翡翠輝子の招福日記

本業は女性誌の原稿書き(主に東洋占術と開運記事)。副業で外国人に日本語を教えています。フィンランドが大好き。

昼間の夢のような旅

広島の呉と尾道、愛媛の大島を旅してきました。
旅のあいだ、細かい雨が降ったりやんだり。海には濃い霧がかかり、しまなみ海道を渡っていると、真っ白な世界を突っ切っているようでした。

旅の目的は、祖父の出身地である島を訪ねること。前回の訪問は2015年の10月でした。
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お寺の過去帳に曾祖母の名前を発見できたのも、地元の自治会長の矢野さんのおかげです。
残念ながら、曾祖母からの家系をたどることはできず、親戚との対面とはならなかったのですが、矢野さんは「同じ名字で同じ地区、何代もさかのぼれば絶対につながっているから、私たちも親戚同士のようなもの」と、あたたかい言葉をもらいました。

このところ実の親戚のあいだでは、子供のいない伯母二人が相次いで亡くなり、遺産をめぐって骨肉の争いが勃発しています。「誰の味方もしない、お金も要らない」と中立宣言をしていますが、情けない話ばかりが耳に入ってきます。

そんなリアル親戚よりも、島の矢野さんを親戚のおじさんだと慕うほうがずっといい。
前回、いろいろと骨を折ってくださったお礼に、島の宿で夕食の席を設けることにしました。宿の経営者も「矢野」さんなので、さかのぼれば親戚なんでしょう。


名物料理の水軍焼き。鯛、さざえ、車海老の塩焼きです。


部屋に飾ってあった絵もサインを見ると画家は「矢野」さんでした。

祖父が出た集落は現在、27世帯。若い人は仕事を求めて島を離れるそうです。
村上水軍が秀吉によって解体されたのは1588年。祖父の祖先は大島に住み着き、半農半漁の生活を送るようになりました。脈々と続いてきた村も、数十年後は消えてしまうかもしれません。


大島南端の道の駅に、うっとりするような手触りの猫が2匹いました。
温暖な気候とおいしい魚で、見事な毛並みになったのでしょう。
今回の旅での再会を楽しみにしていたのに、2匹ともいませんでした。
店の人に聞くと「死にました」とのこと。悪いものを食べて死んでしまったそうです。
命あるものは必ず滅ぶとはいえ、せつない話です。

代りに出会ったのが島の犬。人懐こくて、おおらかに放し飼いにされています。


この犬に、再び会うことはあるのでしょうか。

旅の最初の目的地を呉にしたのは『この世界の片隅で』を観たからです。
「私はよく人からぼうっとしていると言われるので あの日の事もきっと昼間の夢だと思うのだ」というすずさんのせりふがありました。大島への旅も、昼間の夢のようでした。