翡翠輝子の招福日記

本業は女性誌の原稿書き(主に東洋占術と開運記事)。副業で外国人に日本語を教えています。フィンランドが大好き。

易神降臨 2018年夏至の易講座

本業の雑誌のライター業を安定させるために、東洋占術という専門分野を持ってから十数年がたちました。

占い修業のために横浜の中華街で鑑定してみたり、占いイベントを立ち上げてみたり、あれこれやっているうちに天海玉紀先生と知り合って意気投合。そして玉紀先生のお弟子さんの夏瀬杏子先生と易のプライベートレッスンを始めることになりました。

 

風水、四柱推命九星気学といった東洋占術の中でも最も心惹かれるのは易です。

西洋かぶれで心理学を専攻した私にとって、ユングが傾倒した易を学ぶのは本望でした。

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易の道は果てしなくて遠くて深い。人に教えるなんてとんでもないのですが、玉紀先生のおかげで毎年の冬至にウラナイ・トナカイでの年筮講座を担当することに。

 

そうした流れで、今年の夏至は易の基礎から学ぶ講座を開催しました。

杏子先生からお話があったのは、2月。その時は少し及び腰でした。夏至はまだまだ先だし、受講者が集まらなくて流れたらそれはそれでいいというのが本音。

 

しかし、奇特な方々が集まり、開催が決定。午前11時から午後4時までの長丁場で、いったいどうするんだと自分に突っ込みながら、構成を考えました。

 

日本語教師の経験から、知識を一方的に伝えるような講座にはしたくありませんでした。

本やネットで情報を入手できる時代です。「この卦はこういう意味です」みたいな説明をしてもあまり意味がありません。

 

易の神様は、教えを乞う人のレベルに応じてメッセージを送ってくれます。

依り代として筮竹の一本を立て、「私はここにいます。どうかここに降りてください」という願いが通じたような場面が講座中に何度もありました。

 

この感覚を忘れずに、これからも易の勉強を続けていきたいと思います。

 

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ハノイ孔子廟孔子は西洋ではConfuciusと呼ばれています。

逆トム・ソーヤにならないように

毎日、何かに追われているのは、すぐやらずに「ま、いいか、明日やれば」とずるずる先送りしているから。

その悪癖を直すためにライフハック系の本をあれこれ読んでいます。

 

とても読みやすく、ヒント満載の本でした。

 

トム・ソーヤのペンキ塗りのエピソードが紹介されています。

ペンキ塗りを言いつけられたトム・ソーヤ。本当は面倒でたまらないのに、あえて楽しそうに仕事にとりかかります。

すると友達が「自分にもやらせて」と頼んできます。しめた!とばかりにすぐ交代するのではなく、「こんな楽しいこと、人にやらせたくない」ともったいぶって、次々と貢物が集まり、ついには行列が。

十分な人員が集まったところでトム・ソーヤはペンキ塗りを友達に任せることにしました。

 

「同じ行為でも、面白いと感じることもできるし、面白くないと感じることもできる」というのがこの本の教えです。

 

つまらない作業も「楽しい!」と思い込めば、先送りすることが少なくなります。

 

日本語学校の作文クラスの準備、この逆をやっていました。

好きで始めた仕事なのに、いつのまにか重荷になっています。

 

思えば、昔から私は外国好きでした。

中学の同窓会で「外国人に日本語を教え始めた」と言うと、元同級生に「修学旅行で九州に行った時、アメリカ人の旅行者に話しかけていたよね。ぴったりの仕事だと思う」と言われました。つたない英語でも、実際にアメリカ人に通じたことがとてもうれしかったのを覚えています。

毎週、外国人に囲まれて「先生」と呼ばれている。40年後にそんな仕事をしていると中学生の私が知ったら、小躍りして喜ぶことでしょう。

 

しかし、現実には、学生が書いた作文の束を前にして「あー、面倒くさい」と思うことも。繁忙期になって学生の数が増えると、やたらと時間がかかるし「こんな仕事、始めるんじゃなかった」と後悔します。

 

そもそも日本語教師になったのも、本業である雑誌の原稿書きが少なくなって暇を持て余すのがいやだったから。そして、どうせ働くなら外国人相手の仕事がいいと思って選びました。

それなのに、3年目を迎えて初心を忘れてしまい、外国人とのコミュニケーションという楽しさを忘れてしまっています。

 

