翡翠輝子の招福日記

本業は女性誌の原稿書き(主に東洋占術と開運記事)。副業で外国人に日本語を教えています。フィンランドが大好き。

人の運は見えるのに、自分の運は見えない

占い原稿を書くことが多く、いつも運について考えています。

いや、運について考えることが多いから、占い原稿を書くようになりました。

女性誌のライターと一口に言っても、それぞれ得意分野があります。コスメやファッションのライターは華やかな方が多く、タイトな締め切りが続いても、きちんとした装いをしていました。

 

駆け出しだった頃は、メディカルとかマネー関連の原稿をよく書いていました。集めた情報をレイアウトに合わせた文字数にまとめるのが得意だったので。

しかし、同じテーマで長年書き続けているとだんだん飽きてきます。

 

ある時、付録の占い小冊子の原稿をまるまる書くことになったのが転機でした。

有名占い師のところに行くと、「吉」とか「凶」とか短いコメントだけで「あとは雑誌に合わせてうまく書いといて」で取材は終わり。占い記事は、こんなに自由に書けるんだ!とびっくりしました。

西洋占星術は入門書を読めば占いのロジックがわかるのですが、東洋占術は独学では無理だとわかり、占い学校に入りました。四柱推命、易、九星気学、風水とそれぞれ2~3人の講師から学びました。同級生は占い師志望が大半で占いライターは私だけ。雑誌の景気がよかった時代だったので、次々と占い原稿を受注し、前日の講座で学んだことを翌日、原稿に書くなんてことを続けていました。

 

そんなある日、編集者との雑談でこんなことを言われました。

「センスの悪いファッションライター、太っているダイエットライター、肌荒れしているコスメライター、貧乏なマネーライターには発注しにくい。運の悪い占いライターにも」

 

それ以来、私は運が悪くなることを人一倍恐れるようになりました。

とはいえ、実際には太りやすい人ほどダイエット知識が豊富だし、子供がグレた教育評論家のほうが身につまされるコメントを出すものです。運の悪い占い師は鑑定客の立場に共感できることが多いでしょう。

 

占いの知識を身に付けて実践すれば、運が悪くならないと思ったのですが、さまざまな占い師を取材していると、そうでもないことに気が付きました。運の悪い占い師、お金に困っている占い師はけっこういるものです。

 

自分の運が悪いのに、なぜ人の開運指南ができるのか。

さまざまな理由が語られています。その中で説得力のあるものの一つが大学教授にしてギャンブラーの植島啓司先生の説。

 

運は実力を超える (角川新書)

運は実力を超える (角川新書)

 

 

運は自分の目には見えないが、他の人のところにやってきたり、他の人のところから離れたりうるのは不思議によく見える。

 

ギャンブラーの植島先生がこのセオリーを実践している場所は、カジノ。

カジノでいつも負けている人を見つけていたら、その人の逆に賭ければ勝てるというわです。そして勝っている人を見つけたら、その人と同じように賭ける。

 

これはカジノだけでなく人生全般にもあてはまります。

運が悪くて貧乏なのに当たる占い師がいるのは、自分の運はわからなくても、人の運がわかるからでしょう。

 

占い業界に足を踏み入れ、原稿書きだけでなく、対面鑑定、講座にも手を広げましたが、開運を求めている人には、やっていることがちぐはぐなことが多いのです。

吉方取りや神社参拝、風水のラッキーグッズを買いこむ一方で、部屋はぐちゃぐちゃで、時計は電池切れで止まったまま、机の上は物置状態。これでは開運するわけがありません。

 

そもそも「幸運で絶好調」なんて人はわざわざお金を払って占い師の鑑定を受けることが少ないので、運の悪い人を多く目にすることになります。

鑑定客の運の悪さに影響され(業界用語で「かぶる」と言います)一緒になって低迷している占い師もいれば、人のふり見て我がふりを直し開運していく占い師もいます。

  

f:id:bob0524:20180915125650j:plain

 帯広の「ばんえい競馬」。馬がそりを引いて速さを競います。1レースだけかけてみましたが、かすりもせず。植島先生の本を再読したくなったのが、収穫でした。

旅と日常生活

2泊3日で帯広へ行ってきました。

東京の夏があまりにも暑かったので北海道に行きたくなったからです。

 

