翡翠輝子の招福日記

本業は女性誌の原稿書き(主に東洋占術と開運記事)。副業で外国人に日本語を教えていましたが、2019年3月で卒業。フィンランドが大好き。

人生を変えた読書 呂不韋と高島嘉右衛門

来年に思いを馳せると、自分の運気より株式市場の動きが気になります。来年は市場が冷えそうな庚子(かのえね)の年。下がった時に株を買い、高値に転じるのを待つわけですが、タイミングを読むのは本当にむずかしいものです。

 

株をやっているなんて、あまり大っぴらに言わないほうがいいのでしょう。

映画『ジョーカー』で地下鉄でジョーカーに撃たれた3人組は、トーマス・ウェインの会社に勤めるサラリーマンですが、字幕には「wall street men 3」とありました。アメリカは日本より株式投資が浸透しているはずですが、額に汗することなくクリック一つで儲ける行為に対して根強い反感があるようです。

 

それでも、資本主義社会では、お金を回さないと生きていいけません。

占い学校で「東洋占術で開運したかどうかのバロメーターは、財をどれだけ成したか。あるいは古代中国だったら科挙の合格と出世」と聞きました。本当の幸せとか、心の満足、清貧とか、そういうのは一切考えない。身も蓋もないと思いつつ、痛快でした。

 

それまで西洋かぶれで生きてきた私はすべてが新鮮で、湯島聖堂の講座にも足を伸ばすようになりました。そして「陰陽五行思想の原理と応用」という講座で『呂氏春秋』を知ったのです。講師は日本女子大学の谷中信一先生です。

 

呂氏春秋』は中国の戦国時代末期、秦の呂不韋が学者を集めて編纂させた書物で、各季節に対応して人々がやるべきことが記されています。これは東洋占術の記事を書く際のネタが満載です。

呂不韋という人物に興味を持って読んだのか、この本。小説だから読みやすく、占いの大家も登場します。  

奇貨居くべし (飛翔篇) (中公文庫)

奇貨居くべし (飛翔篇) (中公文庫)

 

一商人から秦の宰相にまでのぼりつめることができたのは、呂不韋が「奇貨(掘り出し物)」を見抜く目を持っていたから。

有力な宰相に取り入って大きな利益を得ていたところ、政変が起こり官立の倉庫に預けていた荷がすべて官のものとなり、大きな損害を受けます。「大損害だ」と肩を落とす部下に呂不韋は「たまには大損もよい。大きく捨てなければ、大きく得られないということもある。危機を、好機の入り口とみなす心胆の目が必要だ」と諭します。呂不韋が単なる商人で終わらず、次への一歩を踏み出す前の台詞であり、ぐっときました。株式相場が大きく揺れる時、このことばを思い出します。私も最終的には自分のためだけでなく社会のために財を動かしたいものです。

 

そして、易の先生が教えてくれたのがこの本。

 

大予言者の秘密―易聖・高島嘉右衛門の生涯 (角川文庫 緑 338-57)

大予言者の秘密―易聖・高島嘉右衛門の生涯 (角川文庫 緑 338-57)

 

作者が推理小説家の高木彬光氏ですから、とても読みやすくなっています。

明治の易聖・高島嘉右衛門の本業は材木商。地震による大火直前に材木を買い占めて大儲けし、翌年の台風で負債を背負う。その後、今でいう「外国為替管理法違反」で投獄。明治維新後は実業家として横浜を近代都市へと変貌させる一方、易で政治のアドバイスも行う。

 

こうした本を読んでいるうちに、単に占いのロジックを学ぶだけでなく、私も「財」を回してみたくなりました。私は四柱推命で「財」の気を余るほど持っていますし。

といっても商売を手に出すのは大変だし、昔の占い修業のように競馬場に行って賭けるのも気が進みません。

というわけで株式投資に落ち着きました。べつにネットにかじりついているわけではなく、買ったら基本的に長期保有。市場が大きく動いた時だけ、買ったり売ったりしています。

 

株式投資は誰にでも勧められるものではありませんが、スケールは小さくても「財」を介して世の中と関わっているという感覚は私にとってかけがえのないものです。

 

天国に住むと人間がだめになる

糸魚川から金沢へ、北陸新幹線を使えば50分ですが、「越後トキめき鉄道」と「愛の風富山鉄道」を乗り継ぐと2時間47分の旅。先を急ぐ旅でもないし、車窓を楽しみながら西へと向かいました。

 

金沢の宿はドーミイン。ビジネスホテルの最高峰。

観光シーズンの人気都市では、シティホテル並みの強気の価格設定となりますが、金沢は北陸新幹線の延伸により、ホテルが次々と開業し供給過多状態。リーズナブルな価格で泊まれます。

