翡翠輝子の招福日記

本業は女性誌の原稿書き(主に東洋占術と開運記事)。副業で外国人に日本語を教えています。フィンランドが大好き。

いつでも人を招ける部屋を目指す

この春は、我が家にホームステイしたヘンリク君だけでなく、日本語学校のかつての教え子が次々と来日しました。

南米は遠いイメージがあったのですが、パナマやチリから再び来日する学生も。

ジェシカは日本の大学への進学を考えていて、お母さんと一緒に下見のために来日。漫画好きでとても熱心な学生だったので、よく覚えています。

悲しそうな顔をして「先生、今日は書けません」と言った日がありました。飼っている猫が亡くなったと本国の家族から連絡があったそうです。

「その猫のことを書いたらもっと悲しくなるかな。でも、天国に見送るつもりで書いてみたら…」とうながすと、少しずつ愛猫との思い出を書きました。

「私は覚えています、ジェシカの猫が亡くなった日のことを。ジェシカは本当にかなしそうでした」とお母さんに言うと、

「日本のジェシカに伝えるかどうか迷ったんです。せっかく留学しているのに、と。でも黙っていて、国に帰ってから知るのはよくないと思って」とお母さん。

 

台湾のユーシェンは、大学の同級生2人一緒に日本観光にやって来ました。泊まっているのは我が家の近所のエアビーアンドビーだというので、最寄り駅で待ち合わせました。

日本語学校の学生たちは、けっこうエアビーアンドビーを活用し、満足度もかなり高いようです。日本で民泊なんて定着しないと言われていましたが、着実に時代は変わっています。

6時に待ち合わせて、晩御飯を食べて7時過ぎ。初来日の友人2人は箱根に日帰り旅行に行っているというので、遅くなるようです。ユーシェンを一人きりで宿に帰らすのも気が引けて、「うちに寄ってお茶でも飲んでいかない?」と誘いました。

とは言え、予定していなかったことなので、家の中はけっこう乱れています。誰かが来るとわかっていれば片付けておいたのですが、人が来ないとつい手抜き。

玄関先でちょっと待ってもらってぱぱっと片付けましたが、部屋の隅のホコリまでは手が届きません。ユーシェンは意地悪な子じゃないから大目に見てくれるはず。

 

カウチサーフィンを始めたのが5年前の春。そこから外国人留学生のホームステイ、日本語教師とつながっていきました。

私が担当する 作文のクラスは、「日本語による自己表現をするクラス」を目標にしていますから、通常のクラスより学生と教師との距離がぐっと近くなります。そこで化学反応が起これば、学校を卒業した後も、関係が続きます。

そうした学生が自宅を訪ねてくることもあるでしょう。あるいは、ホストファミリーとと関係がこじれてしまい、緊急に泊まる場所が必要になった学生もいました。

おしゃれでなくてもいいから、少なくても他人に見せても恥ずかしくない部屋をキープしたいものだとつくづく思いました。住まいを整えることは開運にもつながりますし。

 

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 なかなかホテルの部屋みたいにすっきりとはいきませんが…。(観音崎京急ホテル)

薩摩で国の光を観る

忙しいと言いつつ、あちこち旅に出てばかり。よほど観光旅行が好きみたいですが、私が好きなのは旅であって、観光は好きじゃありません。

 

昨年12月の旭川旅行では切羽詰まった仕事を抱えていたため、旭川駅でパソコンに向かっていたのですが、観光スポットを巡るより思い出に残りました。

 

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そもそも観光の語源は「国の光を見る」。出典は易経「風地観」です。

賢帝が統治している国は光に満ちています。光の状態を見ることで、その国がどう統治されているかがわかるというのが「観光」の語源です。

 

2月の鹿児島旅行はそれほど忙しくなかったので、旅先で根を詰めて仕事をすることはありませんでした。 

そして、あちこち観光スポットを回るより、ゆっくり温泉に入ったり、地元の居酒屋でご常連に交じって飲んだことが記憶に残りました。

 

指宿のホテルでは地元の観光ボランティアのお話をうかがう機会がありました。

篤姫西郷隆盛NHK大河ドラマになり地元では大いに盛り上がったとのこと。しかし、「浜崎太平治のシーンも収録されたのに、カットされた」とかなりご不満のようす。

浜崎太平治? 

