昨年夏のコロンビア旅行は、無事に帰国できるか不安がありました。麻薬カルテルは衰退し政府との交渉のために外国人を誘拐することはなくなったと聞いたのですが、新たな危険は隣国のベネズエラから入国する不法移民。失うもののない彼らは旅行者を襲って金品を強奪することもあるでしょう。現地のガイドさんから、歩きスマホは控えるようにと忠告されました。
実際に行ってみると危険なことはなく、コロンビアの人は親切で明るい印象しか持ちませんでした。私が訪れたのはベネズエラ国境と離れたボゴタやカルタヘナ、アラカタカだったから。経済破綻で極度の貧困に陥ったベネズエラ人にとって、文化も言語も似ている隣国は真っ先に考える避難先でしょう。
ボゴタのエルドラド国際空港に到着したのは深夜近く。ホテルのシャトルバスの最終便に乗る予定でしたが、乗り遅れたら自力でタクシーに乗るしかありません。バス乗り場には複数のホテルのシャトルバスが乗り入れています。待っている乗客に声をかけ、同じホテルに行く人を探したところ、親切そうな夫婦が「安心して、私たちと同じ」と声をかけてくれました。これで一安心。スペイン語を話しているので、コロンビア人だとばかり思ったら、ヨーロッパ旅行帰りのベネズエラ人で首都のカラカスに住んでいるとのこと。
え、ベネズエラって経済が破綻しているんじゃないの、と不思議でしたが黙っておきました。とりあえず政権が続いているのですから、体制側にいる人は夏のバカンスも楽しめるのでしょう。
そしてカルタヘナのホテルのルーフトップバーでもベネズエラ人に会いました。
カリブ海に沈む夕日を見ながら白ワイン。カウンターで隣に座った男性の息子さんが日本のアニメ好きで、親子で日本旅行も楽しんだと聞き、会話が弾みました。話の途中で息子さんはすでに亡くなっていると知り、言葉を失う私。「いいんだよ、いいんだよ、日本人と思い出話ができてあいつもきっと喜んでいるだろう」と返されました。
この人もユーモアがあって温厚で、経済的にもゆとりがありそう。とても経済が破綻した国の人だとは思えませんでした。
トランプ大統領の決断は許されるべきではないとされる一方で、豊かな資源に恵まれたベネズエラの国民が壊滅的な政治によってどれほど酷い状況に置かれていたかも報じられています。
私がコロンビアで会ったベネズエラ人は政府側でしょうが国民を苦しめる極悪非道の人ではありませんでした。一人一人の人格がどうであっても、体制に巻き込まれると個人にはなすすべはありません。ハンナ・アーレントの説く「凡庸な悪」。第二次世界大戦中のドイツでユダヤ人迫害に関わったナチスの幹部は組織の歯車として無自覚に命令に従っただけの平凡な人々でした。

思い立ったらどこでも自由に旅に出られるような平和な世界でありますように。