 

ドーミインがすばらしいのは、ビジネスホテルでありながら温泉を併設しているところ。しかも、サウナと水風呂も完備しています。

ビジネスホテルの利用客は男性が大半だろうに、女性にもサウナと水風呂があるのは本当にありがたいことです。サウナブームですが、上野の北欧スパ、笹塚のマルシンスパ、札幌のニコーリフレ、名古屋のウェルビーなど名店として知られるサウナは男性専用のところが多いのです。 

 

ドーミインを展開しているのは共立メンテナンス。温泉旅館などのリゾート事業、レストラン、学生寮や社員寮など幅広く事業を展開しています。日本株の先行きが不透明で、一度すべて手放してアメリカ株にシフトしたのですが、共立メンテンナンスは実際に利用してみて、これだけのノウハウがあれば生き残るだろうと買い直しました。

 

金沢ドーミインにチェックインし、温泉、サウナ、水風呂を満喫。露天風呂と外気浴スペースが壁で仕切られている独特の設計が気に入りました。

すっかり気持ちよくなったところ、午後7時からは1階のレストランでアルコール、ソフトドリンクの無料サービスが始まります。これまで、湯上りのスペースでビール1杯サービスというドーミインはありましたが、金沢はホテルが乱立しているので飲み放題にしたのでしょうか。

湯上りの部屋着、スリッパのままで行ける気軽さ。愛想のいいスタッフが「どれでも好きなだけ飲んでください」と席に案内してくれます。周りを見渡すと、駅かデパ地下で買ってきたお弁当やおつまみを広げているグループも。観光客向けの気取った店で食べるよりずっと楽しいかも。

 

部屋に戻って休んだら、9時30分からは夜鳴きそばのサービス。あっさりしたハーフサイズの中華そばです。全国どこでも同じ味なので、わざわざ金沢で食べることもないし、この時間の炭水化物は控えるべきなのですが、酔った勢いで1階へ。 f:id:bob0524:20191205171012j:plain

 

「旅の宿はシティホテルや高級旅館じゃなくちゃ」という高級志向の方もいるでしょうが、私にとってはドーミインが最高。全国どこでもドーミインにさえ泊まれたら後は何も要りません。天国のようなところです。

 

だからといって、天国にずっと暮らすのはちょっと…。温泉に入って好きなだけお酒を飲んで夜更けにラーメン。そんな生活を続けたら人間がだめになってしまいます。天国はたまに、あるいは死後に行くから、ありがたいところなんでしょう。

 

糸魚川の翡翠は、糸魚川に

翡翠輝子を名乗るようになって、日本国内唯一の翡翠の産地である糸魚川にはぜひ行ってみたいと思っていました。

2016年に糸魚川で大規模な火災が発生。午前10時に出火、日本海の強風にあおられてあっという間に燃え上がり、翌日の夕方まで30時間燃え続けたそうです。

自然災害ではない火災でこれほど大きな被害はめずらしいのではないでしょうか。

火災があった地区を歩くと、新しい家も立ち並び、かなり復興していました。

 

糸魚川温泉ひすいの湯」へ。お隣の姫川駅から徒歩5分。大糸線の本数が少ないのですが、バスも走っていました。フォッサマグナから湧き出るお湯がすばらしいし、サウナと深い水風呂をも完備。雄大な山と川が広がる露天風呂には外気浴のスペースもあります。

 

観光案内所の人はもちろんのことですが、ひすいの湯の人たちもホスピタリティあふれていました。受付のおじさんも愛想よく館内の案内をしてくれるし、閉店時間が2時だと知らずに軽食コーナーに行ってしまったのですが、こころよく生ビールやつまみを出してくれました。

 

糸魚川駅には「ヒスイ王国館」という観光物産館が隣接しており、せっかく翡翠の産地に来たのですから、何か翡翠を買おうかと売り場を見て歩きました。食べ物以外のお土産を買わない旅を実践しているけれど、特別な機会ですし。しかし、いいなと思ったものはけっこうなお値段です。

 

その時ふと思い出したのが『ムーミン谷の彗星』。

ガーネットの谷でガーネットの美しさにうっとりし、一つでもたくさん持って帰ろうとしたスニフ。だけど、オオトカゲににらまれ、せっかく拾ったガーネットを落としてしまいます。
がっかりしているスニフに、スナフキンはこう言います。

