人を置いて出かけるのは男性でなく女性。ニューヨークに残されたディランがヨーロッパに渡った当時の恋人にあてた曲です。

 

bob0524.hatenablog.com

  

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去年の秋に旅したマドリード。立派な建物があると思ったら、王宮のあるゾーンでした。

元ニュースキャスターのレティシア王妃も人気がありますが、民間出身で離婚歴のある女性を迎えるのはスペイン王室初。ノルウェー王室のメッテ・マリット妃の父親は麻薬常習者で服役中、彼女自身も麻薬に手を染めたことがあるシングルマザー。ヨーロッパの王室にはまるでドラマのような展開が数多くあります。

 

潮が引いたら、誰が裸で泳いでいるかわかる

「プールの水が抜けたら、誰が裸で泳いでいるかわかる」というウォーレン・バフェットの言葉をネットで目にしました。

原文を調べてみると、プールの水ではなく潮の満ち引きでした。

You never know who's swimming naked until the tide goes out.

潮が引くまで、誰が裸で泳いでいるかわからない。

株価の上昇局面では簡単に利益を上げられるけれど、今回のように暴落が起きれば、だれが正しい投資をしていたかがわかるという耳の痛い言葉です。プールの水ではなく人間がコントロールできない潮の満ち引きにたとえたほうがしっくりきます。

 

この言葉は投資だけでなく、あらゆる事象にあてはまります。

コロナ禍によって人間の本性が現れたという話をよく聞きます。前向きな人が落ち込んでいたり、だらだらしている人が意外とてきぱきしていたり。

 

だましだまし結婚生活を送ってきた相性の悪い夫婦が外出自粛で四六時中顔を突き合わせているうちに、コロナDV、コロナ離婚に至るのも、潮が引いて相手の裸(本性)に直面せざるを得なくなったからです。

 

夫婦二人で引きこもっている我が家を震撼させたニュース。

bunshun.jp

ニュースで第一報を聞いた時は、日ごろから夫婦仲が険悪で夫のDVがエスカレートして妻を殺したと想像しました。ところが、この記事を読むと事件の印象ががらりと変わります。結婚して30年たっても愛称で呼び合い、孫もできて、二人で仲睦まじく飲みに行ってたというではないですか。

 

奥さんはご主人の稼ぎが少ないことを不満に感じつつも、じっとこらえて自分が稼ごうとしていたのでしょう。そしてご主人も内心不甲斐ないと思っていたことでしょう。

危ういところでバランスを取りながら夫婦関係を続けていたのに、コロナ禍でみるみる収入が減少。外出自粛なので家飲みで気を紛らわせようとどんどん深酒に。記事によると夕方から延々5時間半もビールと焼酎を飲み続けていたそうです。

 

コロナさえなければ、この二人の幸せな結婚生活は続いていたはず。そして、殺人まで発展しないまでも、ほとんどの人は今回のコロナによって人生が変わるのではないでしょうか。

着飾って世間の目をごまかしている人も、裸を見せなくてはならない時が来ます。実態より自分を大きく見せてきた人は戦々恐々としているでしょう。コロナ禍が去って、平和になっても見せた裸は人々の記憶に残ります。

 

正反対のケースは、カミュの『ペスト』に登場するグラン。平時にはうだつの上がらない下級役人ですが、街にペストが蔓延すると保健隊に志願して事務の要として献身的に働きます。ペスト禍が去ると、何事もなかったかのように平凡な生活に戻ります。こういう人は稀有な存在だからこそ文学作品になっているわけで、凡人は裸をさらす事態を少なくするよう自制したいものです。

 

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昨年の夏に訪れた銚子。空はどこまでも青く、銚子の人は大らかで食事もおいしかった。銚子電鉄に何度も乗り、海の見える温泉にも入った…。今や東京都民は隣の県にも行けなくなりました。

 

外出自粛で飲みすぎないために

テレワークでアルコール依存になる人が増えているとか。私も危険水域です。

元々自宅で仕事をしているので、曜日を意識するのはスポーツクラブのズンバのスケジュールでした。いやなことがあっても、ズンバのレッスンに出ればすっきりします。そして、夕方か夜のレッスンに出ると寝つきがよくなるので休肝日に設定していました。

 

