翡翠輝子の招福日記

本業は女性誌の原稿書き(主に東洋占術と開運記事)。副業で外国人に日本語を教えています。フィンランドが大好き。

「母は私に留学されました」

外国語を身に付けるハードルの一つが、動詞の変化。母語なら、自然に口から出るのですが、外国語は動詞の活用をおぼえるしかありません。

先日の授業で、受身と使役の活用を復習しました。
「読む」「話す」「食べる」「とる」「飲む」「留学する」「翻訳する」などの動詞をホワイトボードに書き、受身と使役の活用形を学生に書かせてみました。
活用形は正しく書けることを確認して、口頭で文を作る練習をしました。

たとえば、「読む」の使役なら「先生は学生に教科書を読ませます」、受身なら「母親に日記を読まれました」。
「とる」で「泥棒にとられました」は受身ですが、使役にするなら「泥棒の親分が子分にとらせました」。少々苦しい例文です。
「留学する」は親が子を「留学させる」という使役になっても、受身はあまりないと説明していると、ある学生がこう言いました。
「母は私に留学してほしくありませんでした。でも、私は日本に来ました。母は私に留学されました」

こんな発言をしたのは、優等生の男子。国のお母さんの自慢の息子なんでしょう。お母さんはできるだけ長い間一緒にいたかっただろうに、さびしい思いをしているのでは。

新人教師の私はとにかく授業をこなすだけで精一杯で、学生の背景まで気を回すゆとりがありませんでした。
「母は私に留学されました」と聞いて、学生一人一人に国で心配しているお父さんやお母さんがいることに思い至りました。大切な息子や娘をはるばる日本に出した両親の思いに応えるような授業を私はできているのだろうか。こんな駆け出しの教師に当たってしまった学生が気の毒になり、少しでもいい授業をしたいと切実に思いました。

教える立場であるはずの教師が学生から学んでいます。


日本統治下の1931(昭和6)年に甲子園出場を果たした台湾の嘉儀農林。嘉儀の檜村には、野球部の近藤監督の住まいが再現され、こんなマンガも掲示されていました。「マムシにさわっても、近藤監督にさわるな」と言われるほど部員におそれられる一方で、信頼を集めて慕われた近藤監督は、根っからの教育者なのでしょう。