ニューヨークに行く前にどうしても読んでおきたかった『絶望死のアメリカ』。
資本主義の最前線にある大都市の背後には、時代の流れに取り残されて身動きがとれなくなった人々がたくさんいるのです。
先進国では医学の進歩により、死亡率は徐々に低下し平均寿命も延びていますが、アメリカでは45~54歳の白人男性の死亡率が1990年代末から上昇に転じています。同じ年齢層のヒスパニックやアフリカ系の男性ではそうした傾向はありません。
仕事がなくなり、家庭生活が崩壊した白人の中年男性が死を選ぶのです。手っ取り早く死ぬなら銃による自殺、薬物やアルコールへの依存は緩慢な死をもたらします。
背景にあるのは、グローバル化と自動化による雇用の喪失。能力主義(メリトクラシー)がもたらしたのは、成長しない者は生き延びることができないという残酷な現実です。探せば仕事はありますが、最低時給の単純作業。個人の成長ややりがいはほとんど期待できず、言われたことをそのままやるだけです。
かつては、ゼネラル・モーターズやベスレヘム・スチールなどの大企業の工場で働く男性社員は恵まれていました。中流の生活を維持できるだけの給料をもらい、マイホームを持ち、子どもたちをいい学校に進学させて定期的にバカンスを楽しむような生活。そうした職場で働く白人男性はアメリカ社会のメインストリームとして、誇りを持って暮らしていたのです。
この本には「仕事は収入を得るだけでなく、収入以上に人生にとって重要」「仕事は人生に枠組と意味を与えてくれる」と繰り返し書かれています。幸せはお金で買えませんが、お金が足りないと家庭を維持し社会とつながることががむずかしくなるのです。
トランプ大統領が誕生した背景にも、落ちぶれた白人男性の絶望があり、副大統領のヴJ.D.ヴァンスは衰退した中西部を描いた『ヒルビリー・エレジーの著者です
「ヒルビリー」「レッド・ネック」「ホワイト・トラッシュ」と呼ばれる貧困層の白人家庭は、日本人が一般に描く「アメリカの白人」のイメージとはかけ離れています。
マイノリティだったら「自分が社会的に成功できないのは人種のせい」と考えてまだ気楽に生きられますが、白人なのに貧しいという現実がますます彼らを惨めにしています。
『絶望死のアメリカ』を読み進めるにつれて、自分も絶望死するんじゃないかと不安になってきました。
大学を卒業してから40年以上、仕事は私のアイデンティティでした。子どもがいないので、男性に近い意識で働いてきました。リタイアを迎えるタイミングが出版不況と重なってうまく逃げきれましたが、仕事のない生活に慣れることができず、旅に出ることで気を紛らわしています。薬物には手を出していないけれど、アルコール依存症のリスクがかなりあると自覚しています。
肥満による死も絶望死に分類されるかもしれませんが、この本では言及されていません。「飲み過ぎと同様、食べ過ぎは一部の人にとってはストレス対策であり、人生の困難や失望に対して自らを慰める手段である」とあります。アメリカには病的に太っている人も多いのですが、絶望死に通じるものがあるのでしょう。

先月の利尻島と礼文島への旅は期待以上におもしろい体験でした。本
ツアー会社が契約していた宗谷バスは、運転手さんとガイドさんがセットになっているようで、どんなに短い行程でもガイドさんが案内してくれます。ガイドさんは私とあまり年が変わらないようで「人手不足で新入社員が入って来ないので、老体に鞭打って勤めています」と自虐していましたが、生活に密着した話ははとても興味深いものばかりでした。
バスガイドさんというと若い女性のイメージですが、その地で暮らしてきた中高年の女性のほうがふさわしいのではないでしょうか。そうした仕事を続けているガイドさんをうらやましく感じました。
