翡翠輝子の招福日記

本業は女性誌の原稿書き(主に東洋占術と開運記事)。副業で外国人に日本語を教えています。フィンランドが大好き。

まずは名前をつけなくては

夏瀬杏子さんのおかげで横浜で易の読み会を開くことができました。

住所不定の生活を続けている中、こういう形で人とのつながりを実感できるのは本当に貴重な機会です。

 

読み会の前日、成り行きを占って出たのが沢地萃の二爻

放浪中の私は筮竹も持たず、服は着たきり雀。人にものを教える立場としては不安定極まりないのですが、沢地萃は人が集まる卦であり、二爻は誠意があれば質素なしつらえであっても点に気持ちが通じます。何も心配しなくていいと、展開も考えず出たとこ勝負でいくことにしました。

 

縁あって集まった方々の絶妙なハーモニー。まさに沢地萃の集いでした。

それぞれが占的と得られた卦を発表し、みんなで考えます。3年でやめてしまった日本語教師ですが、常にこういうインタラクティブな授業を目指していました。教師が一方的に知識を伝えだけなら、本を読んだりネットを見ればいいのですから。

 

3人の方の名前について検討しました。

新しい立場で仕事をするなら、それ用の屋号、名前を持っておけばすぐにスタートができます。特に占い業界。本名で占い師をやっている人はほとんどいません。

私も「翡翠輝子」を名乗るようになって、仕事の幅が一気に広がりました。

 

「どんな名前にしましょうか」「この名前でいいですか」という占的で易を立てると、どんぴしゃりのアドバイスが得られました。

 

命名の重要性について教えてくれたのがボブ・ディラン

 

bob0524.hatenablog.com

 

東洋占術でも西洋占術でも、大きな切り替わりを迎えている今、セカンドネーム、屋号、そしてプロジェクトに名前をつけることで、次々に新たな展開が広がりそうです。

 

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水戸の偕楽園の向学立志の像。

偕楽園という名前は、『孟子』の「古の人は民と偕(とも)に楽しむ」という一節からとったもの。すばらしい命名です。そして、食事や酒をともにするのも楽しいのですが、最高に楽しいのはともに学ぶことです。

3週間のアドレス・ホッピング

昨年の秋に築20年のマンションのリフォームを決意し、この春から工事が始まりました。

 工事開始日の朝、リフォーム会社の現場監督さんが来て、鍵を渡しました。

3週間の家なし生活のスタートです。

 

大きめのキャリーバッグと通勤ラッシュの電車に乗りたくなかったので、駅前のカフェで時間をつぶし、午前11時に出発しました。

 

宿泊先は予約サイトを見て、安いところを探しました。同じホテルでも曜日が違えばぐんと値段が跳ね上がるので、だいたい2日ごとに移動していきます。横浜を中心に神戸の実家、山梨の温泉などを転々としながら3週間を過ごす予定です。

 

元住吉の川崎国際交流センターのホテルは、とても助かりました。

公営のホテルなので、繁忙日でも価格が変わらないのです。夫婦で泊まって素泊まり6400円。一人3200円です。駅からは徒歩で10分ほどかかるのですが、商店街を通っていくので苦になりません。

 

家もなく日本語教師という職もなく、ホームレス状態の私にとっては、時間がつぶしやすいというのもありがたかったです。図書館や公園、レストランが併設されているし、商店街には居酒屋やカフェもあります。

 

これまで「締切に間に合うか」「週3回の授業準備が終わるか」と時間と競争ばかりしてきたのに、いきなり正反対の生活です。

 

時間がたっぷりあるので、ネットのおもしろそうな記事を見ていたら「アドレス・ホッピング」という言葉を見つけました。

  

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この市橋正太郎さんという方は、1年間で合計5カ国、52都市に住んだというツワモノです。

アドレス・ホッピングといえばかっこいいけれど、つまりは住所不定、家なし。

帰る家が定まっていないのは、いかにも心もとないようでいて、開放感もあります。

バックパックで長期旅行なんて若いうちにしかできないと思っていましたが、期せずして長期旅行に出ているような気分です。

市橋さんが「本当に必要なモノなんて、殆どない」と書いていますが、たしかにそんな気がしてきました。家に置いてあれこれ、帰ったらどんどん処分できるような気がします。

毎日会う人が違うわけですから、同じ服を着ていても問題ありません。そもそも芸能人でもないかぎり、何を着ようがあまり気にされることもないだろうから、季節ごとに2~3着ずつ、合計10着ほどの服があればいいのでは。

 