指宿の商家に生まれ、海運業を拡大した豪商だそうです。

鎖国の日本にあって薩摩藩琉球を通して中国と貿易し莫大な利益を上げていました。

幕末から維新にかけて薩摩が大きな存在感を発揮できたのは、浜崎太平治が稼いだ潤沢な資金があったからこそ。記録によれば中国だけでなく、アメリカやヨーロッパとも取引をしていたようです。そのうちの何割かは密輸、いわゆる「抜け荷」です。国家に対する反逆である密輸を薩摩藩は黙認し、幕府が犯人を出せと言っても、応じませんでした。

こういう話は、公共放送であるNHKでは取り上げにくいのではないかとの解説でした。

 

薩摩は幕藩体制というスケールに収まらず、いち早く世界を視野に入れていました。だから維新を牽引する大人物を輩出したわけで、まさに薩摩の「国の光」を観たような気持になりました。

 

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 鹿児島の定番観光スポット、桜島

『東京物語』の熱海、そしてフィンランド

3月の末にフィンランド人のヘンリク君と訪れた熱海。

「日本人はシャイで秘密主義のところがあるのに、どうして見知らぬ人と裸になって温泉に入るのか不思議」という外国人学生もいますが、フィンランドはサウナ大国。サウナのある家庭も多いし、公共のサウナもあります。前回の来日時には高井戸の日帰り温泉に連れて行くと大喜びしていました。

 

今回はヘンリク君の学校もないし、熱海の1泊旅行を計画しました。

 

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温泉だったらもっといいところがあったかもしれないし、熱海はあまりにもベタな観光地ですが、私にとってはフィンランド人を熱海に連れて行くことに意味がありました。

 

小津安二郎の『東京物語』で、尾道から上京した年老いた両親を親孝行のつもりで熱海の温泉に送り出すシーンがあるのです。

 


小津安二郎 『東京物語』 予告編

 

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子供たちは良かれと思ってしたことですが、熱海はあまりにも通俗的でうるさくて、老夫婦はちっともくつろげません。予定を切り上げて早めに東京に戻った老夫婦を実の子供たちはもてあまし、義理の娘(次男の妻)だけが心をこめてもてなします。

 

この映画によって、自分も映画の道に進もうと決めたのがフィンランドアキ・カウリスマキ監督。

そして、アキ・カウリスマキの映画によって、私のフィンランド熱が始まりました。

 

そんなこんなが積み重なって、フィンランド人学生のヘンリク君のホームステイを引き受けたのですから、熱海に行くことに意味があるような気がしたのです。

 

ヘンリク君にとっては、東京の外に出るのは初めてだったし、新幹線にも乗りたかったようで、とても喜んでもらえました。

 

でも、熱海観光はどうだったか…。

春休み中だったので渋滞ぎみでバスはのろのろ運転。

兵役でヘンリク君は海軍にいたというので、遊覧船に乗ってみました。そして、再びバスに乗り熱海城へ。

 

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熱海城は遠目にはかっこいいのですが、どこかフェイクっぽい。それもそのはず、昭和の時代に建てられた観光用の鉄筋コンクリートの城ですから。

ヘンリク君が「この城はいつ建てられたの?」と質問してこないか、はらはらしました。

それでも、こういうところも含めて日本なんだし、いずれ『東京物語』を観ることがあれば、「ああ、あの熱海か」と思い出してもらえればいいのですが。

ヘンリク君に『東京物語』とアキ・カウリスマキの話をしましたが、彼の年では『東京物語』は退屈でしかない古い映画でしょう。私もそうでしたから。『東京物語』にしみじみと感じ入るようになったのは中年以降です。

 

旅に出て、いわゆる観光スポットを見て回るのはそれほど楽しいものじゃありません。人は多いし、待たされるし、疲れるし。でも、その旅を思い出すためのよすがとして、行ってみるのも悪くないかも。

 

AI時代に生き残る教師とは

日本語学校の作文のクラスには、さまざまな学生がやって来ます。

アニメや漫画で日本に興味を持ったというオタク・スチューデントが大半ですが、日本語のレベルは千差万別です。

 

