『ブレイキング・ナイト』、あまりにも衝撃的な内容で考えさせられることがたくさんありました。
幼い子供たちがお腹をすかせているのにドラッグを買いに行くような親。最も信じ難かったのが、そんな親に子どもが深い愛情を捧げているところ。
「私たちをいじめようと思っているわけじゃない。ただ、二人には私が求めるような親になる能力が欠けているだけなのだ。どうして二人を責めることができるだろう?」と次女のリズは回想していますが、私だったら「親になる資格がないのに子どもを産むな!」と悪態をついていたでしょう。
リズは商才があり、小学生にしてセルフサービスのガソリンスタンドで稼ぐようになります。正規の雇用ではなく、客の間を走り回って「給油しましょうか」と持ちかけるのです。
先輩からのアドバイスは、「とにかく、しつこく突っ立って、相手をじっと見てやるんだ、バカだから、チップをくれないなんて、さっぱり理解できません」という顔をすること。チップの文化のあるアメリカならではの商売です。初めてから数時間後にはプロの腕前になり、30ドルを稼ぎました。
ガソリンスタンドから追い出されると、次はスーパー。客の袋詰めを手伝ってチップをもらうのです。
ここまでして稼いだお金を母親に請われるままに渡すリズ!
母がエイズに感染したと知ったとき、「ママがお金を何に使うかを知りながら、渡してしまった。私はママの正気を失わせ、そればかりかママにエイズをうつした注射針の代金まで払ったのかもしれない」とまで思い詰めるのです。
そして、母が死ぬと「私と姉を九か月間、体の中で育み、この世に産んで、世界に送り出してくれた人。その体は冷たくなって、もう二度と動かず、永遠に届かない」と深く悲しみます。母が亡くなったとき、私はこんなことを思いもしませんでした。パーキンソン病で胃ろうを始めてしまったため、生ける屍のようになってしまった母がやっと楽になったと思った裏側に遠距離介護の負担が減ったという気持ちがあったのを否定できません。
母と同じく薬物中毒だったリズの父もエイズに感染。経済的基盤のできたリズは手厚い介護で看取り、64歳で死去。最後の8年間はドラッグなしで過ごしました。
父は読書好きでホームレスのシェルターに入ったときも自分の知識が豊富なのを自慢に思うような男。偽名を使って図書館から本を借りて返却せずに蔵書を増やしていったというクズエピソードもあります。
世の中には何不自由なく育てられたのに親を憎んでいる子がいるというのに。親子には相性があって、どうしてもうまくいかない親子もいれば、リズ・マレーのようなケースもあり、そうした理不尽も含めて縁あって家族になったということでしょうか。

コロンビアのカルタヘナはガルシア=マルケスの『愛その他の悪霊について』の舞台。主人公のシエルバ・マリア一家の着想を得たとされる家もあります。
侯爵である父親を陥れて結婚に持ち込んだ母親。愛のない結婚ですから、生まれた娘をまったく顧みることがありませんでした。シエルバ・マリアは黒人の使用人たちにゆだねられ、自分のことも黒人だと思って育ちました。
『ブレイキング・ナイト』のような立派な人の自伝を読むと「それに比べて私は」と落ち込んでしまいますが、『愛その他の悪霊について』のような小説で救われる気になれます。