「自分で、きれいだと思うものは、なんでもぼくのものさ。その気になれば、世界じゅうでもな」
「ものは、自分のものにしたくなったとたんに、あらゆるめんどうが、 ふりかかってくるものさ。運んだり番をしたり…。ぼくは、なんであろうと、 見るだけにしている。立ち去る時には、全部、この頭にしまっているんだ。 そのほうが、かばんをうんうんいいながら運ぶより、ずっと快適だからねぇ…」

 

ヒスイ王国の入り口には巨大な翡翠の原石が飾ってあるし、駅前のヒスイロードにも勾玉やオブジェがごろごろあります。この地だからこそ翡翠も輝くのであって、東京に持って帰っても意味がないのでは。スナフキンのいう通り「糸魚川という翡翠の街がある」ということは頭にしまったし。

 

糸魚川で一泊し、翌日は「えちごトキめき鉄道」と「愛の風富山鉄道」を乗り継いで金沢へ。電車の発車までヒスイ王国館のカフェへ。閑散としていてお客より働いている人のほうが多い状態。コーヒーはとてもおいしかったし、カップやトレイも素敵でした。

 

f:id:bob0524:20191201185842j:plain

ヒスイ王国館で買った糸魚川名物の笹寿司を「えちごトキめき鉄道」で食べました。山菜や卵焼きの素朴な味。今回の旅で一番、買ってよかったものです。

 

2020年は60年に一度の庚子(かのえね)の年

一般に十二支といえば年賀状のデザインに使うぐらいで12年で一回りですが、東洋占術では甲乙丙丁…の十干と組み合わせの60パターンで一回りです。

 

天干地支の組み合わせでいつも例に出すのは阪神タイガースの甲子園。完成した1924年は甲子(きのえね)で六十干支のトップバッター。もし工事がずれこんでいたら乙丑園となり、あまりかっこよくありません。 

 

そして同じ子の年でも2020年は庚子(かのえね)の年。

 

毎年、この時期にこの本を取り出します。去年の己亥(つちのとい)は、株価はぎりぎり持つかもしれないけれど、庚子では危ないかもしれないと予測しました。

新装版 干支の活学 (安岡正篤人間学講話)

新装版 干支の活学 (安岡正篤人間学講話)

 

 昭和38年の癸卯(みずのとう)から昭和55年の庚申(かのえさる)までの講演記録です。前回の庚子は昭和35年なので収録されていませんが、庚の年(昭和45年、昭和55年)、子の年(昭和47年)を読めば、だいたいイメージがつかめます。

 

まず天干の庚。木火土金水の五行では陽の金にあたります。庚は「改める」「改まる」という意味があり、陰の金である辛(かのと)が革命(revolution)なのに対し、庚は進化(evolution)。そして地支の子は、「増える」という意味。古代人が家に住むようになって、一番増える動物は鼠だったから、十二支の子は鼠に当てられたのだろうと安岡正篤は考察しています。

 

となると庚子の年は、進化が後戻りできません。古いものにしがみついていても、逃げ切れず溺れてしまうイメージ。

 

60年前の庚子、1960年は安保闘争で社会は大揺れでしたが、経済は好調。1958年からの岩戸景気で経済成長率もGNPも二桁増でした。日本株も平均で56・1%増。池田内閣が「所得倍増計画」を掲げたのもこの年です。

しかしこれらは、日本という国が成長段階にあったから。同じ庚子が巡ってきても、今の日本の状況とはまったく違います。

 

高齢者ばかりの国になって、日本は衰退する一方。ここに庚子はかなりきついんじゃないでしょうか。というのも、五行の水は潤下の質を低きに流れ、どうしても株価の下落を連想してしまうからです。しかも上に乗っている庚は金ですから、金生水(きんしょうすい)でますます水が増えます。8月は申(さる)の月ですから、子申半会で水の勢いはさらに強まります。

 

高度成長期なら、水のあまねく下々まで潤すという性質から、みんなが豊かさに手が届きましたが、今の日本では水の持つ冷たさ、暗さといった性質のほうが強く現れるのでは。 

 

「日本は経済大国で技術力が高く、伝統文化からアニメやゲームまで文化もユニークで、世界からあこがれる国」と信じていたいのですが、そろそろ化けの皮がはがれるのが庚子の年。そう思うのも、8月に東京オリンピックがあるからです。

 

オリンピックの立候補ファイルに東京の8月は「温暖で理想的な気候」とあり、当時の都知事は「プレゼンテーションはそんなもんでしょ」と言い放ったと知って愕然としました。そんないい加減な姿勢で都民を巻き込んでいたとは!