40年前の学生時代、メールなんてありませんでしたから、外国人とペンフレンドになって手紙を交換している人もいました。外国人と交流したいものの、英語を書くのが面倒で手を出さなかった私。

日本語学校なら、外国人のほうが日本語を使ってくれます。面倒だなんて思ったら罰が当たります。

 

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 東洋占術では、五行の「木」が外国や遠方を司ります。自然界では「風」。外部の風が入ってこない閉鎖的な状況では、気がよどみます。

教室という名の酒場

夏の訪れとともに、私が勤める日本語学校は繁忙期を迎えます。

日本人学生が夏休みを利用してアメリカやイギリスに短期語学留学する逆バージョンで、世界中から学生が東京にやって来ます。

 

私が教えるのは選択科目の作文クラス。

時々、教師というより、酒場の女将をやっているような気になります。そういえば、この学校で教え始めた頃に受けた研修は「カスタマー・サティスファクション」でした。外資系の学校で、教育をサービス業と位置付けているようです。

 

クラスがつまらないと学生はさっさと選択科目を変えます。

駆け出しの頃は、「そのうちだれも来なくなってクラスが消滅するんじゃないか」と心配しました。客が来なければ酒場はつぶれます。

教員室にいると、さっき教えた学生が別のクラスへの変更手続きにやって来て、平静を装っているものの、内心は大いに傷つきます。

反対に、クラスが好きになって友達を連れてくる学生もいます。

長期生で気の合う学生がいると、常連客となり、新入りを手助けするなど、クラスの雰囲気がぐっとよくなります。「ここでは、自分のペースで書いていいんだ。質問も自由」というのびのびした空気ができれば、外国語で文章を書くというストレスも少しは軽減されます。

たまに上司や外部のクラス見学があると、あたかもテレビ局の取材を受ける飲食店のように、学生はさも熱心そうに取り組みます。ふだんはめったに質問しない学生まで次々と手を挙げて、「質問の順番待ちをしている時間をなんとかするように」と注意を受けたこともあります。

 

学生の反応に一喜一憂していると消耗するので、「酒場に客が来る日もあれば来ない日もある」と考えるようにしています。

 

先日、NHKの『プロフェッショナル仕事の流儀』で銀座のクラブのママの仕事ぶりが取り上げられていました。

その日に店に来たお客さんにお礼のメールを書くのに、毎日、数時間を費やしているそうです。私も同じ。学生の日本語を読み、日本語のレベルと個人の興味に合わせて、次のクラスに渡す質問やメモを作成します。

 

どの客(学生)も、大勢のうちの一人ではなく、個性がある存在。それを認めてもらえないのなら、高い金を出してお酒を飲みに行くこともないし、わざわざ選択クラスで勉強することもありません。

 

週に2回の作文クラス。客が来なくなれば、閉めればいい。客が来る限りは、店を開けよう。そんな気持ちで続けています。

  

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弱いつながりを広げたい

自己啓発本だと思って読み始めた『習慣の力』。 

習慣の力 The Power of Habit (講談社+α文庫)

習慣の力 The Power of Habit (講談社+α文庫)

 

 

意志力は筋力のようなもので、使えば使うほど消耗します。だから、日常生活はなるべくルーティン化し、意志力を温存するべきです。

たとえば、掃除。「面倒だけど掃除しなきゃ。今日はどこを掃除しようか…」と決めるだけで意志力を消耗します。毎日、一週間、一か月、一年といった単位で掃除をルーティン化しておき、迷う前に体が動くようしておくといいでしょう。

 

そういった具体的なノウハウも得られるのですが、それ以上に学ぶべきことが詰まった本でした。

 

1955年のアメリカ、アラバマ州モンゴメリー

デパートで縫製の仕事を終えて帰路についたローザ・パークスはバスに乗ります。

当時は白人が前部席、黒人が後部席、その中間の席はどちらの人種も座っていいことになっていました。ローザ・パークスは中間席に座っていたところ、後から乗ってきた白人男性に席を譲るように運転手に言われます。

 

席に座り続けたローザ・パークスは警察に逮捕され、これが公民権運動の震源となりました。

ローザ・パークス以前にも公共交通での人種隔離法に違反して投獄された黒人はたくさんいます。

 

