台北で楽しみにしていたのが、書道のワークショップ。
お父さんもお兄さんも書道家という若い女性が運営する"Ginn Caligraphy 日月晴書法工作室"。この日の参加者は私とイスラエル人カップルの計3人です。
私のファーストネームに「明」の字が入っているので、「日月」という名前に親しみを感じたと自己紹介しました。さらにGinn先生のファミリーネームは「林」で私は「森」。どれも説明しやすい漢字でイスラエル人カップルは「すごい偶然だ」と驚いていましたが、どれも名前によく使われるありふれた漢字です。
漢字の歴史や種類のレクチャーがあり、水で書くシートで丸や線を練習します。漢字を使う日本人ならお手の物のはずが、筆を握ったのは中学校の授業以来です。パソコンやタブレットのローマ字入力で手書きも少なくなっていますから新鮮な体験でした。
「とめ」「はね」「はらい」などを練習したら、自分の好きな漢字を選びます。
その日の朝に訪れた仏教カフェの窓に書いてあった言葉が心に残っていたので、Ginn先生に見せて相談。

一番左、「人生には所有権はない。ただ生命を使用する権利があるだけだ」。言語は違っても、漢字で意味がわかります。真ん中は「家屋は心ほど広くない」。狭い家に住んでいても心は自由という意味でしょう。そして左は「成功は忘れ、過ちは覚えておきなさい、恨みは忘れ、恩は覚えておきなさい」。
世界はメッセージに満ちているのです。
占いの分野では私の専門は周易で、心理学者のユングが易を好んだこともあり、西洋人で学んでいる人もたくさんいます。「易経」の英文訳を読むと別の視点からのイメージが広がりおもしろいのですが、やはり漢字がわかるのは大きなアドバンテージです。
結局、私が選んだのは「無常」。小津安二郎の墓は「無」の一文字だけだったのを思い出しました。台北の習字教室で、先生を囲んで生徒3人で漢字の練習をしているのは、常ではなく一回きりだからこそ素晴らしいことだから。

しかし、書き始めて見ると「無」はバランスよく書くのがとてもむずかしい。
イスラエル人カップルの男性はこの日が誕生日で、射手座(人馬宮)の「人馬」、女性はチャイニック・ゾアティック(十二支)が辰年なので「龍」を選びました。

私だけ楷書で、二人は草書。こうして並べてみると、「龍」と「人馬」はアート風でかっこいい。私は文字の意味にとらわれ過ぎで、先生からは「もう少し小さめに」とアドバイスを受けたのに細部までお手本通り書こうとして字が大きすぎです。
それでも、書道の楽しさに目覚めました。紙に筆を走らせていると無心になれます。今さら日本の教室に通う気にはなれないので、次も台北でGinn先生に個人レッスンをお願いしようかと夢がふくらみました。