JALの「どこかにマイル」で候補地を出してみたのですが、みんな考えることは同じなのか、北海道がまったく出現せず。「どこかにマイル」は売れ残った座席がマイル交換候補になるのですから、しかたがありません。

そこで、航空券と宿泊がセットになったJALの格安企画を見つけ、帯広の北海道ホテル2泊で予約しました。

日本語学校の超繁忙期を、目の前に「北海道旅行」をぶら下げて乗り切りました。

   

f:id:bob0524:20180914110554j:plain

北海道ホテルは帯広駅からはちょっと離れているのですが、「森のスパリゾート」という別名の通り、緑の木立に囲まれ、 評判のモール泉があります。

 

 モール泉。

この言葉を最初に目にした時はショッピングモールの温泉かと思いました。

モールとはドイツ語の泥炭(Moor)。ドイツのバーデン・バーデンの温泉であり、植物性の有機物を含んでいる褐色のお湯です。

陰陽五行では、温泉は水と火。そこに植物の木が加わるのですから、水生木(すいしょうもく)、木生火(もくしょうか)の相生(そうしょう)の流れができて、最高の開運スポットです。

 

出発1週間前に北海道地震が起こりました。

キャンセルできないはずの格安ツアーなのにJALからは「地震のためキャンセルも可能」とメールが来ました。

 

地震の被害がそれほど大きくない北海道の各都市でも観光客のキャンセルが相次いでいるようです。

こういう時こそ、行かなくては。

 

素泊まりなので、夜は帯広駅まで歩き「北の屋台」で一杯。女将さんによると、外国からの観光客が激減し、人通りが一気に少なくなったとのこと。

 

冷蔵庫は無駄に開け閉めしなければ食材は大丈夫だったそうです。

 

帯広・十勝は日本の食糧庫。私が日々東京で口にしている野菜や乳製品の多くを産出しています。

北海道ホテルはパンがおいしいことでも有名です。朝食はホテルの売店でパンを買って食べました。

「小麦粉とバターが帯広で生産されるから、パンとお菓子は帯広の名物です」とホテルの人。六花亭の本店も帯広です。

 

こんなに食べ物がおいしくて、モール泉もあって、老後は帯広に移住するのもいいかも。

 

しかし、私が体験したのは、秋の3日間だけ。

そのうち厳しい冬がやってきます。もし冬に地震が起きて停電になれば、厳寒の中どうやって生き延びればいいのか。

帯広は車社会なので、車がないと生活が成り立ちません。ホテルから駅まで20分の道のりを歩いただけでホテルの人にびっくりされました。そういえば、道を歩いていても歩行者の姿をあまり見かけませんでした。

 

旅先だから、見る物すべてがめずらしく、すばらしい土地だと思えるけれど、現地で生活している人にとってみては、旅行者ののんきな感想です。

 

帯広のデパートをのぞいてみました。一番にぎわっているのは、催事場の「全国うまいものフェア」。

大阪や沖縄の名物に行列を作る帯広の人たち。「こんなに地元においしものがあるのに」というのも旅行者の勝手な感想です。

どんなにおいしい野菜やお菓子も、毎日食べたら飽きてくる。たまには違う土地の名物を食べてみたいと思うのは当然のこと。

帯広も旅先としては最高ですが、私が暮らすのはやっぱり東京しかないかもと思って帰ってきました。 

教室で垣間見る人生

世の中には欲深い人とそうでない人がいるのではなく、欲の方向性が違うんじゃないでしょうか。

「すべての欲を捨てて出家した」と聞くと、世俗を超越した立派な人みたいですが、「悟りたい」という欲が人一倍強いだけでは?

ミニマリストは物欲からは解放されていますが「自分の人生をコントロールしたい」という欲がけっこうあるのでは?

 

どの欲がいい、悪いではなく、自分の欲のタイプを知っておくことが大切です。

そうじゃないと、満足するのがむずかしくなりますから。

 

私は欲の強い人間です。そして、欲のベクトルは「知らない土地を見たい」「人の人生を知りたい」。だからフリーランスのライターになりました。取材で出張することも多かったし、人の話を聞いて記事にまとめるのですから、のぞき見趣味も全うできました。

 

プライベートでも時間ができればせっせと旅に出ています。

  

bob0524.hatenablog.com

 そして垣間見たいのは日本国内、日本人でもいいけれど、海外ならもっとおもしろい。

 