緊急事態宣言でスポーツクラブが休館。YouTubeでズンバの動画を見ながら踊ってみましたが、下の階に響かないよう動きは小さくなるし、ストレス解消になりません。

さすがに日の高いうちから飲むことはありませんが、気が付いたら毎晩のように飲酒。これではいけないと見たのが、ヨハン・ハリによるTED「依存症に対する間違いだらけの知識」です。

 


(日本語の発音字幕)中毒について知っていると思うすべてが間違っている|ヨハン・ハリ

 

アルコールに限らず薬物、ギャンブル、ネット、ゲームなどあらゆる依存症の原因は「人とのつながりが絶たれる」ことだというのです。

ねずみを使った実験では、一匹だけでケージに入れられ、普通の水と薬物の入った水を置くと、ねずみは薬物入りの水ばかり飲んで中毒となり死んでしまう。

ところが、ネズミの好物のチーズや遊び道具、そして仲間といっしょにケージに入れると、薬物入りの水を飲まなくなったという実験が紹介されます。

 

これの人間版がベトナム戦争アメリカ軍兵士の20%がヘロインを摂取していたのに、帰国後は95%がヘロインをやめました。

 

そしてポルトガルの薬物依存対策。すべての薬物を合法化し、依存者が社会と再びつながりを作るために予算のすべてを使うことにしたのです。仕事を提供し、ビジネスを始めるなら小口融資。目標は「すべての依存者に毎朝ベッドから起きなければいけない何かを与える」。

 

The Opposite of Addiction is Connection(依存の反対はつながり)

 

アルコール依存症については、映画『ドント・ウォーリー』も参考になりました。アマゾンプライムで観ることができます。

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(C)2018 AMAZON CONTENT SERVICES LLC

主人公である車いすイラストレーター、ジョン・キャラハンを演じるのは、『ジョーカー』のホアキン・フェニックス。まさに怪演。演じる役によって変幻自在です。

アルコール依存症のキャラハンは自助グループ(アルコホーリクス・アノニマス/AA)の力を借りて立ち直ります。主催者のドニーを演じるジョナ・ヒルが『ウルフ・オブ・ウォールストリート』の金まみれの下品な副社長だったのにもびっくりしました。

 

ドニーの台詞。

I think I’m still a little selfish. I was helping you guys a lot, because it was helping me.

私は利己主義者だ。自分を助けるために君たちを助けた。

 

祖父母の遺産を相続して何不自由ない生活を送っているドニーは、元アルコール依存症で、自宅を開放してAAのミーティングを開いて立ち直りました。

  

結局、アルコールに依存しないためには人とつながらなくてはいけない。自宅にこもっていると、家族以外とつながる機会を失います。一人暮らしならさらにリスクは高まるでしょう。

ヨハン・ハリは「面と向かって関係を築き上げた友人こそ助けになり、ツイッターのフォロワーやフェイスブックの友達はあてにならない」と言いますが、コロナは人間関係のルールも大きく変えます。今やネットを使わずに人とのつながりは保てません。

 

そこで私は日本語学校のかつての教え子の何人かに「元気ですか」と短いメールを送ってみました。

イギリス、ベルギー、ドイツ、フィンランド、ロシア、アメリカ、カナダ、メキシコ、香港、台湾…。たくさんの学生から返信がありました。大学生はオンライン授業、社会人はテレワークで、みんな友達と直接会うことはできない日々を送っています。日本語は忘れてしまったのか、グーグル翻訳の奇妙な日本語と英語を併記する学生もいます。

ほぼ国境が封鎖されている今、彼らにとって東京で日本語を学んだ体験をしみじみ思い出したのでしょう。「先生、私のことを思い出してくれてありがとう」と書いてくれた学生もいますが、お礼を言うべきなのは私のほうです。ささやかなつながりでも、明日はどんなメールが来るか、朝、布団から抜け出さなくてはいけない理由を与えてくれます。

 

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昨年訪れた長崎の思案橋横丁。この先にあった遊郭に行くか帰るか、思案のしどころで名付けられたそうです。

外で飲むなら、飲むか帰るか思案しますが、家飲みは際限なく飲んでしまうので本当に危険です。

非常時に読む『これが人間か』

外出自粛が続いていますが、自宅で仕事をしているので特に変わりはありません。

連載を持っている週刊誌は毎週、メールで入稿と校了を繰り返しています。翻訳記事を載せている月刊誌からも6月号のデータが送られてきました。いずれもいつまで続くかわかりませんが…。

 

空いた時間はもっぱら読書と映画、ドラマ。ほぼ1年ぶりにこの本を開きました。

 

 

前回読んだ時と現状のあまりの違いに頭がくらくらしてきます。

のんきに毎日を過ごし、思い立ったら自由に旅ができて、あえて断食という非日常の体験に挑戦。何と恵まれていた日々!

