あまりのおもしろさに一気に読んだ『ブレイキング・ナイト』。
依存症や家族関係について考えさせられたのですが、この本のキャッチフレーズは「ホームレスからハーバードへ」。夢のような幸運をいかにしてつかんだかに着目すれば、開運指南書としても読めます。
リズがホームレスになったのは、母が父と別れて新しい男性の家で暮らし始めて、姉と二人で母に付いて行ったけれど、その男性との折り合いが悪かったから。
未成年なので養護施設という選択肢もありましたが、リズは拒絶。
ニューヨークで福祉に頼って生きるのは黒人かヒスパニック。白人のリズはプランキータ(白人の女の子)と呼ばれ、「あんたは白人だから金持ちだろ、うぬぼれてるんだろ」と中学校の廊下を歩いているだけで同級生からやじらました。施設に入ろうものなら、徹底的にいじめられるのは目に見えています。
中学から不登校になり、高校も何日か行ってみただけ。完全にホームレスというわけではなく、知り合いの家を泊まり歩く日々。たまたま転がり込んだ家に親切な女性がいて、「オルタナティブ・ハイスクール」という学校があることを教えてくれたのです。従来とは異なる教育方法やカリキュラムを採用している高校で、ドロップアウトした学生を積極的に受け入れています。
リズのサクセスストーリーの始まりです。心を奮い立たせてオルタナティブ・ハイスクールの面接を受けて合格。やる気があり偏見を持たない教師がいて、リズの知的能力は一気に開花します。
高校を卒業するための単位を最短で取得し、大学進学も視野に入ってきたときに教師から渡されたのがニューヨーク・タイムズの奨学金の資料。「あなたにぴったり」というメモが付けられていました。
ハーバード大学も狙える好条件の奨学金。成績平均値、課外活動の記録に加え、これまでの人生において学業のために乗り越えなければならなかった試練についてのエッセーを提出します。
「冗談かと思うほど、あまりに自分にうってつけだった」と震えながらペンを取るリズ。
何かに憑かれたようにページの上にすべてを吐露しはじめた。葛藤、悲しみ、すべての嘆きが、ペンに乗り移り、文章を綴った。あるいは、文章がひとりでに書きあがった、と言ってもいい。なんであれ、それを書いたのは私ではなかった。なぜなら、そこに私はいなかったから。私は宙に浮かび、自分を見下ろし、自分の手が熱に浮かされたようにページの上を走り、それまで押しとどめられていた思いが堰を切ったようにあふれ出すのを見つめていた。
ライターとして、こういう境地はうらやましい限り。自我を忘れるほど書きたいことがあれば、自然にペンは動き出すでしょう。
ニューヨーク・タイムズの奨学金は応募者3000人のうち、選ばれるのはたった6人という難関です。
風水の師が「棚からぼた餅は思いがけない幸運のようでいて、ぼた餅が落ちてくる場所と時間を狙って動く戦略的な行動」とよく言っていました。
単なるボランティアやスポーツ活動ではなく、「ホームレスから大学進学へ」というインパクト。いかにもアメリカ人が好みそうなストーリーを掲載できるのですから、ニューヨーク・タイムズがリズを選ぶ可能性は高いでしょう。そこに気づいた教師の慧眼と、期待に応えるエッセイを書いたリズの連係プレーです。

コロンビアのストリートアート。
リズがニューヨーク・タイムズの奨学金を得るために、万難を排して高校に通い続けた話はウラナイ8に書いています。
リズのような巨大なぼた餅は落ちてきませんでしたが、60代でも毎日楽しく暮らせているのは数々の幸運に恵まれてきたから。自分で独り占めするのではなく、幸運の種を植えて次世代に伝えられたらと願っています。
一方、モルモン教サバイバリスト(政府は陰謀組織によって支配されており、一切の公共サービスを拒否する派)の一家から、大学に進学する『エデュケーション 大学は私の人生を変えた』。このケースでは、高等教育を受けたことで家族の価値観と真っ向から対立することとなりました。