なぜローザ・パークスだけが時代を動かしたのか。

それは、彼女が数十もの社会的な組織のメンバーだったから。人種や経済状態を超えた知り合いがたくさんいたのです。

一般的には、収入や生い立ちが似ている人と友達になることが多いのですが、ローザ・パークスは農民から大学教授まで、あらゆる階層の人々とつながっていました。

そして、彼女と直接知り合っている人から広がったゆるいつながりがバスのボイコットへと発展し、アメリカの社会を変える大きな運動となっていったのです。

 

強いつながりがあれば、いつでも助けてもらえると思いがちです。でも、実際には弱いつながりが力を発揮するのです。強いつながりが閉鎖的なのに対し、弱いつながりは新しいネットワークをもたらすからです。

 

高齢になるとともに、物だけでなく人間関係も断捨離すべきだと思っていました。

人付き合いはわずらわしいことが多いので、本当に気の合う少数の人を厳選するつもりでした。

でも、いくら人数を限定したところで深いつながりはエネルギーを消耗します。それよりも、気を遣うことなく自由につながったり離れたりできる弱いつながりを広げようという気になってきました。

損得勘定は抜き。「私がこれだけやってあげたから、あなたも返してほしい」と期待するのではなく、あげっぱなしでもいいし、そのまま縁が切れてもいい。

私が死んでも知らせる必要はないし、偶然知ることがあれば「そう言えばあの人、この頃見かけなかった」と、ちょっと思い出してもらえるだけで十分です。

 

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昨年訪れた草津温泉のレトロな郵便ポスト。今では友だちに郵便を出すという習慣もすっかりなくなりましたが、その代わりに新しいコミュニケーション手段が次々と生まれています。

さまざまな形で世の中に貢献できる

人生は習慣によってできています。

 

習慣の力 The Power of Habit (講談社+α文庫)

習慣の力 The Power of Habit (講談社+α文庫)

 

 

 第一章に習慣と脳の研究に大いなる貢献をしたユージン・ポーリーというアメリカ人男性が登場します。

ユージンはウィルス性脳炎によって、思考に関わる部位が大きく損傷しました。

日付がわからないし、息子や友人も忘れてしまう。朝ごはんを食べても、また同じことをする。年齢を聞かれると「50か60かな」と答えるけれど、本当は70歳。

 

これではまともに生活もできませんし、周囲の介護負担はものすごいものでしょう。

しかし、ユージンは社会のお荷物ではなく、神経解剖学の教授がユージンを調べることで人間が複雑な習慣を身に付けるための神経メカニズムを解明するために大きな役割を果たしたのです。

 

一口に習慣と言っても、それは何十、何百もの細かい作業の積み重ねです。

運転に慣れている人なら、ガレージから車を出すのは何も考えずにできる簡単な習慣ですが、実際に書き出してみると、とんでもなく複雑です。

ガレージを開ける、車のロックを解除する、キーを差し込む・回す、バックミラーとサイドミラーで障害物の確認、ギアを入れて、道路を行きかう車に目を配り、アクセルやブレーキを踏む…。

 

自分の年齢さえも忘れてしまうユージンが一人で散歩に出るようになり、新しい行動パターンがどのように作られるかが解明されていきます。

 

本題からはそれますが、私はユージンの生きる姿勢に感銘を受けました。

心臓発作で緊急入院した際、ユージンは寝返りを打てるように胸につけられたモニターを何度もはずします。「センサーをはずさないように」と注意されても、ユージンは注意されたこと自体をすぐに忘れてしまいます。

ユージンの性格を知っている娘はナースに彼をほめるように頼みます。「その装置をつけることで、科学にすごく貢献しているのよ」と。ユージンは機嫌がよくなり、スタッフの頼みを聞くようになりました。

 

死後、ユージンの脳の画像は数多くの研究所や大学で研究されています。彼の妻はこう語ります。

「自分が科学界に大きな貢献ができたことを、夫は誇りにしたはずです。彼は結婚後すぐ、何か大きなことを、世の中にとって重要なことをいたいと言っていました。それが現実になったのです。ただそのどれも覚えていないというだけです」

 

認知症高齢者も、感情は持ち続けていると言われています。

頭も体も衰えて、何もできなくなった時も、自分が誇りに思えることがあればいいのですが。

 

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昨年の梅雨の合間に訪れた沖縄。