こんな私が外国人相手の日本語教師になったのですから、オーソドックスな日本語教授法をなぞるなんてまっぴらでした。

かくして、作文のクラスで「日本語の勉強」と称して、それぞれの学生の話をせっせと書かせています。

 

この夏も多くの学生がやってきましたが、中でも私の興味を引いたのは、ルクセンブルクの女子学生、アニーでした。

教室内では、特定の学生に対して露骨に興味を示さないように気を付けています。まあ、隠していると思っているのは私だけど、学生たちにはばれていかもしれませんが。

 

少女漫画の主人公のような美貌。とにかく目が大きくて、女優のエマ・ストーンに似ています。

ルクセンブルクは小国ながら国民一人当たりのGDPが世界一のリッチな国です。アニーの家も相当のお金持ちでしょう。

そして、ルクセンブルク公用語ルクセンブルク語、フランス語、ドイツ語。そしてほとんどの国民は英語も堪能です。アニーは国で日本語の個人レッスンも受けていたそうで、かなり上のレベルも相当なものです。そして趣味は乗馬。

 

「配られたカードをいかにうまく使うかを教えてくれるのが占い」という言葉があります。人生は不公平で、持って生まれた美醜や貧富、才能は努力ではどうしようもできません。でも、自分を知り、人生の流れをつかめば、しょぼいカードでもそれなりに満足できる人生を送れる。宿命は変えられないけど、運命は変えられるというのが占いの宣伝文句です。

 

アニーは18歳にして、美貌と富に恵まれ、日本語も加えて5か国語を操る才女。

ポーカーなら、ロイヤルストレートフラッシュ。すごいカードが配られている彼女の人生はどんなものなのか、私は知りたくてたまりません。

 

さすがに「お金持ちの家に美人に生まれるってどんな感じ?」は作文のテーマになりませんから「ルクセンブルクに生まれてよかったか」にしました。

アニーの作文。

ルクセンブルクに生まれてよかったと思いますが、やはり小さな国です。私は世界を見たいです。

そして「日本での最高の思い出」は、「鎌倉で見た海」。ルクセンブルクには海がないから。

瀬戸内海沿岸の街に育った私には、海なんてすぐそこにあるものなのに。

 

しばしば、人のことをうらやましいと思いますが、案外、それぞれの人生にはあまり差がないのかもしれません。

 

アニーは東京でさぞかし楽しい思いができたはずなのに、ほとんどの日はホームステイ先でせっせと日本語を勉強していたようです。

 

f:id:bob0524:20180903134218j:plain

アニーのノート。思わず撮影させてもらいました。日本の文房具が大好きという彼女は、マスキングテープやカラーペンを使って、漢字、語彙、文法と整理しています。

 

「どうして私のノートを?」と不思議がる彼女。

「写真を見ると、私のモチベーションが上がります。私も勉強しますから」 と答えました。

 

先週、アニーは帰国しました。今日もせっせと日本語を勉強しているのでしょうか。

転がる石に居場所なんてない

昔、主婦向けの雑誌のライターをやっていた時も、「居場所」というのは定番のテーマでした。夫と子供がいても、居場所がないという読者の声が編集部に届いていました。

 

その居場所という言葉が、日本語学校の作文クラスで出てきました。

書いたのは、ポルトガル人学生。

彼の出自はちょっと複雑です。お父さんはポルトガル人、お母さんは中国人。外交官のお父さんが中国に赴任した時にお母さんと知り合ったそうです。

高校時代、AFSで日本に留学したので日本語のレベルはかなり上です。

「どうして中国語じゃなくて日本語を学ぶのか」が彼の作文のテーマ。

 

学校がきらいだった。中国の学校で「ポルトガルに帰れ」、ポルトガルの学校で「中国に帰れ」と言われ続けた。日本で居場所が見つかった。

あまりにも重い内容に、どう対応していいのかわかりませんでした。

もちろん、最初からこんなに突っ込んだ文章が出てくるわけがありません。数週間にわたって私が質問やテーマを投げかけて彼が返答し、ある程度の関係ができたからこその文章です。

 

彼にとっては日本が居場所かもしれませんが、日本に生まれた日本人の私だって、日本に居場所があると胸を張って言えません。

高齢化社会になれば、生産性のない高齢者は目の敵にされ、子供も産んでなければ、社会にただ乗りしている者として、ますます白眼視されるでしょう。

 

だけど、生産性が高く社会に貢献している人だっていつ転落して、社会のお荷物になるかもしません。

 

転がる石のように。


Bob Dylan and The Band - Like A Rolling Stone (rare live footage)

バックにザ・バンドを従えた私の一番好きなバージョン。

フォークからロックに転向したディランのイギリス公演はブーイングの嵐。「ユダ(裏切者)!」とまで言われる中、ザ・バンドはディランを守る騎士たちのようだったそうです。

 

How does it feel?