昨年末に亡くなった私の母は大型のクローゼットにぎっしり服を詰め込んでいました。パーキンソン病で体が動けなくなり、施設に入ってからはレンタルの寝巻きで過ごしました。体は一つしかないのだから、服も靴もそんなに要らないし、バッグだってどうしてたくさん欲しくなるのでしょう。

 

市橋さんはこう書いています。

Must have(必須)とNice to have(持ってた方がいい)に分けていくと、ほとんどがNice to haveに属するもので、実際これらは持っていてもほぼ使いません。

 

横浜近辺の友人とランチを食べて、東急ハンズで見つけたクリップ型のキーホールダー。「バッグの中で迷子にならない」という謳い文句と白い猫が愛らしくて思わず手に取りました。小さいものだし、買ってしまおうかと思ったのですが、いやいや、これこそ Nice to have だと、棚に戻しました。

 

アドレス・ホッピング中に切実に必要だったのは、電源とWi-Fiだけでした。

 

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わかっちゃいるけど…

今週の月曜から自宅のリフォームが始まりました。

日曜の夜はけっこう焦って家具を移動し荷物を片付け、ぎりぎり間に合いました。人間、切羽詰まらないと動かないものです。「開運のためには家の片付け、掃除」と知っているものの、本当に実行している人は少ないのでは。人を開運に導くはずの占い師なのに、汚部屋に住んでいる人も多そうです。

 

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わかっているけれど、できない(やめられない)ことがいかに多いことか。

 

4月から自由な時間が増えるのはいいけれど、どんどん自堕落になっていきそうな悪い予感がします。

 

ここ3年間は週3回の日本語学校の授業を中心に1週間の過ごし方が自動的に決まっていました。二日酔いで教壇に立つわけにはいかないと、授業前日は休肝日。学生に「遅刻してはいけません」と注意しているのに教師が遅れるわけにはいけませんから、時間のゆとりを持って、早めに家を出ていました。そして、病気で代講を頼むことにならないように体調管理も万全に。ここ数年は空前の人手不足でしたから、風邪が流行る季節には、「いい日本語教師は、教え方の上手下手以前に、風邪を引かない教師」と言われていました。

 

「学生が一人も来なかったらどうしよう」「学級崩壊したらどうしよう」といった恐れから解放され、自由で創造的な日々を送るはずなのに、部屋は荒れ放題、日の高いうちからビールをあおってだらだら過ごすようでは目も当てられません。

 

そこで習慣関係の本を読み漁っています。日々の生活を充実させるためには、いかに望ましい行動を習慣化するかにかかっていると考えたからです。

 

やめられなくなる、小さな習慣

やめられなくなる、小さな習慣

 

 

開運のためには部屋を片付ける習慣を身に着けなくてはいけません。

「部屋がきたないと運気が落ちるから、片付けなくちゃ」なんて頭で考えるようではだめです。何も考えずに自然と手が動いて片付けるようにならなくては。

この本によると、習慣化が不十分な人は、検討してばかりなのです。

 

コートを脱いで椅子の背もたれにかけてしまった。ハンガーにかけて所定の場所に収納しようか。

部屋の隅にホコリが。クイックスワイパーをかけようか。

食事が終わった。食器をすぐ洗おうか。

 

こういうことを迷わず、すぐにやること。

迷ったら、迷うのをやめてさっさと動く。3週間のホームレスが終わったら、生活を自動化するチャレンジを始めたいと思います。

 

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新しいことを始めようと決めたら、その時が船出の時。

 

水沢節(すいたくせつ)の年

昨年の12月22日、ウラナイ・トナカイでの年筮の会。

易者にとって冬至が一年の始まり。参加者の皆さんと一年の成り行きを占い、いつもスリリングな展開になります。

 

bob0524.hatenablog.com

 

まず見本として私が自分の年筮を立てるのですが、出たのが水沢節(すいたつせつ)の三爻でした。

易の卦は戒めとして出ることが多いのですが、私は「節度」とか「節制」から程遠い人間です。

真っ先に思い浮かべたのが「節酒」。飲みだしたらとことん飲んでしまうので、ほどほどにしておけという易神からのアドバイスだと思いました。

  

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小倉の角打ちに張ってある戒め。「自分の適量にとどめよう」がむずかしい。

 

 

水沢節は地味な卦だと思ったのですが、年明けから意外な展開となりました。

  

1月下旬、母の四十九日法要へと向かう新幹線で日本語教師の休職を決めました。昨年の冬至では思っても見なかったことです。

 

水沢節の「節」は竹の節。人としてのけじめを指します。三だから三年目でけじめをつけるということでしょうか。後付けならどんな占いでも当たるという典型的な例であり、易神が年筮を通して伝えようとしたのに、私が読みきれなかったのです。

