翡翠輝子の招福日記

本業は女性誌の原稿書き(主に東洋占術と開運記事)。副業で外国人に日本語を教えています。フィンランドが大好き。

台湾で神になった日本人

日本統治下の1931年に甲子園で準優勝を果たした嘉義農林学校。
映画「KANO 1931海の向こうの甲子園」では、チームを率いた近藤兵太郎を永瀬正敏が好演しています。
センターを守った蘇正生選手は、「近藤先生は、正しい野球、強い野球を教えてくれた。差別、ひとつもありませんでした」と語っています。
そんなチームの奮闘に菊池寛も感動し、こんな観戦記を書いています。

僕はすっかり嘉義びいきになった。日本人、本島人、高砂族という変わった人種が同じ目的のため共同し努力しているということが、何となく涙ぐましい感じを起こさせる。

私が嘉義に行ったのは、野球好きというのも理由の一つですが、最大の目的は森川巡査が祀られている富安宮です。台湾では善行を尽くした個人は神として崇められるそうです。私の本名が森川(夫の姓)ということもあり、ぜひ訪れてみたかったのです。

森川清治郎巡査は、日清戦争後の1897年に台湾に渡り、嘉義県の派出所に勤務します。
村民の相談に誠実に耳を傾け、日本より教科書を取り寄せて住民に読み書きを指導するなど、絶大な信頼を集めました。

写真はすべて富安宮に掲げられている森川巡査の絵物語。私たちが見ていると、老人が熱心に話しかけてきました。中国語なので意味がわかりませんでしたが、この地の人々がいかに森川巡査を敬愛しているかが伝わってきました。

巡査が赴任したのは貧しい漁村です。台湾総督府が漁業税を制定しましたが、ただでさえ貧しい漁民は新たに税金が課せられてはとても暮らしていけません。村民から税の減免を嘆願された森川巡査は役所へ赴きますが、準民を扇動し謀反を起こそうとしていると懲戒処分に処せられました。
絶望した森川巡査は銃で自殺します。

「何も死ぬことはないだろう」と思うのは、平成に生きる私たちの価値観です。公僕として日本政府に絶対的な忠誠心を持ち、貧しい村人にも心を寄せていた森川巡査は、税を厳しく取り立てるように命じられ、死を選ぶしかなかったのです。

巡査の死後、村の周辺に伝染病が流行します。
村長の夢枕に巡査が立ち、「環境衛生に心がけ、飲食に注意し、生水、生ものを口にせぬこと」と告げます。村民がこれを守ったところ、伝染病の流行をまぬがれることができたそうです。

森川巡査には「義愛公」(ぎあいこう)という尊称がつけられ、祀られています。緑の服が義愛公です。

さて、富安宮は観光スポットではないので、タクシーで行くしかないと考えていました。それでもいいのですが、路線バスがあれば乗ってみたいし、嘉義のカウチサーファーから情報収集することに。
「日本」というキーワードで絞り込み、陳君にたどりつきました。
九州を自転車で旅して、すっかり日本好きになったとのこと。しかも仕事は阿里山の観光局勤務。これはかなり期待できます。

陳君に送ったメッセージ。
「あなたが日本を旅したことがあると知り、このメールを送ります。私たちは嘉義に行き、森川巡査が祀られている富安宮を訪れたいと思っています。嘉義のホテルは予約しているので、泊めてもらう必要はありません。富安宮について、ガイドブックでは情報が得られないので、もしあなたが何か知っていたら教えてもらえると幸いです。そして、私たちは地元の人々と触れ合いたいと願っているので、あなたの仕事の後に時間があれば、夕食を一緒にどうですか?」

カウチサーフィンの私流のルール「なぜリクエストを送るか、具体的理由を明記せよ」を実践してみました。カウチサーフィンは旅行者への宿泊の提供を目的にしたサイトですが、お茶や食事を一緒に楽しむために利用することもできます。

陳君からの返信。
「日本からのメッセージ、感動しました。森川巡査のことは知らなかったので、ネットで調べました。嘉義にこんなすばらしい話があったとは! ぜひ私も富安宮を訪れたいので、私の車で一緒に行きましょう。嘉義駅まで迎えにいきます」

カウチサーフィンの理想的な展開です。
しかし私たちが嘉義を訪れるのは平日です。仕事を休んでまで付き合わせるのは気の毒なので、その点を確認しました。
すると陳君は今では自営業だといいます。お茶の店を経営しているそうです。
「次回はぜひ私の店でもお茶を楽しんでください」というので「次回じゃなじゃなく、ぜひ今回、お茶を飲みます」と返信。

台湾新幹線で嘉義に到着する時間や日本土産の希望(陳君は「何も持って来なくてかまいません。日本のムードを持って来てください」とのこと)などのメールのやりとりを交わし、嘉義を訪れる前日に台北入りし、電話でも到着時間を再確認しました。
カウチサーフィンは事前の予定変更は当たり前という人もいますが、私は避けられない限り予定通りの行動を心がけています。

そして当日、新幹線(台湾高速鉄道)の嘉義駅。特定の待ち合わせ場所は決めていなかったのですが改札は一つで、陳君がとびきりの笑顔で迎えてくれました。

カウチサーフィンは、やはり素晴らしい。そう確信した一瞬でした。


富安宮での陳君。