To be without a home

Like a complete unknown

Like a rolling stone

どんな気がする? 

家もなくて、知り合いもいなくて、

転がる石みたいに

   

 浦沢直樹は「YAWARA!」の大ヒットでリゾートマンションを、上機嫌で中学時代から大ファンだったディランのCDをかけたところ、このフレーズが流れました。

「こんなの描いてりゃ一生安泰」から「まずいわ、今の自分」と気づき、ディランが罵声を浴びせているのは自分だ!と衝撃を受けたそうです。

 

私がこの曲を自分のことだと気づいたのは40代ぐらいだったでしょうか。

自分の限界が見えてきて、もう何者にもなれないとわかったとき。

 

だから、「どんな気がする?」とディランに挑発されても、「まあ、しょうがないでしょう。ほとんどの人は転がる石だから」と流せるようになってきました。

 

だから、外国人学生が「居場所がなかった」「居場所は日本」と書いて、それなりに反応していても、心の中で「世界中どこに行っても居場所なんてなから大丈夫」とでつぶやいています。

 

だいたい、学生から「先生」と呼ばれているものの、「いつまでこの仕事を続けられるか」と考え、教室は決して私の居場所ではないと感じています。だから毎週新しく入ってくる学生、修了していく学生相手には、そんな半分腰が引けた対応でちょうどいいんじゃないでしょうか。

 

f:id:bob0524:20180628135835j:plain

水戸藩の藩校、弘道館八卦堂もあるので易経も学んでいたのでしょうか。

昔の人は今みたいにあれこれ迷うことなく一心に学問に打ち込んでいたのでしょうか。

一口に学校といっても、求められるものはどんどん変わっていくと感じました。

 

富士山に一度も登らぬ馬鹿、二度登る馬鹿

日本語学校の作文クラス。月曜日、スイス人のルカとスウェーデン人のマイケルはいつも疲れたようすでした。

それもそのはず、彼らは週末ごとに富士山に登っていたのです。

 

なんと合計3回。

 

f:id:bob0524:20180827135045j:plain

 

どうして3回も富士山に? マイケルはまじめくさった顔で原稿用紙にこう書きました。

 

富士山に一度も登らぬ馬鹿、二度登る馬鹿。

 

私は富士山に一度も登ったことがありません。富士山は登るより眺める山だと思うから。自宅が11階にあるので、天気のいい日は富士山が見えます。西に移動する飛行機や新幹線から富士山が見えることもあり、それで満足していす。

 

こんなに何度も富士山を目にしているのに、一度も登ろうとしないのはよほどの馬鹿かも。

 

しかし、富士山は日本一の山とはいえ、登ってみるとそれほどきれいではないし、ひどく混んでいるそうです。

その富士山に二度も登るのも馬鹿、というわけですが、ルカとマイケルは三度も登るとは。

「バカの王様、キング・オブ・バカ」と言ったら、大喜びでした。

 

 日本語を学ぶ外国人学生と接していると、自分がいかに出不精で好奇心のないつまらない人間なのかと思います。スカイツリーもロボットレストランも行ったことがありません。秋葉原や池袋、中野のオタクスポットについて熱く語る彼らは、自分の国はつまらないと口をそろえて言います。

 

そして反対に私は彼らが書く異国の地に思いを馳せます。

 

ドイツの黒い森、ベルギーの運河、南仏プロヴァンスノルウェーフィヨルド、スイスの山々、イタリアのコモ湖ポルトガルの岬、メキシコのビーチ、リオのカーニバル…。私が一生行くこともない世界の名所の数々。

 

富士山には今後も登ることはないでしょうが、行きたいところには行ってみよう。

そして、気に入ったら、何回も繰り返し行ってみよう。

私にとっては見慣れた東京の風景も彼らにとってはあこがれの地。お互いないものねだりの学生と教師が日本語を通して、思いを共有しています。