 

本業の原稿書きは続けるものの、連載を持っている雑誌が休刊になるかもしれないし、その前に連載が打ち切りになる可能性もあります。一昔前までは単発で仕事を依頼されることも多かったのですが、こちらのほうも減っています。

 

雑誌や書籍の全盛期でもフリーランスのライターで60代より上の人はあまり見かけませんでした。時代的にも年齢的にもリタイアに向けてギアを切り替える節目の年だったのだと思います。

 

日本語教師の仕事は楽しい反面、苦しいこともたくさんありました。水沢節は自堕落な人には節度を保てと戒める卦ですが、苦労ばかりしている人にはほどほどのところで手を引いたほうがいいというアドバイスにもなります。この3年間はまさに苦節3年でした。

 

夏瀬杏子さんが易の読み会を開いてくださることになりました。

  

natsuseannco.com

 易の理論を学ぶというより、実占例を一緒に検討する会です。易は一生かけても学び尽くせるものではありませんから、これからは心置きなく易と取り組むことができそうです。

生き延びるための物語

アガタ・クリストフの三部作『悪童日記』『ふたりの証拠』『第三の嘘』を一気に再読しました。

 

悪童日記 (ハヤカワepi文庫)

悪童日記 (ハヤカワepi文庫)

 

この半年間、ハンガリーから来た学生に日本語を教えていたので、もう一度読んでみようと思い立ちました。

 

彼から「ハンガリー人の名前は日本と同じでファミリーネームが先」と教えてもらいました。だったらクリストフ・アゴタとなるところですが、1956年のハンガリー動乱でスイスに逃れ、母語ではないフランス語で執筆しているため、アゴタ・クリストフと名乗っているそうです。

 

もともとこの本は、若い頃に勤めていた広告制作会社の同僚のデザイナーが、「重すぎて読み進められない」と譲ってくれたものです。

たしかに、きつい内容です。

 

具体的な時代や地名は書かれていませんが、第二次大戦中のハンガリーの国境の村でしょう。

双子の男の子が主人公ですが、読み進めていくうちに果たして本当に双子なのか、空想上の存在なのか混乱します。

 

アガタ・クリストフはスイスで工場勤務や店員、歯科助手として働きながら文筆活動を始めます。当初はハンガリー語で書いていたのですが、出版の可能性がないためフランス語で書くようになりました。

 

カズオ・イシグロは幼少時に渡英し、日本語を忘れ英語が第一言語となりましたが、アガタ・クリストフがハンガリー動乱でスイスに逃れたのは21歳の時です。母語でないフランス語を使ったため、少々ぎこちない文体となり、フランス人には独特の印象を与えたそうです。

 

若いハンガリー人の学生はアガタ・クリストフを知りませんでした。彼の家はハンガリーでホテルを経営し、貴族の血を引くとのこと。動乱の中でも上層の地位を維持したハンガリー国民にとっては、母国だけでなく母語も捨ててしまった作家は封印すべき対象なのかもしれません。

 

祖国ハンガリーとの別離の傷みをこの小説で述べようとしたとアガタ・クリストフは語っています。

彼女にとっては、過酷な人生を生き延びるためにどうしても書かなくてはいけない物語だったのだと思います。

 

再読となると、主人公の双子以外の人物にも目が行きます。

 

双子がよく紙やペンを買いに行った本屋の主人、ヴィクトール。

若い頃の夢は作家になること。姉によく本の話をして、姉はヴィクトールの才能を信じます。ところがヴィクトールは夢を忘れます。50歳になり、このままででは永久に本が書けないと思い、本屋を売って故郷に帰ることにします。

 

すべての人間は一冊の本を書くために生まれたのであって、ほかにはどんな目的もないんだ。天才的な本であろうと、凡庸な本であろうと、そんなことは大した問題じゃない。けれども、何も書かなければ、人は無為に生きたことになる。地上を通り過ぎただけで痕跡を残さずに終わるのだから。

 

結果的に本は書けず、酒と煙草に溺れたヴィクトールは悲劇的な最期を遂げます。

 

最初に読んだ時は50歳なんてまだ先のことだと思って読み飛ばしていたのに、私もヴィクトールみたいなものだと苦笑してしまいました。

そして、アガタ・クリストフは困難の多かった自分の一生の痕跡を残すために、どうしても三部作を書かざるを得なかったことが伝わってきます。

 

本は書けなくても、こうして渾身の力を注いで書かれた本を自由に読めるのは、なんてすばらしいことだろうと思います。

  

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 熊本の橙書店。村上春樹の紀行文で知りました。店主の気に入った本しか置いていません。こういう形で本と関わるのもすてきです。