「とりあえず日本に行ってみよう」と留学してきた初級の学生。ひらがなとかたかなの五十音表を開いて、なんとか文字を書いていきます。

自分の名前を書いたら、好きなアニメのタイトルを書かせます。

ガンダム テッケツノオルフェンズ? 『てっけつの』はひらがなで書きましょう」

「オネピース?、はいはい、ワンピースですね」といった具合。

 

その一方で、母国の大学の日本語学科で学んでいる学生は、源氏物語とか戊辰戦争夏目漱石など自分の専門について書き進めていきます。私のほうが学ぶことが多く、学生の書いたものを元に、質問やメモを渡して文章を広げていきます。

そして、母国で日本語の教育は受けていないけれど、独学だけでかなりのレベルまで達している学生もいます。

そういう学生たちは自己紹介を「私は〇〇です」ではなく「〇〇と申します」で始めます。

 

ドイツ人のケビンは独学で日本語を学んできた学生でした。

縦書きの原稿用紙に完璧な日本語を書きました。

「こんなに日本語が上手なら、日本に来る必要はありませんでしたね」と私。

「先生、そんなことはございません。私は独学した日本語を実際に使いたかったです。日本に来て、私の日本語が通じて、こんな幸せはありません」とケビン。

 

2週間という最短の留学期間でしたが、ケビンは強い印象を私に残しました。

18歳のケビンは、ドイツの高校教育を修了するために帰国しなくてはいけません。 

「先生、若いって不便ですね。自分が住む場所も決められないのですから。私はもっと日本にいたいのに…」と授業が終わったあとも、名残惜しそうに話していました。

 

AIによってなくなる仕事で真っ先に挙げられるのが教師です。文法の活用やリピート練習はAI相手のほうが効率的かもしれません。

人間の教師ができることは、生身の反応。AIに取って代わられないような反応はどういったものだろうか、常に考えています。 

  

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 日本最古の大学、足利学校

小心者は先延ばしすべきではない

私の悪癖の一つは、先延ばし。

やるべきことがあっても、時間があると「明日でいいか」と酒を飲んでだらだら過ごします。

本業のライター業は、週刊、月刊、季刊と締め切りの幅がまちまちで、切羽詰まったものから手をつけます。

週刊誌の仕事をメインでやっていた頃は、先延ばしとは無縁でした。週単位でテーマが決まり、締め切りがあるので、先延ばしする暇もなく、取材先のアポを取り駆け回っていました。あまりにもゆとりのない毎日で、取材の必要のない占い原稿に軸足を移し、お尻に火がついてから一気に書き上げるという悪いパターンに陥りました。

 

日本語教師に関しても悪癖は改まりません。

月火水に授業をかためているので、日曜の夜は必死の形相で授業準備をしています。

月曜の朝から水曜の夕方まで授業と翌日の準備であわただしく過ぎていきます。

そして水曜日の授業が終わると、サウナに出かけてひたすら弛緩。

木曜日から着手すればいいのに「週休二日なら私は木金が休み」と先延ばしします。土曜日は「そろそろ手を付けないとまずいかも」と思いつつ、何もしません。木金土は本業の原稿書きもあるし。そして悪夢のような日曜日を迎えます。

 

作文のクラスは趣味の延長のようなもので、外国人学生が書いた日本語を読んで、それぞれに合わせた質問を考えるのは楽しい作業です。でも、時間の制約があると苦行に変わります。

人間の脳は先延ばししていることを覚えているので、先延ばししていることがあると脳のエネルギーを消耗するそうです。そんな状態で遊んでも、本当に楽しんでいるわけではなく、罪悪感や不安、自己嫌悪でいっぱいです。

 

時間の使い方をコントロールできていないと、自暴自棄になります。

母親が子供に「宿題をしなさい」と口うるさく言うと、子供は反抗して宿題を先延ばししています。子供が自発的に宿題をするのを待つべきですが、いつまでたっても手を付けなくて時間切れになることもあり得ます。

 

なんとかこの悪癖を改めて、心安らかな日々を送りたいものです。今日は木曜日。足からと思わず、すぐ始める。それしかありません。

 

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 巌流島の決闘で勝敗を決したのも、時間をコントロールできているかどうかの意識でした。約束の時間に武蔵はわざと遅刻。待たされた小次郎はじりじりと焦り、自滅します。