  

bob0524.hatenablog.com

 

友永ヨーガ学院のホームページを見ると、3月3日から休校。当初は3月15日までだったのが、どんどん延長されて5月7日までになっています。そしてゴールデンウィークが開けても開校するのかどうか定かではありません。 

 

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「これで1週間を乗り切る」と決意を込めて撮った写真。

 

断食といっても1週間まるまる何も食べないのではなく、玄米粥、玄米クリームと徐々に摂取カロリーを減らして2日間を水だけで過ごし、再び玄米クリーム、玄米粥と増やしていきます。甘いパイロゲンは空腹をまぎらわすためにいつでも飲めます。そして、断食中に便秘になるのを防ぐために液体状のミルマグも飲んでいました。

 

精神の糧として本も重要です。食欲を抑える本を用意しました。

『シッダールタ』は仏教英語講座の副読本として。

『イワーン・デニソヴィッチの一日』はスターリン時代のラーゲリ(収容所)を描いていますが、時折ユーモアを交えて書いているし、ラーゲリで出されるおかゆがおいしそうで、途中でギブアップ。

 

最も効果的だったのが『これが人間か』です。

著者はアウシュヴィッツ強制収容所から生還したイタリア人化学者にして作家のプリモ・レーヴィ。

空腹を忘れるほどのインパクトがありました。 書名の「これが人間か」は冒頭の詩から取られています。

 

暖かな家で

何ごともなく生きているきみたちよ

夕方、家に帰れば

熱い食事と友人の顔が見られるきみたちよ

 

これが人間か、考えてほしい

泥にまみれて働き

平安を知らず

パンのかけらを争い

他人がうなずくだけで死に追いやられるものが

   

 

「何ごともなく生きている」のがどれだけ幸運なことか、胸に迫ってきます。

 

プリモ・レーヴィの生涯をたどると、幸運なのか不運なのかわからなくなってきます。たしかにあの時代のヨーロッパにユダヤ人として生まれたことは決定的な不運ですが、たぐいまれなる知性を持って生まれました。

名門校で文学と科学で才能を発揮し、トリノ大学では化学を専攻。2年生の時に人種法が制定されユダヤ人は公教育から追放されますが、すでに大学に入学していた学生は例外として学業を続けることができました。

しかし、卒業論文の執筆のため実験室に受け入れてくれる教授を探したところ、すべて断れました。1938年、さほど遠くない過去にこうしたあからさまな差別が横行していたのです。

それでも一人の助手が受け入れてくれ、卒論を完成。満点の評価を得たものの、評価書の余白には「ユダヤ人種」という但し書きが。そのため就職には苦労します。

そうこうしているうちにナチスドイツがイタリアを占領。レジスタンス活動に関わっていたためアウシュヴィッツ強制収容所に。一緒に送られたイタリア人650人のうち、帰国できたのは23人だったそうです。

 

プリモ・レーヴィがアウシュヴィッツに送られたのは、1944年。労働者不足がひどくなったために、絶滅収容所ではなく囚人の延命を決定した時期だったのは幸運だったと彼は書いていますが、すぐに殺された方が幸運ではないか思うほどの壮絶な苦難が続きます。

 

ユダヤ人というだけで差別されたのは昔のことで、現在ではこんなひどいことはあり得ないと思っていました。

ところが、フィジーに語学留学していた日本人が帰国できなくなり、街を歩いていたら「コロナ!」とののしられたとか、大阪・泉南市の72歳の市議がコロナ感染した女子高生を「殺人鬼に見える」とフェイスブックに投稿するなど、人間の本性があらわになってきています。

『これは人間か』は、過去のできごとではなく、現在でも起こりえる事態を描ているのです。