 

オリンピックより先に取り組まなくてはいけない課題が山積しているのに、適当にごまかして招致。奇跡的な冷夏が来ない限り、屋外競技では熱中症の患者が続出し平和の祭典どころか地獄絵図になるのでは。ラソン競歩はさすがに危険だから札幌開催となりましたが、外圧によるものです。

 

これまで「有事の円買い」と言われ、世界的な大事件が起こると円高になっていました。私は今年の春まで教えていた日本語学校には、日本にあこがれて来日する欧米の富裕層の子弟はたしかに存在していました。

しかし、オリンピックによって不誠実な政治家と事なかれ主義の国民というイメージが世界に拡散すると、日本の国力は衰えます。

 

一緒にウラナイ8をやっている、みずまちゆみこさんが「株価は感情で動き、西洋占星術の水の領域」という占いの先生の言葉を教えてくれました。

金融理論を極めるより、理詰めでは説明できない世間の雰囲気をキャッチするほうが株式市場で成功する可能性は高くなります。庚子の年は日本の衰退の実態が世界に知られて日本円の価値はぐっと下がると私は読みます。

 

f:id:bob0524:20170610122846j:plain

那覇の福州園の子の像。

 

玉紀さんのインナーチャイルド射手座新月の会に参加して、のんきにJALのマイル修行をカミングアウトできたのも、今年が己亥(つちのとい)で己がなんとか踏ん張ってくれたおかげです。

二重窓設置でようやくリノベ完了

築20年のマンションをこの春にリノベしました。

女性誌に風水の原稿を書いて、住環境の重要さを説いているのですから、自分の思い通りに改造してみようと思ったのです

 

bob0524.hatenablog.com

 

ちきりんのリノベ本を読んで二重窓は必須と知ったのですが、役所の助成金を受けるとなるとかなり時間がかかりそうです。窓の工事だけなら住みながらできるから、後で行うことにしました。家なしの放浪生活はさすがに3週間が限度だったので。

 

徹底的に考えてリノベをしたら、みんなに伝えたくなった50のこと

徹底的に考えてリノベをしたら、みんなに伝えたくなった50のこと

 

 

4月に自宅に戻り、専門のガラス屋さんをネットで探しました。同じ区内にあるのは、ガラス窓が割れた場合の緊急処理というところばかり。リノベが終わったばかりなのでリフォーム会社に頼むのも気が引けます。

そこで、ガラスメーカーのサイトも参考にして隣の練馬区のガラス屋さんにお願いすることにしました。

 

3LDKを1LDKにしたので、光熱費の高騰が気になります。酷暑になる前に二重窓にしたかったのですが、それは甘い見通しでした。

 

役所の助成金は申請から交付までおそろしく煩雑で時間がかかるのです。

 

まず、区役所の受付で心が折れました。

受付には二人の職員。「二重窓の補助金申請の受付はどこですか」と聞くと「そんな申請は聞いたことがない」と言うのです。杉並区のネットでたしかに見たのに。女性たちの手元にパソコンがあるので「それで調べてもらえませんか」と頼んでも断られました。

しかたがないので、職員の目の前で自分のスマホで調べました。環境課の環境活動推進係です。「これです」と案内の担当者に見せると「ああ、低炭素化推進ですね。最初からそうおっしゃってくれればいいのに」と言い返されました。老害クレーマーにだけにはなりたくないと思っているので、嫌みをぐっと飲みこました。時給で働く非正規公務員かもしれませんし。

 

環境課の職員はとても親切で、東京都の助成も同時に受けられると教えてくれました。しかし、書類をもらうだけですっかり消耗。とても無理だとあきらめていたのですが、工事をお願いしたガラス屋さんが代行手続きをやっているとのこと。税金や登記の書類はこちらで集めなければいけませんが、役所に行かなくていいだけで大助かりです。

 

申請して認可されるまで工事に着手できないので、夏にはとても間に合わず、工事は11月となりました。

 

寒暖差が激しい国でアルミサッシの窓を使っているのは先進国で日本だけだそうです。

 

今月はJALの「どこかにマイル」で北海道を旅しました。観光客の減る時期なので北海道が候補地にたくさん出るのでしょうが、温泉と居酒屋巡りなら積雪前の11月は北海道観光のベストシーズンです。しっかり断熱された室内は、外の寒さとのコントラストから快適そのものです。

年末年始には断熱大国のフィンランドからの客も迎える予定です。冬が来る前に工事が完了してほっとしています。

 

f:id:bob0524:20191113170953j:plain

11月でさえ朝夕は内側の窓を開けると、空気の冷たさにびっくりします。飛行機で移動ばかりして、グレタさんには申し訳ないのですが、空席利用の「どこかにマイル」だし、二重窓で地球温暖化防止に貢献できるので少しは許してもらえるんじゃないでしょうか。